15. 通学路
辺りは真っ暗だった。たまに赤い揺らめきが空間の向こうに見える。
あり?また私、《冥王》が作りだした空間に迷い込んじゃったのか?さすがにそろそろこの状況にも慣れてきたから、驚くことはない。ここが何なのかっていうのがネタバレされちゃってるしね。
しかし、なんでこんなとこに来ちゃうのかなー。私、普通に寝てるだけなんだけど……。もしかして夢遊病予備軍なのかな??
『《暗殺者》のおかげで命拾いしてるようだな』
赤黒い空間で、むむむ、と考え事をしていたら、いつもの《冥王》の声が聞こえてきた。黒い闇が集まってきて、目の前でゆらゆらと揺れる。
「まぁ、今のところ無傷で何とかやってこれてますよ」
軽い調子でその闇に向かって答える。《冥王》から潰す宣言を受けてからすでに半月くらいが経ってるけど、私は普通に学校に通ていた。大きなけがとかもないし、新学期が始まったばかりの時に男子に襲われて以来、あからさまに取り囲まれるような事態には陥っていない。
それもこれも、授業中と家の中にいる以外は文字通りそばに張り付いてくれてる《暗殺者》のおかげとしか言いようがないんだけどね。
何度か操られた奴に追いかけられたことはあったけど、《暗殺者》があっさり伸してくれたし。一度操られた生徒を徹底的にいたぶるという予防法が利いているのか、同じ生徒に襲われたことは一回もなかった。他にも、《暗殺者》が手をまわして、私に直接危害が及ぶ前に危険分子を処理したりしてくれてるらしい。
詳しいことはよくわかんないけど、ともかくすごい頑張ってくれてるみたいなのは伝わってきていた。いつも何でもないような顔してうさん臭い笑顔浮かべてるけど。そういう影の努力を表に出そうとしないのも《暗殺者》故の性なのかもねぇ。
『まさか、《暗殺者》をあれほど手懐けるとは。ただの異世界人かと思っていたが、やはりなかなか侮れない』
「手懐けた覚えはこれっぽっちもないんですけどねー」
ほめていただいているところ悪いけど、本当の本当に何もしてないから。たまに怒りで我を忘れて《暗殺者》相手に怒鳴り散らすとかしちゃうことあるけど、冷静なときにそんな恐ろしいこと私には到底できません。
どっちかというと私のほうが脅されて言いなりになってる感じだしね……。まぁ、《暗殺者》のおかげで身の安全を保ててるんだし、花火大会の時と先日の時は私の危機感が足りなかったのは事実だ。それを脅しという方法ではあるけれど、気を付けろって忠告してくれてるんだから、煙たがらないで感謝するべきなんだよね。
……せめてアサシンモードで脅すのやめてくれたら、もうちょっと素直に感謝できると思うんだけど。
『だが、次はこうはいかないぞ』
《暗殺者》について思いを巡らせていたら、《冥王》は《冥王》で何か考えていたようだ。笑いを含んだ口調でそういって、闇の塊が四散していく。それと同時に、私の意識もだんだんと遠のいていく。そろそろ目が覚める時間なんだろう。覚醒しかけた意識の中で、《冥王》の最後の言葉を反芻する。
最後のあのセリフ。何かよからぬこと考えてるってことだよね。今まで以上に気を付けないと。
あ、てか。登校する時にこの話さっちゃんに話さないとな。この間《魔術師》の家で怒られたし……。うさん臭い笑顔浮かべてるときはまぁいいんだけど、怒らせたらほんと怖いからねー。同じ地雷は踏まないように、細心の注意を払わないとねっ。
■ □ ■
「《冥王》が夢に出てきた?」
「うん。『次はこうはいかないぞ』って言い捨てて消えてったけど」
朝。私の家の2ブロック先の角で《暗殺者》と待ち合わせをして、バス停を目指す。そこからバスに乗って学校へ行くっていうのがここ2週間でお決まりになった登校ルートだ。
たまに《暗殺者》はチャリで行こうっていうけど、それは毎回丁重にお断りさせてもらっている。ほら、朝からムラムラさせちゃったら、いろいろと大変でしょ、男の子は。
……いや、ムラムラしてるのかは知らないけどさ。てか、もし本当に私に対してそんな気になってるなら、《暗殺者》はかなり変わった嗜好をしているといっていいだろう。自分で言うのもなんだけどさ。客観的に見ても、私にムラムラポイントとかないですよ?
