10. 階段/放課後①
昼食を終えて、みんなで屋上を出る。本来入っちゃいけない場所だから、長居は無用です。みんなで適当に話しながら階段を下りている中、私はさっきまでの光景を頭の中で振り返っていた。
《勇者》と《魔王》は打ち解けたとまではいかないけど、少しは言葉を交わしてた。夏休み前までの状況と比べたら、かなりの進歩だよ。これからどんどん記憶を取り戻していけば、2人の関係はさらに軟化するだろう。ってことで、この2人の対立に関してはほとんど問題解決といってもいい。
問題は、ともかく真白のことだ。記憶をちゃんと取り戻してなかった《勇者》たちには何かしら反応があったのに、真白は全然何も思い出してないみたいだった。真白にかけられた記憶を解き放つのを妨害する魔法っていうのはそれだけしぶといものなのかもしれない。
《魔術師》が言っていた通り、この中の誰かと恋人同士にでもなれば、ガツンと真白の記憶を刺激して前世のことを思い出してくれるかもしれないけど……。
てか、現時点で真白とそういう仲になりそうなのは《勇者》と《魔王》の2人しか残っていない。《魔術師》はなんやかんやで《女騎士》のこと思ってるみたいだし、《吟遊詩人》は結婚を考えてる彼女がいる。《暗殺者》は真白に恋する様子はなく、がんがん《魔王》を応援してる感じだ。
んで、残っている《勇者》と《魔王》にしても真白との距離感は五分五分。おまけに《勇者》と《魔王》が仲良くなったら、この三角関係?がどうなっていくのか私にはさっぱり予想がつかない。2人が仲良くなった状況でどっちかだけを後押しするってのも、なんか気が引けるし……どうしたもんか────
ドンッ!!!
「うわっ!」
なんか背中に感じた、と思ったと同時に、体が思いっきり前に傾く。何とか1つ下の段に足を突こうとしたけど、バランスを崩して真正面から階段に倒れ────
……そうになったところを、後ろから思いっきり腕を引っ張られて体を支えられた。
あ、危なかったーーー。あのまま倒れてたら、階段の角で顔面打ち付けてそのまま下までごろごろ落ちてたところだったよ。その時の衝撃を想像しただけで……うー、体中に寒気が走る!当たり所によっては眼鏡も粉々だったよね……。万が一その破片が目に入ったりしてたら……。うぎゃー!想像しただけで痛いーーー!!!
「大丈夫か?奈美」
「あ、ありがとう、さっちゃん!!」
脳内で余計な妄想をして悶えていたら、身体を支えてくれていた《暗殺者》が尋ねてくる。そんな彼に私は心の底からお礼を言った。とっさに《暗殺者》が支えてくれなかったら、階段の角で顔面直撃は免れなかっただろうからね。やー、さっちゃんが近くを歩いてくれてて本当によかった。
「奈美、どうしたの!?」
一番前のほうを歩いていた真白が驚いたように階段を駆け上がってくる。あ、階段から落ちそうになったとき、思いっきり大きな声出しちゃったから心配させたのか。
「あ、えっとー……。か、考え事しながら歩いてたらちょっと足を滑らせちゃって。さっちゃんがキャッチしてくれたから大丈夫だよ」
「もう、気を付けてよね」
「うん」
へらへらと笑いながら答えると、真白はちょっと呆れたような怒ったような顔を浮かべた。普段から注意力散漫だから、今の言い訳で変に思われなかったみたいだ。いつも注意力散漫な私、グッジョブ。
真白を無事に誤魔化せたことに自己満足を感じていたら、隣から舌打ちが聞こえてきた。顔を上げると、そこには非常に不機嫌そうな《暗殺者》の表情。
「何も知らないくせに、暢気なもんだよな」
「真白に怒っても仕方ないでしょ」
まったく。なーんでそんなに真白を目の敵にしようとするんだか……。ここで舌打ちするなら、真白に対してじゃなくて、私のことを後ろから押した誰かさんにでしょうが。
真白には足を滑らしただけって言ったけど、本当は違う。さっき階段から落ちそうになったとき、明らかに誰かが私の背中を押した。力の具合からして、偶然誰かとぶつかっただけだとは考えにくい。
十中八九、誰かさんが宣言通りに動き出した、ということだろう。
しょっぱなはかなりベタな方法で来たなー。今後はどんな方法で襲い掛かってくるのか……。考えたくもないわ。
「奈美」
「ん?」
やれやれ、と深くため息をついているところに、いやに真剣な声で呼ばれて《暗殺者》の顔を見上げる。
「なるべくそばにいるけど、俺がいない時は絶対に1人になるなよ」
「わかってるよ……」
アサシンモードの時より威圧感はないけど、ふざけるような隙を与えない雰囲気だった。
まぁ、こんなところで小粋な洒落を言えるほど私の肝は据わってないし、そんなことできないくらいまずい状況だって理解はしてる。
実際に襲われたことだし、《暗殺者》に言われた通り、下手に1人にならないように気を付けないとね。
■ □ ■
「ごめんね、奈美。今日はお母さんと約束があって一緒に帰れないんだ」
昼休み、いつものように真白と帰ろうと思ったらそんな返事が返ってきた。朝、登校する時に話そうと思ってたみたいだけど、すっかり忘れてたらしい。すごく申し訳なさそうに謝ってくる真白に、大丈夫と笑顔を返して私は真白と別れた。
うーん、真白が言い忘れちゃったことはしたないけど、ちょっと困ったな。昼休みに1人にならないように気を付けようと思ったばかりなのに、さっそく1人になってしまった。
《暗殺者》には散々登下校は引っ付いてくれるなとお願いしたから、多分もう学校にはいないだろう。《勇者》と《魔王》に下手に近づいたら、《冥王》のこと関係なく井之上様達が怖いし……。
ダメもとで《魔術師》と《女騎士》のとこにでも行ってみるかと気を取り直して廊下を見ると、2人ですごく楽しそうに話しながら帰っている《魔術師》と《女騎士》の姿がちょうど視界に入ってきた。
……だめだ。あんな楽しそうな2人の邪魔をしてまで一緒に帰ってくれなんて言えない。私が100パーセント襲われる可能性なんてないわけだし、そうなったら私は正真正銘ただの邪魔ものになってしまう。そんなの特に《女騎士》に申し訳なさ過ぎてできない。
仕方がない、ここは1人で帰るしかなさそうだ。真白の時だって帰り際に取り囲まれるようなことはなかったし、さっさとチャリに飛び乗って、一目散に家を目指せば大丈夫だろう。腹をくくった私は鞄をもって一応あたりを見渡しながら早足にチャリ置場に向かった。