21. 夏休み:花火大会⑥
数秒後。
地面に伸した4人はピクリとも動く様子を見せない。ほとんど反撃できずに、《勇者》と《魔王》のパンチと蹴りを受けまくってたからな。しばらくは起き上がれないだろう。そこまで考えて、やっと体に入っていた力が抜けていく。
「はあ~~~……間一髪だったね」
「な、奈美……」
力が抜けちゃったせいで、へらりと笑みが浮かぶ。やー、実際結構ビビっててんだけど、ビビりすぎてて笑っちゃうってやつ?
そんな間の抜けた顔をしてる私を見て、真白はまた両目に涙を浮かべる。
「大丈夫だよ、真白。何もされなかったから」
「でも、でもっ……」
うん、真白のほうがよっぽど怖い思いしたもんね。でも、本当に真白に何もなくてよかった。真白に何かあったら、なんて考えたくもないし。実際ぎりぎりだったけど……結果的に何もなかったんだから、ともかくよかった。
「ったく、無茶するな……」
《勇者》があきれ返ったようにため息をつく。どうやら、怒りは収まったようで、もう不動明王の顔は消えて、いつもの《勇者》の顔に戻っていた。
「お前も一応女だって、自覚したほうがいいぞ」
《勇者》と一緒に近づいてきた《魔王》もあきれ顔でこっちを見下ろしてくる。《魔王》もさっきまで氷点下に下がっていた瞳はもとに戻ってる。うん、あれだけぼっこぼこにしたら、怒りも多少は収まるよね。
そんないつもの様子に戻った2人にあきれられちゃうのも仕方ないと思う。緊急だったとはいえ、1人で飛び込んで、危ない目にあってたんだから。
「弱いって自覚はあるんだけどねぇ、どうも体が動いちゃって」
「いや、鬼勢が言ってるのはそういうことじゃないと思うけど……」
ん?なんで《勇者》はさらに呆れたような顔をしてるんだ?んん??なんで《魔王》もまたため息ついてこっちを憐れむような目で見ているんだ!?確かに考えなしで無謀な行動だったけどさ、結果的に時間稼ぎになって私も真白も無事だったんだからいいじゃんか!
「奈美、2人とも奈美のことを心配してくれてるんだよ。それにしても、2人ともすごい動きだったね。格闘技とかはよくわからないけど、息がぴったりだったと思う」
真白がぶーたれてる私をなだめながら、《勇者》と《魔王》の顔を交互に見やる。
真白が改めてそう言いたくなるのも無理はない。それくらいさっきの2人の息の合い方は完璧だった。あれこそまさに阿吽の呼吸。
単独でももちろん余裕で勝ってたんだろうけど、2人の連携が絶妙すぎて男たち3人が反撃する隙は皆無だった。男たちも時間差で死角を狙ってたんだろうけど、《勇者》と《魔王》はお互いの死角を補って、おまけに合図もしてないのに互いの攻撃をうまいことよけて男たちの不意を逆につくような動きをしていたし。今まで幾多もの喧嘩を2人で勝ち抜いてきましたって感じの動きだった。
「あ、あぁ……言われてみれば」
「確かに、そんな感じがしたな……」
ちょっと戸惑ったように、《勇者》と《魔王》はお互いの顔をチラ見する。まさかとは思ったけど、やっぱりさっきの動きはお互いに無意識か……。まぁ、きっと前世では一緒に戦ってただろうから、私的には簡単に納得できるけど。
てか、【セント・ファンタジア】の世界でならまだしも、なんで今世で《勇者》と《魔王》がお互いを敵視してるか謎なんだよな。真白と知り合う前からそんな感じだったみたいだし……いい機会だから、その辺はっきりさせとくか。
「そういえば、2人ともなんでお互いのこと毛嫌いしてるの?」
「な、奈美!本人たちの前でそんなはっきり言っちゃ……」
「本人たちもわかりきってることだからいいんだよ。で、なんで?」
私の問いに、《勇者》と《魔王》は眉を寄せる。そしてお互いの顔を訝しげに眺め始めた。
「なんで……って言われても……なぁ?」
「……何となく、か?」
……はい?
「中学のころから周りが勝手に俺たちのこといろいろ比べてたんだよ。この間の体育祭の時みたいに」
「それで、なんか変な敵対意識っていうか、気まずくなったっていうか……」
……ちょっとまって。つまり、それって。
「単に周りの雰囲気にのまれてただけ、ってこと?」
真白がきょとんとした表情で首を傾げる。
「あぁ」
「そういうことだな」
「……呆れた」
なんと、下らん理由というか、理由にもなってない理由でお互いのことを敵視してたなんて……。まぁ、きっと前世の敵対時代があったからこそ、勘違いであそこまでお互いを嫌ってたんだろうけど。
「でも、本当によかった。2人が助けに来てくれたおかげで、私も奈美も助かったよ。2人とも本当にありがとう……!」
「真白……」
「……礼なら、武蔵野だけに言ってやってくれ。俺は、一緒にいたのにお前を危険な目に合わせてしまった」
《魔王》が視線を落としながらいう。一緒にいながら真白を危険な目に合わせちゃったことに責任を感じてるんだろうな。
そんな《魔王》は《勇者》のほうに向きなおると、深々と頭を下げた。
「武蔵野。真白を探すのを助けてくれたこと、本当にありがとう」
「鬼勢……」
突然の《魔王》の行動に《勇者》は目を見開いて驚いた。まぁ、今まで散々意味もなく敵意していた相手が、頭を下げてきてるんだから当然だろうな。そもそも《魔王》って結構素直で義理堅い性格してるし。私にも写真のお礼にわざわざピアスくれるような人だしね。
そんな《魔王》の肩にポンと手を置きながら《勇者》は微笑んだ。
「……いいって。俺が真白を放っておけなかったんだから。それに、立場が逆でも、お前も俺と同じ行動取りそうだし」
「武蔵野……」
「てか……なんか、これまで悪かったな。変にがん飛ばしたりして」
「いや、それはお互い様だ。俺も、すまなかった」
ちょっと気まずそうながらもお互いに謝罪し合う《勇者》と《魔王》。
おぉ、これは、もしや【セント・ファンタジア】の《勇者》と《魔王》が和解する場面の【今キミ】版!?これまでの誤解が解けて、和解するあの感動のシーンが今まさに目の前で……!!
「お取込み中悪いんだけどさ」
「「「え?」」」
「ぇぅぷっ!?」
ん!?顔にいきなりなんか振ってきて視界暗転したんですけど!?あれ!?ちょっと、《勇者》と《魔王》の感動の和解シーンがみえな────
「奈美をそのまま放置しておくの、やめてくんない?」
「あ、さっちゃん」
視界を隠していたものをどけながら顔を上げると、そこには上半身裸の《暗殺者》が立っていた。それはどうやら《暗殺者》が着ていた甚平を私に放り投げたようだ。まったく、体育館裏の時のブレザーといい、こいつはなんで私に服を投げつけるんだ?脱ぎたがりなのか??
「は……隼人」
あれ?なんか《魔王》の顔色がよろしくない。ついでに隣に立っている《勇者》の顔もなんかすごくひきつってる。私からは《暗殺者》の後ろ姿しか見えてないんだけど……2人ともなんでそんな顔して────
「奈美」
……あ、あれ?なんか《暗殺者》の声が、絶対零度の冷気をまとって……。え?なんか怒ってる?え?え?もしかしてアサシンモード発動中……!?
ゆっくりと振り返る《暗殺者》の瞳が私をとらえる。
あ、……私、オワタかも。