何かさっちゃんのツボをつく要素を私が持ってるっていうならわかるけど、私平平凡凡代表で、これといった特徴なんてもってないし。……強いて言うならメガネくらい?さっちゃんは極度のメガネフェチなんだろうか?
なんて、私が明々後日の方向に考えを巡らせている間、《暗殺者》はずっと難しそうな顔をして何かを考え込んでいた。
「どうしたの?そんな深刻な顔して」
《冥王》の夢見たら、次から即行で報告しろよ、って脅されてたから言われた通り話したんだけど……、なんか妙に考え込ませちゃったみたいだ。
確かに気になるセリフではあるけど、《暗殺者》が私についている限り、《冥王》側が付け入る隙は無いと思うから、そんな深刻にならなくてもいい気がするけど……。
そう思っていた私の横で、《暗殺者》はさらに眉間のしわを深くする。
「来週、登山があるよな?」
「うん。そうだね」
「登山って学年別で行動だよな……」
「……あぁ、なるほど」
つまり、《冥王》は《暗殺者》が私の近くにいない登山の時を狙おうってことか。うーん、学年別に動かないといけないとなると、確かに《暗殺者》と離れちゃうけど、でも《暗殺者》はおとなしく学校行事のルールに従うような人じゃないし、こっそりついてくるとか簡単にできると思うんだけどな。
できればちゃんと行事には参加してほしいけど、私が言ったところで聞く耳は持たないだろうし……。守ってもらってるのは非常にうれしいんだけど、そのせいでさっちゃんにルール破らせるのはあんまり気が進まないんだけどなぁ。
「奈美、登山には参加するな」
「え!そんなのできないよ!!」
思わぬ《暗殺者》の提案にぎょっとする。まさか、私に学校行事をサボれと提案してくるなんて!ただでさえ四六時中《暗殺者》といて不審な目で見られてるっていうのに、そんなことしちゃったら、本格的に先生方から目をつけられちゃうじゃんか!!それに……!
「危険が及ぶってわかってるのに、わざわざ山なんかに行ったりする必要ないだろう。確実に身を守りたいなら、登山に行かないのが一番だ」
「た、確かにそうかもだけどさ……でも、学校サボるのは絶対に無理!!」
「なんで?」
「サボったら皆勤賞逃しちゃうでしょ!」
「……」
あ、なんかすごい呆れた、って顔された。いやいやいや、そんな表情される筋合いないんですけど!!皆勤賞って、私の将来設計にすごくかかわってくることなんだからね!
「大学受験は推薦で受けようと思ってるんだから、皆勤賞を逃すわけにはいかないんだよぉ!」
「……」
「さっちゃんは、私が行きたい大学にいけなくなっても良いって言うの!?そのせいで私の人生設計が狂っちゃったら責任取ってくれるっていうの!!?」
「あぁ、その時はきっちり責任取ってやるよ」
「それは謹んでお断りする!!!」
「……どっちだよ」
「とーもーかーくー!皆勤賞逃すのは絶対に嫌なの!!」
「……はぁ、わかったよ。奈美って本当に変なところで頑固だよな」
ようやく折れる気になった《暗殺者》はため息交じりに頷く。な、なんか途中できわどい内容が混じってきてた気がするけど……それは気づかなかったことにしておこう。
ともかく、《暗殺者》が納得してくれて何よりだ。たかが皆勤賞って思われるかもしれないけど、私にとってそれはすごく重要なことなんだ。皆勤賞もってれば大学の推薦枠に入れる確率が上がる。推薦を受けて大学に受かれば、年末には大学受験が終わってくれるし、余裕をもって大学生活を迎えられるんだ。
前世の記憶もあって推薦受験のうまみを良く知ってる私は、それを逃したくはなかった。受験の回数も多くなるからそれだけ有利だし。そういうわけで、私の人生計画を実現させるために、皆勤賞は外せないんだよ!
