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9. 職員室/屋上




「え?みんなで昼飯?」



 ちょっと驚いたように《吟遊詩人》は机から顔を上げた。

 2限目と3限目の間の時間を使って私は職員室を訪れていた。というのも、《吟遊詩人》に今日からお昼休みに一緒にお弁当を食べるのを誘うためだ。

 私が背後に立って声をかけた時には真剣に机の上の書類に何かを書き込んでいたけど、《勇者》と《魔王》もくるって言ったら、すごく驚いた顔をしてこっちを向いた。まぁ、その反応は当然っちゃ当然だよね。



「前世組がそろうって……鬼勢も来るのか?」

「もちろん」

「よくあいつが《勇者》と一緒に昼飯食べるなんて了承したな。今まで散々毛嫌いし合ってたんだろ?」

「それはちょっとした誤解からきたすれ違いだっただけですよ」



 まさか私も、周りに流されたってだけであんなにお互いを毛嫌いしていたとは夢にも思っていなかった。

 そんなよくわからない理由のせいでこっちはいちいち《勇者》と《魔王》に気をもんでいたなんて、無駄骨もいいとこだよね。


「よくわからんが、和解したならまぁ、いいか。それで、なんでみんなで弁当を食べようなんて話になったんだ?」

「あとから《魔術師》が詳しい話が行くんですけど、真白の記憶を取り戻すためにも、これからはなるべくみんなで一緒にいようってことになったんです」


 少し顔を近づけて小声で事情を話す。時間を見つけて《魔術師》には《吟遊詩人》に昨日の話を伝えるように頼んである。ひとまず今は簡単な事情だけを分かってもらえれば十分だった。


「そうか。俺はさすがにいつもってわけにはいかないけど、なるべく協力できるようにするよ。今日は特に急ぎの用事もないし、昼飯もいけると思う」


 うん、さすが《吟遊詩人》。さくっと状況を飲み込んでくれるから助かる。最初は私の実年齢無視してリアルな下ネタ振ってくる厄介な奴だと思ってたけど、転生組が勢ぞろいした今、《吟遊詩人》が一番話のわかる存在であると、最近しみじみと感じている次第である。

 ほんと、この人が前世の記憶取り戻してくれててよかった。



「じゃあ、昼休みに屋上集合でよろしくお願いします」

「おい、屋上は立ち入り禁止だろ」

「もしもの時は言い訳よろしくお願いします、先生」

「……俺の立場は考慮なしかよ」



 後ろで聞こえてきたため息は聞こえなかったふりをして、私は職員室を出た。これで万が一ほかの先生に屋上を使っていることがばれても、《吟遊詩人》が何とかしてくれだろう。うんうん、教師って立場が1人仲間内にいるのは非常に心強いね。





■ □ ■





 そして昼休みになりました。



「……!!!」



 屋上の扉を開けたら、そこは夢の国でした。いや、ここは現実世界だってわかってんだけどさ、興奮のあまりそんな言葉を頭がよぎっちゃったのよ。それくらい、今テンションハイパーマックスです。目の前に広がるこの光景に思わず体が震えちゃうくらい、興奮しております。

 そんな興奮しちゃうのも無理ないんですって。だって、だってだってだってだって!




 《聖女》、《勇者》、《魔王》、《魔術師》、《吟遊詩人》、《女騎士》、《暗殺者》!


 目の前に、《勇者》・《魔王》パーティが勢ぞろいしてんだから!!!



 この世界はゲームの中じゃなかったけど、でもこの世界は【セント・ファンタジア】のもとになったオリジナル。つまり、目の前にいるのは私の大好きなゲームのキャラ達のもととなったオリジナルたち。そんなのが目の前にそろってるっていうのに、興奮せずにいられますかッテの!!

 みんな来てるのは現代風の服だけど、いつかの時よろしく、私の頭の中には【セント・ファンタジア】のコスチュームを着たみんなの姿が鮮明に描き出され、そしてBGMが流れ、会話は《冥王》の根城に向かうための作戦会議の内容に変わ────



「奈美?そんなのところにいつまでも立ってどうしたの?」

「あ……ちょっと、感動に浸ってて……」

「奈美も早く座れよ」



 真白と《暗殺者》に促されて、やっと私はちゃんと現実世界に返ってくる。やー、自分が住んでる世界に、大好きなゲームのオリジナルがいるとか、危険だね。一瞬で異次元までトリップしちゃってたよ。興奮のあまり危うく【セント・ファンタジア】のBGMを口ずさんでしまうところだった。

