12. 放課後③
相棒のメガネに別れを告げて、きっと相手を睨む。せめて、いつ攻撃が来るかしっかり見てないと、いきなり殴られるとかこわくてもっと痛いに決まってる。せめて少しでも痛くないようにー、と体中のなけなしの筋肉に力を込める。できればあんまり痛くありませんよーにー!絶対痛いだろうけど、痛くありませんようにぃぃぃぃぃ!!!
「りゃぁ!!!」
き、きたぁぁぁ!!メガネよ、さらばだーーーーー!!!
心の中で叫んで、ぎゅっと目をつぶった。
「奈美に気安く触るなよ」
「え?」
聞き覚えのある声が聞こえて、反射的に顔を上げる。
「ぐぅえぇ!!!」
私が顔を上げるのと、私に殴りかかろうとしていた男子生徒が地面に倒れるのはほぼ同時だった。腹を押さえてえずきながら地面でぴくぴくと体をけいれんさせている。お腹にかなり強力な蹴りをくらったらしい。男子生徒と私の間に割って入った人物が、強烈な蹴りを繰り出した足を地面に着くところだった。
「さっちゃん!!!」
思わず、目の前に現れた《暗殺者》の名前を叫んでしまった。だって、今度こそ本気で終わったと思ってたんだもん!まさか、春の歓迎遠足の時みたいに《暗殺者》がこんなぎりぎりのところで助けに来てくれるなんてうまい話、起こるなんて思ってもみなかった。
体中の力が勝手に抜けていく。4人のうち1人はすでに戦闘不能だし、たかが高校生3人相手に転生組でチートな《暗殺者》が後れを取るなんてありえない。
ほっと息を吐いた途端、後ろから強い力で首を絞められた。油断しきっていたから、思いっきり腕が首を巻き付ける。苦しくて声にならない声だけが漏れる。
「かっっ……!」
「下手に動いてみろ。こいつの命がないぞ!?」
おいおいおいおい!ちょっと待った!!いくら《冥王》に操られてるからって、殺人はやばいから!君の将来お先真っ暗になっちゃうんだよー!!雰囲気にのまれて物騒なこと言ってるだけなら早いとこ撤回しないと、《暗殺者》の逆鱗に触れ────!
「……触んなって、言ってんだろ」
あ……。遅かったみたいだ。うつむいたまま、ゆらりと前に踏み出した《暗殺者》がわずかに顔を上げる。
「そんなに、ぶち殺されてぇか?」
「「「!!!!」」」
ひいぃぃぃぃぃ!!!!!!な、なんつぅ目をするんだよ、本当に!!まるで悪鬼だよ、悪鬼!アサシンモードすぎて助けてもらってるはずの私まで怖いわーーー!!!
殺意MAXの視線をもろに受けた3人が感じた恐怖は、私のそれより何倍もひどいものだったに違いない。その証拠に、私の首を絞めていた男子生徒も手を放して後ろに後退っている。せき込みながら後ろを振り返ると、顔を真っ青にした男子生徒が何とか《暗殺者》から逃げようと壁際まで後退していた。
そんな彼らの様子がおかしかったのか、クスリと笑う《暗殺者》の声が聞こえる。
「ま、今更放したって許さねぇけどな」
楽しげに言った《暗殺者》はゆっくりと一歩ずつ男子たちに近づいていく。すでに壁ぎりぎりまで迫った男子たちはそれでも必死に《暗殺者》から逃れようと模索しているようだったけど、そんな隙を《暗殺者》が与えるわけなかった。
……てか、多分《暗殺者》に対する恐怖のあまり、もうあの人たち《冥王》の暗示から解放されてるみたいだけど。なんかみんな涙目になってるし。泣きたくなるくらい怖いよね、そうだよね。私ですらすごい怖かったもん。その気持ちはよくわかるよ。
でも、ごめんね。アサシンモードのさっちゃんを止めるなんて芸当、私にはできないんですよ。名ばかりの猛獣使いなもんで。《冥王》、もしくは《冥王》に操られちゃった自分たちを呪ってください。
私が心の中で男子生徒たちに同情している間、《暗殺者》はまるでストレッチをするように首を左右に曲げながら男子たちの目の前に迫った。絶望を顔に浮かべた男子たちに殺意を込めた視線を向けたまま、ニコリと笑う。
「二度と《冥王》に唆されるないように、ぼこぼこにして体に覚えこませてやるよ」
数十秒後。
袋小路には気絶した4人の男子生徒が横たわっていた。意識を失うぎりぎりまで首を絞められていた1人は先ほどまでぴくぴく動いてたけど、やっとちゃんと意識を失えたみたいだ。
「張り合いねぇな」
ぱんぱんっと手を払いながら、一仕事終えたといった風に息を吐く《暗殺者》。
「さ、さっちゃん……やりすぎ」
目の前に広がる光景に、私は思わず呟いていた。4人とも外傷を負ったわけでも、血を吐いたわけでもないんだけど、《暗殺者》が繰り出してた攻撃はそうならないぎりぎりのいっちゃんキツイやつだったんだろう。おまけに痛みつけるために、一発では昇天できないように加減してたみたいだし……。
ここまで見事にぼこぼこにされたのを見立ったら、襲われた身だっていうのに、心底男子生徒たちに同情しちゃうよ。
「こんだけ痛い目見とけば、二度と《冥王》なんかの暗示にかかることもないだろ」
えっとー……、つまり、《冥王》にまた唆されそうになっても、さっちゃんにぼこぼこにされた記憶が蘇ってきて暗示にかからないだろう、ってことですか。だからあえてぼこぼこに痛めつけてやった、と……。
まぁ、確かにまた《冥王》の暗示をくらって襲い掛かってきたら面倒だから、予防しておいてくれたのはありがたいけどさ……。
それにしたって、なんて荒い予防方法なんだろう。理に適ってるとはいえ、痛そうすぎる。こんな被害者が今後も出ると思うと、どうもいたたまれなくなった。
……これ、《冥王》の暗示に気を付けろ!的なポスターを作って、学園中に張ったほうがいいんじゃないか?




