4. 《魔術師》の家③
いつまで続くのかなー?と思っていた睨み合いは案外早く終わった。先に視線を逸らしたのは《暗殺者》。どうやらさっちゃんのほうが《魔術師》よりも、若干大人なのかもね。
「……んで、なんで奈美はこんな奴にわざわざ会いに来たんだ?」
「そうだった!君に色々と聞きたいことがあるんだよ!君が学校に来なくなってから、色々起こって大変だったんだからね!」
《暗殺者》、ナイスパス!2人の睨み合いに気を取られて忘れかけてたけど、大切な内容なんだからさっさと話しちゃわないとね!
「《聖女》が正気じゃない目をした女子生徒に襲われるようになった、とか?」
「え?知ってたの?」
「《聖女》の身の回りに起こったことは、大体ショウから報告を受けてたよ」
せっかく人が気合いを入れて話し出そうとしてたのに、私が言おうとしてたことの一部を《魔術師》はあっさりと言い当てた。てか、知ってるなら何かしらこっちにもそれを伝えてよね!学校に来てなくても定期的に《女騎士》と連絡取り合ってた雰囲気は何となく察してたけどさ。
「ひとまず座れば?わざわざ会いに来たってことは、それ以上に何かあるんでしょ?」
「実は……」
《魔術師》に促されて、ソファに座りながら今朝見た夢のことを話し始める。正確には夢じゃなくて、《冥王》の作り出した異空間だってこと。後は、この世界が【ゲームの中】じゃなくて、私が前世で生きてた世界と完全に並列する全く別の世界だっていうこと。私の世界にあった【セント・ファンタジア】というゲームがこの世界をモチーフにして作られていたこと。《冥王》が封印され続けるあまり力をつけて異世界を覗き込めるようになっていること。そして……。
「最後に、『まずはお前を確実に潰す必要があるようだ。楽しみにしておけ』って言って、その場から追い出されちゃったんだよね」
「……おい」
今日の夢の内容を話し終えた途端、隣に座っていた《暗殺者》にものすごい力で肩をつかまれた。思わず顔を上げると、そこにはアサシンモード入りかけのさっちゃんの凶悪な顔。
うええぇ!?ちょ、さっちゃん!?なんでいきなしアサシンモード入っちゃってるんですか!?
「なんでそういうことを俺に言わないんだよ……?」
お、怒ってるポイントそこぉ!?怒りポイント謎すぎ!もしかして、私が意図的にさっちゃんに話さなかったとでも思ってるかな?だとしたら全くの勘違いだからね!
「さ、さっちゃんと絡むようになってから《冥王》の夢見てなかったからぶっちゃけ忘れてたし、今日の夢を見るまでは、それがただの私の妄想が見せた夢の可能性もあったから、誰にも言ってなかったんだよ!だからさっちゃんだけに黙ってたわけじゃないから、そんなに怒らないでよ!!」
「はいはい、いちゃつくのは後でやってよね」
「いちゃついてない!」
こっちは涙目になって必死に《暗殺者》に訴えてるっていうのに、どこをどうしたらいちゃついてるように見えるんだよ!?意味わからん突っ込みしといて我関せずって感じで、腕組して考え込みだしたし!マイペースすぎるぞ、《魔術師》!
「……次からそういうことがあったら、真っ先に俺に言えよ?」
「わ、わかったよ……」
ひとまず《暗殺者》は私の言い分を納得してくれたみたいで、肩においていた手を離した。あのまま力くわえられ続けてたら、骨が砕けてたところだよ……。
もう、こっちは怒らせようとしてるわけじゃないのに、なんか地雷踏みまくっちゃうし。わけわからんくて無駄に疲れるわ!