 みんなの前で醜態をさらさずに済んだことにほっとしながら《暗殺者》の隣に座ると、《魔術師》があきれ返ったような視線をこちらに向けてくる。


「ばかっぽい顔してないで、ちゃんと《聖女》のこと観察しなよね」

「い、言われなくてもわかってるよ!」


 言われるまでそのことをすっかり忘れていたことは棚上げしておく。やー、萌えポイントが見つかっちゃうとそこしか見えなくなっちゃうのがオタクの性ってもんだよね。

 でも、今回はちょっと真面目に自分の役目を果たさなきゃならない。今日この場に《勇者》・《魔王》パーティがそろっているのは私を異次元にトリップさせるためではなく、《冥王》の野望を阻止するためなんだから。


「先生まで来てくれるなんて思いませんでした」

「あぁ、平野がどうしてもってしつこく誘ってきたからな」


 しつこくて悪かったな。たとえそれが事実だったとしても、もうちょっとオブラートに包んで言うとかしようよ。

 しかし、真白はやっぱり《勇者》・《魔王》パーティが勢ぞろいしても特に何も感じてないみたいだ。いつもと変わらない様子で《吟遊詩人》と楽しそうにしゃべってる。



 それに比べて、他の思い出してない組の反応は明らかにおかしかった。



「……」



 お弁当箱を開きかけながら固まった《女騎士》。


「ショウ?」

「……後で話すよ」


 《魔術師》が声をかけると、《女騎士》ははにかみながらそう答えた。うん、あの様子だともしかしたら《女騎士》はほとんどのこと思い出したのかも。すごい嬉しそうな顔してたし。この間《魔術師》の家で思い出してないからって追い出されてた時、すごくショックな顔してたから、思い出せて余計に嬉しいんだろうな。



「……」



 次に、《暗殺者》の顔をじぃっと眺めながら固まっている《魔王》。 


「ん?どうした、昇?俺の顔になんかついてる?」

「あ、いや……。なんだか、妙に納得したというか……」


 《魔王》は口元を抑えながら、なんか照れくさそうに言葉を濁した。あの反応からして、多分《魔王》はやっとさっちゃんが《暗殺者》の生まれ変わりだって思い出したんだろうな。今まで全然気づけてなかったから罪悪感とかなんとかがまじりあってあんな顔になってるのかも。

 さっちゃんのほうは、その表情に気付いてやっとかよ、って感じでため息をついている。これまで前世の事情も含めて陰ながら支え続けてきたもんね。後で《魔王》に思う存分前世の分までねぎらってもらうといいよ。



「……」



 続きまして、私以外の全員の顔を順に眺めて茫然としている《勇者》様。


「武蔵野?ぼーっとしてどうした?」

「……てか、あんたもだったのか」


 《吟遊詩人》がたずねると、《勇者》は思わず、といった感じでそう呟いた。《吟遊詩人》はおかしそうな顔をしながら《勇者》に笑い返す。いたずらが成功した、みたいな楽しそうな顔をする《吟遊詩人》に《勇者》は複雑そうに顔を歪めて視線を逸らした。



 やー、みんなの記憶取り戻した瞬間の反応が面白くって思わずにやけちゃうよ。こんなの間近で生で見られるなんて、【セント・ファンタジア】・【今キミ】ファンの私としてはたまらんです。できればこの場面を録画しておきたいくらいなんだけど、さすがにそんなことしたら不審がられるだろうから、心のビデオカメラに録画して満足しておこうと思う。

 ……後で、集合写真だけは取らせてもらう予定だけどね。



「ねぇ、奈美……」

「ん?」



 その写真を加工して、みんなに【セント・ファンタジア】っぽいコスチュームを着せてやろう、なんてムフフな計画を妄想していたら、小声で真白に話しかけられた。

 現実に返ってきて真白の顔を見ると、不思議そうな、ちょっと心配そうな顔でみんなの様子をうかがっている。



「勇気君たち、ぼーっとしてるけど、どうしたのかな?」



 あぁ、やっぱり。《勇者》・《魔王》パーティが勢ぞろいしたことで、《勇者》たちはガンガン前世の記憶を刺激されてるのに。真白は何も感じていないんだ。

 予想はしていたことだけど、やっぱり落胆を感じずにはいられなかった。真白が本当に何も感じてないってことは、それほど《冥王》が真白に仕掛けた細工は強力なものだってことだからだ。



「奈美?」



 多分、落胆が顔に出ていたのだろう。心配そうな顔で真白が覗き込んでくる。ここで暗い顔をしたところで、真白をいたずらに不安にさせるだけ。真白の記憶が戻ってくるわけじゃない。



「気にすることないよ。そのうち大丈夫になるでしょ」

「?」



 笑って誤魔化した私は、全く手を付けていなかったお弁当を食べ始めることにした。うまく普通を装えていたのか、真白は少し首を傾げていたけど、《吟遊詩人》に話しかけられて、それ以上は何も聞いてこなかった。



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