14. 放課後⑤
しばらく頭を下げたまま、《暗殺者》の怒りが収まるように念じ続けていたら、わずかに向けられていた冷気が弱まるのを感じた。恐る恐る顔を上げると、そこに《暗殺者》は盛大に拗ねたような表情を浮かべていた。
……怒ったかと思えば、今度は拗ねて、一体どうしたんだ?
「……なんで」
「え?」
「なんで、俺に連絡しようって思わないんだよ」
視線を逸らしながら言った《暗殺者》はなんかすごくもどかしそうに見えた。
その顔に私もはっとなる。
「……言われてみればそうだよね。なんでそれを思いつかなかったんだろう?」
「……」
心底不思議に思って、首を傾げた。
その途端、《暗殺者》の顔がぶすっと、さらに拗ねたように歪む。
うぎゃっ!ま、また不機嫌な顔になっちゃった!!なんでこう私は地雷を踏みまくっちゃうんだ!?って、そうじゃなくて……、なんか言い訳を……。
「あ、てか!私さっちゃんの番号もメアドもしらないし!」
「そんなの、とっくの昔に俺が登録してるよ」
「……は?」
「だから、俺が奈美のスマホに自分で自分のデータ登録したって」
「えぇ!?いつ!!?え、てか、私ちゃんとロックかけてるんですけど!?」
「パスワード、《聖女》の誕生日だろ?すぐにわかるって」
「……」
色々突っ込みたいところはあったけど、ひとまずスマホを取り出して連絡先のリストを確認してみる。そしたらちゃんと小夜時雨隼人の名前で番号とメアドが登録してあった。ついでに誕生日とか血液型とか住所とか、いろんな情報まで入力されている。着信音まで個別設定にしてあるし……。
こやつ、暴力面だけじゃなくてこういう隠密行動もガチアサシンだよな。もしかして俺に開けられない金庫はない!、的な感じなのか?あ、それは大泥棒スキルだからちょっと違うか。
「今後、万が一俺がそばにいなくて何か起こったら、すぐに連絡しろよ」
「……わかった」
いろいろ言いたいことはあったけど、ひとまず頷いた。てか、連絡先登録したの教えてくれてたら、今日だって《暗殺者》に連絡したのに。
……まぁ、連絡先を知ってるだろう《魔王》にそれを尋ねるってことを思いつかなかった時点で、私の中に《暗殺者》に連絡するって選択肢は皆無だったんだろうけど。これ言ったらきっとまた怒りを買うだろうから、絶対に黙っとこ。うん、それがいい。絶対にそうしたほうがいい。
「それと、今度から登下校も俺と一緒だからな」
「……」
自分に言い聞かせていた私に、決定事項のように《暗殺者》は言い放つ。ついつい言い返しそうになったけど、その言葉を瞬時に飲み込む。
これまで、私は登下校は絶対に引っ付いてくんなって言い張ってきた。真白も帰り道に襲われたことなんて一回もなかったし、第一、《暗殺者》と一緒に学校に行ったり帰ったりしてるところを両親に、特に母親に見られたら絶対なんか誤解されて盛り上がられる!そんなの面倒くさすぎてごめんだし、今だってできることなら登下校は1人、もしくは真白としたい。
……けど、さきほど見事に放課後を狙われてしまった。そして、見事に《暗殺者》に助けられてしまった。おまけに《暗殺者》に忠告されてたにもかかわらず、1人で帰ろうとした結果がこのざまだ。
そんな状況で、文句はあれど、それを口にする勇気なんて私にはなかった。
「文句があるなら、聞くけど?」
見透かしたように、顔を覗き込んでくる。……そんな安い挑発には乗りませんよ。私もそこまで子供じゃないですからね。どんだけ自分が危険な状況にあるのかも思い知ったし、ここは大いに《暗殺者》に守ってもらうことにしましょう。
「……いえ、ありません」
「残念。一言でも口答えしたら、無理やり口を塞いでやろうと思ってたのに」
顔を思いっきり近づけながら、目の前で不敵に笑う《暗殺者》。口元は笑ってるんだけど、その、目は相変わらず獲物を狙っている猛獣のような目をしてる。
……どうやって口を塞ぐ気だったのかは、聞かないでおいたほうがよさそうだ。
「そうと決まれば、さっさと帰るぞ。ここを誰かに見られたら面倒だからな」
「そだね……」
顔を離した《暗殺者》は私の手を取ってさっさと歩き出す。引っ張られながら袋小路に残された4人の男子生徒のほうをもう一度振り返る。改めて彼らの冥福を祈りながら(死んでないけどね)、《暗殺者》と一緒に自転車のところまで戻った。
《暗殺者》は徒歩だったから、私はチャリを押して帰ろうと思ってたんだけど、2人乗りして帰ることになった。校則違反だしあんまり乗る気はしなかったんだけど、さっきまで散々怒っていた《暗殺者》に強く反発する気にはなれず、仕方なく指示に従って後ろに荷台にまたがる。
捕まるところがないので《暗殺者》の腰のあたりをつかんでみると、思ったよりも細くてびっくりした。
こんな細身であんな恐ろし攻撃を繰り出すなんて……。おまけに、私載せてるのにすいすいチャリをこいでるし。一体どんな体の構造をしてるんだ?
私が1人で自転車をこいでいるよりも早いスピードのおかげで、あっとう間に家に着いた。親には絶対にこんな場面見られたくないので、家の2ブロック手前で自転車を止めてもらう。
「明日の朝、ここで待ち合わせでいいよな?」
「そうだね」
「明日もチャリで行くのか?」
「さっちゃんはチャリじゃないでしょ?それなら私も歩きでいくよ」
「……そっか」
「どうしたの?」
「いや、チャリの2人乗りって結構密着できるんだなぁと思って」
すっかり機嫌を直したのか、《暗殺者》いつもの調子でニコリと笑った。
……こいつと登下校する間は、二度と自転車は使うまい。




