8. 靴箱②
うーん、とうなりながら廊下に出たら、見知った顔がすぐ前を通り過ぎた。
「あ、代表」
「ん?平野か?」
「久しぶり」
1年の時に同じクラスだった代表は、後ろから声をかけると振り返ってくれた。ほとんどの人に遠巻きにされてるけど、代表と絹島さんだけは相変わらず話しかけたりしてくれるんだよね。
もしかしたら、代表がこの状況について何か知ってるかもしれないなー、なんて淡い期待を抱きながら声をかけたんだけど、私が話し出す前に、代表は感心したような呆れたような微妙な表情を浮かべる。
「お前、すごい奴を手なづけたな。最初聞いたときはバカにしてたけど、猛獣使いの異名は伊達じゃないと思った」
「……ごめん、全然話が見えないんだけど?」
当たり前のように始められた話だったけど、私にはさっぱり何のことかわからなかった。猛獣使いの異名はだてじゃないって……猛獣使いらしいこと、私はした覚えないよー。
そんな私の様子に、代表は目を見開いて驚いていた。
「お前……もしかして、知らないのか?小夜時雨って1年が、全クラス回って『平野奈美を意味なく避けたりするやつはぶっ潰す』って脅しまくってたこと」
……何それ!?
「……全然知りません」
「そうか。自主的に主人の身の回りのことに気を遣うなんて……相当に躾けてあるんだな」
いやいや、なんでそこでそんなに納得しちゃうの?躾けた覚えとか一切ないから!
ひとまず、妙に納得してる代表はスルーするとして、状況整理をしよう。えっとー……つまりさっちゃんがこの学園の全クラスに直々に足を運んで、私を避けたら許さんぞ、と脅しをかけたと……。それで、みんな《暗殺者》にまとわりつかれてる私のことは遠巻きにしたいけど、遠巻きにしちゃったらそれこそ《暗殺者》の標的になっちゃうから、それを避けるために半ば無理やり私に話しかけてきた……ってことよね。
……もしかして、そのことがあったから、昨日あんなに自信をもってもう避けられることはない、って言ってたのか。なるほど、そこは理解した。
けど、この状況を即行で受け入れられるほど私のキャパシティ広くありません!あんなおどおどしながらしゃべりかけてくる人たちにどうやって対応しろっていうんだ!
「あぁ、あとこれは一部の人間しか知らないんだが……」
「まだなんかあんの!?」
もうこれだけでも私の学園生活が余計にややこしくなることが確定しているというのに、やつはまだ何かやらかしてくれたというのか!?
「学校で教師たちにも変な目で見られないように、夏休み中、学校に通ってこれまでサボってたぶんの補習を受けてたそうだ」
「え?」
思わず間抜けな声が出る。だって、ハラハラしながら代表の言葉の続きを待ってたら……夏休み中に補習を受けてた?なんじゃ、その真面目学生みたいな行動は。全クラス脅し回ったと思ったら真面目に補習受けるとか……行動が意味不明すぎるだろ。
「俺は学校のほうが集中できるから休み中もほとんど学校に来てたんだが、8月に入ってから、ほとんど毎日見かけたぞ」
「……」
「かなり躾けてあると感心した。一体どうやってあんな奴を手懐けたんだ?」
……代表、思いっきりさっちゃんを猛獣扱いしてるし。てか、何度も言いますけど手懐けた覚えなんてないし、向こうが勝手に引っ付いてきてるだけなんだけども!
心の中で弁解しつつも、きっと何言っても信じてもらえないんだろうなーとすでに諦めているので、代表にはお礼を言ってその場で別れた。
代表のおかげで靴箱で起きた不可思議な現象のなぞは解けたけど……《暗殺者》が何故そんな行動をとったのかは想像もつかなかった。
1つ分かるのは、どんな理由があるにしろ、全クラスにわざわざ出向いて脅しまくるのはやりすぎだろうってことだ。そのおかげで確かに表向きは浮いてないけど、実際ははみ出し者として認定されちゃったよね、私。声をかけてくる人たちの表情や態度には妙に違和感があるし……。これで浮いてないって言えるのか?いやいやいや、言えないでしょうよ!!!
