17. 登山②
「けど、もう大丈夫だろう」
「ん?」
思考と《魔王》の言葉が被って、思わず顔を上げる。《魔王》の顔に先ほどのような悲しそうな表情はなく、とてつもなく穏やかな笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
え、なんだ?その表情?なんで、そんな顔するの?……しかも私に向かって。
「ああ。平野と一緒にいるとあいつは楽しそうだから」
謎だなーと思っていたら、反対側から《吟遊詩人》が言った。そっちのほうを見ると、《吟遊詩人》も《魔王》と同じような笑みを浮かべてコクコクと相槌を打っている。
「や、まぁ……おちょくられて楽しまれてる自覚はあるけど」
そんなに嬉しそうな顔するようなことかなぁ?てか、おちょくられてるこっちとしては非常に複雑な気分なんですが……。なんて、ちょっと愚痴をこぼそうとしたら、《魔王》が突然真剣な顔つきになる。
「これからも、あいつのことを頼む」
「はっ!?な、なに……その言い方!?なんか今すごく重く聞こえたんですけど……」
真剣な顔つきと声色の《魔王》にぎょっとする。なんて顔してなんてセリフを……!え、てか、頼むってどういうこと!!?
「《魔王》から直々に《暗殺者》を託されるなんて……お前は本当に意外性の塊だよな」
混乱する私に答えを教えるかのように《吟遊詩人》が目を丸くしながら言った。いやいや、意外性の塊とか、ほめてるのかほめてないのか微妙な言葉だし。
てか、何!?託すって、何!!!?もしかして……そのままの意味とか言わないよね?それって、それってつまり……これからも、《暗殺者》の面倒みてやってくれ……的な!!?
「いやいやいやいや!託されても!!あんな猛獣、私の手には負えないから!」
「そんなことないぞ。隼人は今まで俺以外誰もそばに近づけようとしなかった。それなのにお前にはかなり心を開いてる」
「それはからかって面白がってるからでしょ?でも、そのうち飽きて離れていくのがおちだよ!」
私が慌てて弁解すると、なぜか《魔王》も《吟遊詩人》も同時にきょとーーーーーんとした表情を浮かべた。や、なんでそこでその表情よ?
「……なるほど、お前はそんな風に思ってるのか」
「他にどう思えっていうんだ!?」
顎に手を当てながら考え込むようにつぶやいた《吟遊詩人》に、すかさず突っ込みを入れる。「精神的に無駄に年取ってるからか」とか、ちょっと失礼めなつぶやきが続けて聞こえてくるんですど……。無駄に年とってて悪かったな!!
「じゃあ、隼人がお前から離れていかなければ、お前はあいつのこと頼まれてくれるんだな?」
《吟遊詩人》を睨みつけていると、同じく何かを考え耽っていた《魔王》がそんなことをたずねてくる。
「そういう意味で言ったんじゃないけど……。てか、私がさっちゃんから離れるっていう選択肢はないわけ?」
「お前が本気になったあいつから逃げられるとは到底思えないけどなぁ」
間をおかずに《吟遊詩人》が言ってくる。
……確かに、アサシンモード全開のさっちゃんにロックオンされて逃げられるような人間はこの世にいないよな。まして、超平凡モブキャラな私には到底無理。や、ここは【ゲームの中】じゃないんだから、そもそも私モブキャラじゃなかったんだけれども……。
ってー、今はそんなこと考えてる場合じゃないよ!!
「お前は隼人のことが嫌いなのか?」
顔を思いっきり歪めてうなっていた私に、《魔王》は不安そうでちょっと悲しそうな表情を浮かべてこっちを見てくる。
あ、また《魔王》の背後に捨て犬がダブって見える……。お願いだからそんな切なそうな瞳で私を見ないでくださいっ!私その目で見られると、良心がめちゃくちゃ痛むんですよ!
「き、嫌いってわけじゃないよ。たまに怖いけど、いつもちゃんと助けてくれるから感謝してるし……」
「そうか」
「ま、まぁ……《冥王》から助けてもらってる間は、こっちもそれなりに接するつもりだよ。《冥王》のことが落ち着いた後どうなるかなんて、そんなのさっちゃん次第なんだから、私に何か言われてもなんも約束できないよ」
「あぁ、それで十分だ」
どもりながら言うと、《魔王》は満足そうに笑った。や、そんな風に笑われても……《暗殺者》のこと任すって、そのことを了承したわけじゃないからね?
念のためにそれを言っとくべきかなーっと考えてたら、《魔王》は真白に呼ばれて傍まで戻って行った。
……一体、今の会話、なんだったんだ?ホント意味わかんないんですけど。
「俺は早いとこ腹をくくるのをおすすめするけどな」
「……何に関して腹をくくれと!?」
隣で自信満々にうなずいてる《吟遊詩人》も意味不明だ!
ほんと、私にさっちゃんを託すとか託さないとか、どこからそんな話が出てきたよ!?
しばらくこのままでもいいなぁと思ったのは確かだけど、託すとかホント勘弁!
私は猛獣使いに永久就職するつもりなんてないんだからねーーーー!!!