《暗殺者》のせいで精力を浪費してる間に、《魔術師》は考えをまとめたのか、腕組を解いて視線を上げる。
「今聞いた話からして、あんたが接触したのは間違いなく《冥王》本人だろうね。現実に起こったことも言い当ててるし、僕が知ってる《冥王》の特徴もよく似てる」
「やっぱ、そうなんだ……。じゃあ、今度から私が狙われるのか……」
そう予想はしてやけど、そうなっちゃうよねー。真白が狙われたのも近くでよく見てた分、その標的が自分に置き換わって、しかも真白の時とは違って殺すことも容赦なく襲い掛かってくると思うと怖すぎる。特に、井之上様と木戸には一度《冥王》関係なしに襲われかけてるし……。あの人たち素でも質悪いから、《冥王》に操られた日には何を持ち出してくるやら……考えただけで恐ろしいわ。
「まぁ、よかったんじゃない?あんたのこれまでの努力が無駄じゃないって証明されたんだから」
「え?」
「《冥王》はあんたがゲームの存在を認知していることを知って、あんたを確実に潰すって言っててきた。なら、あのゲームの内容を知られてると不都合だって、言ってるようなもんでしょ」
どんより沈み込んでいた私に、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
確かに《魔術師》の言う通り、《冥王》が私をロックオンしたことで、【今キミ】の内容が《冥王》の思惑に深く関係しているっていうのは明らかになった。
「でも、なんでたかが乙女ゲームがそんなに重要なんだろう?」
この世界をモチーフにして作られた【セント・ファンタジア】。それから派生した乙女ゲーム【今世でキミを手に入れる】。伝説となった女性企画者の話以外、特に変哲もない普通の乙女ゲームだと思うんだけどねえ……。
「……その乙女ゲームが逆だとしたら?」
「え?」
ぽつりと、《暗殺者》がつぶやいた。ここまで黙って話を聞いていたけど彼なりに色々と考えてたみたいだ。聞き返すつもりで《暗殺者》のほうを向けば、真剣な顔つきで、こちらを見返してくる。
「この世界は【今キミ】を元にして作られた世界だとしたら?」
その言葉を頭の中で反芻する。つまり、【今キミ】の設定をこの世界にあてはめた……ってことだよね?え、それ、本気で言ってるの?
冗談だろうと思って、今度は《魔術師》の顔を見る。てっきり《暗殺者》の言葉を笑い飛ばすかと思っていたら、《魔術師》も至極大真面目な顔をして考え込んでいた。
……つまり、《魔術師》も《暗殺者》と同じように考えるってこと?そう理解したとき、私の頭は一瞬混乱する。ゲームの設定を現実に再現するなんて……。
「そ、そんなのありえなくない?そもそも、この世界を左右するのは《創造主》様のご意思でしょう?これだけ一致するなんて、《創造主》が意図的にそうしようとしない限り無理なんじゃない?」
「あるいは、《創造主》をけしかけて、ゲームに似た世界を作らせたか」
私の問いに答えるつもりだったのか《魔術師》が言った。
「でも、《創造主》をけしかけるなんて、どうやって……」
「《冥王》が封印された時、《創造主》は今後の世界のあり方をどうすべきか考えた。その時にいろんな人間の意見を取り入れようとしたんだよ」
「……つまり、《冥王》が封印された直後に《創造主》にうまいこと吹き込めば、この世界を【今キミ】と同じ状況にすることは可能だったってこと?」
「そういうこと」
《魔術師》の話が事実なら、《創造主》をそそのかすことも不可能じゃないだろう。この世界を良くするためだっていえば、《創造主》は耳を貸すだろうし、まさかその内容が封印されたばかりの《冥王》の思惑によるものだとは思うまい。
「実際にその中のいくつかの意見は実際に採用されたんだよな」
「たとえば?」
「色々あったけど、今の話にかかわりそうなのは、この世界から魔法をなくすこと。《冥王》と戦った僕たちを転生させること、だね」
「……ちょっと待って。それって、思いっきり【今キミ】と同じ世界観を作り出そうとしてるじゃん!」
「そう。しかも、この2つの条件には面白い共通点がある」
一端言葉を止めた《魔術師》はにやりと怪しげに笑いながら言った。
「この2つの意見は、同じ人物から進言されたんだ」
「つまり、そいつが《冥王》から指示を受けて《創造主》をそそのかしたってわけか」
「間違いないだろうね」
《暗殺者》の言葉に、《魔術師》は大きくうなずく。その2つの条件を《創造主》に進言したのが同一人物っていうなら、そいつは《冥王》の手下ってことで確定だ。
しかし、理解できない。世界が滅亡すればそいつだって生きていられないっていうに、《冥王》に肩入れしようとするなんて。
「一体、誰がそんなことを……?」
「当時の王様、御堂家の人間だよ」
《魔術師》の言葉を聞いた途端、脳裏に黒い笑顔を浮かべる《王子》の顔が浮かんできた。