……まぁ、無差別に誰とでも仲良くしたいなんて思ってないし、あからさまに避けられてるわけじゃないならいいんだけどさ。
「奈美、おはよう」
「あ、さっちゃん」
考え事をしていたら、前から当の本人《暗殺者》が歩いてきた。人の気も知らないで朝っぱらからうさん臭い笑顔を浮かべている。最近分かってきたけど、《暗殺者》があんな風に笑ってる時って、私にとって碌なこと考えてないんだよね……。
「俺の言ったとおり、今日は誰からも遠巻きにされてないだろ?」
自信満々に首を傾げながら笑いかけてくる。まぁ、昨日全然信じてません、みたいな態度をとってたから、私が驚いたと思って楽しそうにしてるんだろう。確かに驚きはしたけどさ、全部の理由が分かった今、驚きというより、呆れすぎちゃってどっちかというと脱力だわ。
「……そりゃ、脅されればそうせざる負えないでしょ」
「あれ?もうそのことばれてんの?」
「夏休みに補習まで受けてたんだって?」
「げ、なんでそのことまで知ってんだよ……」
つまらなそうに笑顔を消す。補習のことを言ったときには思いっきり顔を歪めてた。どうやら私にはあんまり知られたくなかったらしい。「言った奴、誰だよ?」と舌打ちをしながら視線を鋭くする。
あ、やばい。私にそのこと暴露したのが代表だと知れたら、彼の命が《暗殺者》に狙われてしまう!!代表を守るためにも、急いで話題を逸らさなければ……!
「そ、それより、なんでそんなことしたの?」
「俺と一緒にいて浮くのが嫌って言ってただろ?」
「うん」
「じゃあ、俺と一緒にいても浮かないようにすれば問題ないってことだよな」
「……」
「これで俺は心置きなくいつも奈美のそばにいられるだろ」
こいつ……それだけのために全校生徒脅して、貴重な夏休みを補習で潰したっていうのか!?し、信じられん……。いい加減私で遊ぶのに飽きるかなぁと思ってたのに……。私をおちょくって遊ぶのが至上の楽しみだと思っちゃうくらいに《暗殺者》にとって、今世は退屈で仕方ないってこと??
なんか……ここまで来るとかわいそうになってきた。確かに魔法が存在して命がけで生きていた前世に比べたらこの世界は張り合いがないかもしれないけどさ、それなりに楽しいことだってたくさんあるのに。勿体ない。……今度おすすめのゲームでも教えてあげようかな。
「老衰するまで生きた記憶があるっていうのも、大変なんだね……」
「まぁな。奈美のおかげで最近は楽しいからいいけど」
珍しくうさん臭い奴じゃなくて、ちゃんと笑ってる《暗殺者》。からかわれてる身としては癪だけど、それなりに楽しんでるっていうのは本当みたいだ。
仕方ない……。引っ付かれるのはあんまりうれしくないけれど、《暗殺者》が現世でちゃんとした楽しみを見つけるまでは構ってやるか。
さっちゃんが近くにいてくれれば《冥王》に狙われてても安全なのは間違いないし。
「これで、いつでも一緒に入れるだろ?」
にっこりと笑って手をつないでくる《暗殺者》。……すごく楽しそうなのはいいことだけど、私をダシにしてるってところはやっぱりちょっと納得できないわ。
かまってあげようと決心したばかりだけど、期間限定ってことにしておこう。
その前に、《暗殺者》が私に飽きてくれるのが一番いんだけどね。
……長くとも学年上がる前までには、新たな楽しみなりおもちゃなりを見つけてくれますように。




