13. 放課後④
「立てるか?」
「あ、うん……」
《暗殺者》にそう声をかけられて、自分がまだ地べたに座り込んだままだったのを思い出す。差し出された手を取って立ち上がる。
男子生徒たちには同情したけど、それでも危機一髪だったところを救ってくれたのは《暗殺者》だ。やりすぎ感は否めないけど、それも今後を考えてくれ手のことだし、ここはやっぱ普通にお礼を言うべきところだよね。
「あの、助けてくれてありがとう。間一髪だったよ」
「……あぁ」
ん?なんだ?その不機嫌そうな顔と返事は。今のお礼に何か不満でもあったのか?普通にお礼言ったつもりだったんだけど……。
あれ?てか、なんで《暗殺者》はここにいるんだろう?とっくの昔に家に帰ったと思ってたのに……。家もこっちの方向じゃないはず。偶然駆け付けたにしちゃ、ちょっと出来過ぎてないか?
「よく私がここにいるってわかったね」
「そりゃ、教室出るところからずっとつけてたからな」
「は?」
「《聖女》が1人で帰るって話してたの聞こえてたから、心配で後つけてたんだよ」
「ちょ、つまり、私がここに連れ込まれるの黙ってみてたっていうの!?」
「あぁ、見てた」
あ、あっさり肯定しやがったー!!!え?何?つまり、《暗殺者》は私がチャリに飛び乗るところから、男子生徒に道を阻まれて、袋小路に引きずり込まれるところもずっと見てたってこと!?それなのに、あんなぎりぎりのところまで、あえて助けなかったってこと!!?
「なんじゃそりゃ!意味わからん!さきのお礼、撤回!なしなし!!助けるならもっと早いタイミングで助けてよ!!」
かぁっと頭に血が上ってくる。そりゃそうだ。だって、もっと早い段階で助けられたはずなのに、あんなぎりぎりのところまで追いつめられてから助けるなんて、悪趣味すぎる!あんな恐怖、味あわなくてよかったなら、それに越したことはなかったのに!!!
男子たちに囲まれた時の恐怖を思い出すと、さらに怒りがこみあげてくる。その怒りに任せて私は《暗殺者》に文句をぶちまける。
「本気で怖かったんだからね!!花火大会の時よりずっと怖かったし、学校これなくなるんだろうなって思ってたし、メガネにも別れの言葉を告げちゃうくらい、本当に本当の終わりだと思ったんだから!!!なんでそんな怖い思いする前に助けてくれなかったの!?」
「自業自得だろ」
「!」
《暗殺者》の冷ややかな声で我に返る。怒りで我を忘れて夢中になって怒鳴りつけてて、《暗殺者》がどんな顔をしているのか認識できていなかった。
認識した途端、さっきまで怒りで熱くなってた頭は、それが嘘だったみたいに急激に冷めていく。花火大会の時にも向けられていた射抜くような視線にとらえられて、息が詰まる。
そんな私に《暗殺者》はゆっくりと歩み寄る。反射的に後ろに下がると、すぐに壁が背中に当たるのを感じた。はっとするのも束の間、《暗殺者》は両腕を壁について、私の逃げ道を塞いだ。
「俺さ、何回も言ってるよな?無茶すんなって」
さらに鋭さを増す視線。心臓の鼓動が速すぎて苦しい。これ、寿命縮んでるんじゃない、ってくらいの苦しさだ。それくらい怖くて、目を逸らしたいと思ってるのに、恐怖のあまり下をうつむくことすらできない。固まったまま動けない私に、《暗殺者》は冷たい声で続ける。
「花火大会の時だって、次は容赦しないって脅しめいたことまで言った。おまけに、今日も昼休みも1人になるなって言ったばっかりだ。けど、奈美は1人で帰っただろ?さすがに俺が昼休みに言ったこと忘れてるわけないと思ったからさ、すげぇ不思議だったんだよ。奈美はなんで1人で帰って大丈夫って判断したんだろうって。もしかして、弱いふりして実はすげぇ強いとか?俺たちに隠してるだけで、実は不思議な力が使えるのか?メガネとったら変身とかして悪の親玉と戦っちゃりとかしちゃうのか?だから、1人でも大丈夫だって自信があるのか?……ってな」
さっちゃんも案外オタク思考だな、なんてツッコみはできなかった。言ってることはちょっとふざけてるような内容なんだけど……目が、ね。殺気満々のその視線は小粋な突っ込みを一切許してくれない雰囲気だ。
私はただ、突き刺さるような視線を見つめ続けることしかできない。
「こっそりついて行ったら、奈美が秘密の力を使ってあいつらを倒すのかなー、と思ってみてたんだけど、そんなことは起こらなかった。奈美はただあいつらに捕まって、殴られるのを待ってただけだった」
「……」
「なぁ、奈美」
「は、はい……」
名前を呼ばれて反射的に返事をする。声が少し震えた。
「奈美はピンチの時に発動するような不思議な力を持ってるわけ?いざというときに自分のことを守れるだけの力があるのか?」
「そ、そういった類の力は持ってない、です……生憎」
「じゃあ、なんで俺の忠告を無視して、1人で帰ろうと思ったんだ?」
「え、えっと、ですね……、帰るだけだし、急げばなんとかなるかなーと思いまして……」
正直に答えると、《暗殺者》の顔がわずかに歪む。正直に答えたんだけど、今の答えはあまりよろしくなかったようだ。冷汗が額に溢れ出してくるのを感じる。これ以上《暗殺者》を刺激しないように返答していかないとな。
「《聖女》のことはいつも送り迎えしてたくせに、なんで自分は大丈夫だろうって発想になるわけ?」
「……なぜでしょう?」
そう答えた途端、《暗殺者》の顔がさらに思いっきり歪んだ。
うぎゃ!お、怒らせた!!?さ、さらに視線が鋭く、さっちゃんの纏う殺意と冷気の温度が下がっていくーーー!!まずいまずいまずいっ!!!このままじゃ食われてしまう!!!な、何か言わなきゃ!!!
「……奈美、ふざけてんのか?」
「や!断じてふざけてないよ!!本当の本当に自分でもわかんないんだってば!さっちゃんの言ったことを無視しようとか、そんな意図は一切ないし、私は私の身がかわいくて仕方ないんだけど、そんな風に思っちゃったのよ!」
「……」
「浅はかだったよね!でもオートマティカリーでね、ノーコントロールなのよ!!!制御不能でほんとごめんなさい!!」
「……」
何とか《暗殺者》の怒りを鎮めんと、思いついた言葉をともかく口にする。途中、混乱し過ぎて意味不明な横文字が混じってたけど、自分でも何言いたかったのかは正直よくわからん。最後はともかくあやまっとけー!って感じで謝罪を述べながら頭を下げた。そのあとはひたすら《暗殺者》の怒りが収まるのを祈るばかりだ。
さっちゃん、いくらでも謝るし、土下座でも何でもするから!
お願いだから、ひとまずその凶悪なアサシンモードを早く解いてくれ!
じゃないと私の寿命がどんどこ縮んでいっちゃうからーーー!!!