「《聖女》のことは昇に頼んでおくから、奈美は俺がいない場合は《吟遊詩人》から離れるなよ」
「うん。そうする」
《暗殺者》の忠告には素直にうなずいておく。皆勤賞は大事だけど、それも命あってのことだからね。十分に気を付けて無事に登山を終えなきゃ、それこそ私の人生計画がおじゃんになってしまう。2回も同じことして、あんだけ《暗殺者》に脅されたんだ。さすがに同じ轍は踏みません。
「あーあ、なんで俺は1年遅く生まれ変わったんだろうな」
大きなため息をつきながら、さっちゃんが不機嫌そうにぼやいた。
「【今キミ】だとそういう設定だからじゃない?」
「……」
端的に思ったことを述べると、《暗殺者》はさらに顔を歪める。かと思ったら、聞こえるか聞こえないかの声で「その設定考えた奴、消してやる」とか物騒なことをつぶやくのが聞こえた。
……【今キミ】を作った人が異世界にいる人で良かった。じゃないと危うくさっちゃんに存在を消されちゃうところだったよ。
まったく、この世界が【ゲームの中】じゃないはずなのに、さっちゃんの物騒さは現実離れし過ぎだよね。
こんなのに喧嘩売ろうなんて、それこそ《冥王》に操られたおバカな生徒くらいだよ。
なぁんて、これまで私を襲おうとした生徒たちを嘲笑ってみたんだけど……そういえば、私一回そんな物騒で危険な《暗殺者》の顔面にハンドバッグ投げつけたことあったことを思い出す。
あの時はまだあんまり《暗殺者》のことよくわかってなかったし、それこそ腹立って仕方なかったから衝動的にやっちゃったけど……。アサシンモードで睨まれる恐ろしさを知った今、いくら腹立ってるからってあんなことしようとは思えないな。あの時の私は怖いもの知らずだったんだ。
それにしても、あのころに比べたら、さっちゃんの印象はかなり変わったと思う。前はひたすら睨んでくる無愛想でマイペースで意味わかんない奴だなーって感じだけど、今はひたすらうさん臭い笑顔を浮かべて引っ付いてくる意味わかんない奴だ。……相変わらず何考えてるかイマイチよくわからんのは同じだけど。
最初に向けられてた嫌悪みたいなものはもう感じられない。面白い奴と思われてるのは本当らしく、夏休みが明けて結構たつというのに、まだ私をおちょくって楽しむのには飽きてないみたいだ。
ま、今飽きられて《暗殺者》に離れられちゃったら《冥王》に狙い撃ちされて即行病院送りにされるから困るから、当分飽きないでいてくれると助かるんだけど。
夏休みの間に《暗殺者》が補習を頑張ったおかげで、前に比べたら先生たちの印象も多少は回復したみたいだし、脅しが利いてるおかげで私もあからさまに浮いたりはしていない。
最初引っ付かれ始めた時は憂鬱で仕方なかったし、《暗殺者》のことも煙たく仕方なかった。けど今は《暗殺者》のおかげで私は身の安全を保ててるし、《暗殺者》は《暗殺者》でなんか楽しんでるみたいだし、ウィン・ウィンの関係が成り立ってる。
……まぁ、当分はこのままでもいいかな?
「どうした?」
「え?」
「さっきから俺のことじっと見つめてるから、俺に見惚れてたのかなって」
……このチャラくてナンパなノリさえなければ、もうちょっとこの状況を素直に受け入れられると思うんだけどな。
相変わらずのうさん臭い笑顔を浮かべるさっちゃんにため息を返して、私は黙々とバス停を目指した。
ちょっと長めでした




