20. 夏休み:花火大会⑤
この花火大会の運営本部は、花火会場となっている場所の近くに設置されてた。本部といっても、テント張って、その下に折り畳みの長机とパイプいすが置かれてる簡易なものだけど、迷子や落し物が発生した場合にはここに問い合わせることになっている。
本部のテントにたどり着いた私は、一直線に”迷子窓口”という紙が張られている机に向かった。
「すみません!友達とはぐれちゃったんですけど!!」
「あぁ、迷子ならここに名前と特徴を書いて……」
「そんな悠長なこと言ってないで!すぐに捜索隊を派遣して!!」
差し出された紙を払いのけて、机を思いっきり叩く。こうしてる間に真白が危険な目に合ってるかもしれないって考えたら、のんびりなんてしてらんないんですよ!!
私の勢いにちょっと驚いたのか、紙を差し出してきたおっちゃんは引き気味に私を見上げる。
「そ、捜索隊って……、祭りで迷子が何人いると思ってるんだい?」
「はぐれたのは子供じゃなくて私と同じ高校生の女の子!そんな子がトイレに行ったくらいで迷子になるはずないでしょ!きっと、変な人に連れていかれちゃったんですよ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて!友達が心配なのはわかるけど、誰かに連れ去られたって確証があるわけじゃないんだろう?1人のために動けるほどこっちにも人手があるわけでもないし、屋台をやってるスタッフたちにメール送ってそれらしき人を見かけたら連絡するように伝えるから……」
「そんなことしてる間に、真白に何かあったらどうしてくれるんですか!!?」
「そ、そういわれてもねぇ……」
だめだ。このおっちゃんじゃ話にならない。ここでおっちゃんと押し問答してる時間も惜しいっていうのに。ここは大人しく引き下がって、私も《勇者》たちと一緒に地道に探したほうが速いか────
「お疲れ様でーす。落し物預かったんで、登録お願いします」
そう言って、”迷子窓口”の隣の”落し物窓口”に1人の男性が近づいてくる。何気なくそっちに視線をやると、その男性は見覚えのある2つの巾着を手に持っていた。
あの人が持ってる巾着!私と真白のだ!!!
「あの、これどこで見つけたんですか!!?」
「うわっ!?な、なんなんだい、君は……」
「それ、私と友達の巾着なんです!どこで拾ったんですか!!?」
「え、えっとー、シューティングゲームの屋台の近くでって拾った人が……」
「……確か、あそこって屋台が途切れてて木が多い茂ってる場所がありますよね?」
「あぁ、あそこは人目に付きにくい場所だから、警備員が見回ってるはずだ」
私の問いに”迷子窓口”のおっちゃんが答えてくれる。警備員がいるなら、いくら暗がりでも人を連れ込んだりはできないか……?
「あ、確か今は交代の時間で、次のやつが来ないって警備の人が文句言いながらこっちに向かってたとこなんですけど、来てませんか?」
「なんだと?全く当番はきちんと守ってもらわないと、って、君!!!?」
おっちゃんが言い終わる前に、私は本部のテントを飛び出す。
シューティングゲームの場所なら、ここからのほうが近い。後ろから引き留めるような声が聞こえるけど、あんな悠長な対応を待ってる間に何か起こったら本当にシャレにならない。
てか、そんな暗がりでわざわざ警備員配置するような場所手薄にするとか、うかつすぎだろ警備係の人たち!!この世の中、物騒なこと考える悪い輩はわんさかいるんだからさ、もっと気を付けようよ!!!
この祭りが終わったら、運営本部に文句言いまくってやる!!
■ □ ■
シューティングゲームの屋台は相変わらず人であふれていた。目玉の景品はなくなっちゃったけど、ゲーム自体が面白いから繁盛してるみたいだ。
そこを横目に通り過ぎて、屋台の裏にまわる。発電装置が置いてあって、そのあたりは少し開けた場所になっている。その奥にまた木が密集して生えている場所があった。薄暗かったけど、奥のほうで人が動いている気配が感じられる。さらに奥に進みながら目を凝らすと、確かにそこには何人かの人影が見えた。そして、その1人は白い浴衣を着ている。
真白だ!!
4人の男に囲まれた真白が太い木を背に追い詰められている。今まさに真白に手を伸ばそうとする4人のうちの1人に私は無我夢中で突っ込んだ。
「ちょっとまったぁぁぁぁ!!!」
「うわっ!」
「げ!」
「み、みつかったか?」
体当たりと叫び声に一瞬動揺した男たちの隙をついて、しゃがみ混む真白のそばへと駆け寄る。
「真白!大丈夫!?」
「な、奈美……」
よほど怖かったのか、真白の目には涙が浮かんでいた。こんな暗がりで4人の男に囲まれたら当たり前だ。それでも真白はここまで必死に抵抗してきたのか、下駄は片方脱げてるし、せっかくきれいに結い上げていた髪もほどけちゃってる。
怯えきって泣きながら肩を震わせている真白。まだ真白が何もされてないって安心感と同時に、煮えたぎるような怒りが腹の底から湧き上がってきた。
真白をこんな風に泣かせるなんて……あの男ども!許すまじ!!!
怒りに任せて4人を睨みつけると、どうやら向こうもだんだんと状況を飲み込んだらしい。この場に駆け付けたのが私1人だと知って、冷静さを取り戻したみたいだ。
「……って、女の子1人かよ」
「ははは、自分1人でこの子を助けられると思ってんの?」
「……すぐにほかの人が追いかけてきます」
ひとまず、はったりをかましておく。本部のおっちゃんたちが私がここに1人で向かったのは知ってるし、警備員もいないのがわかってるから、あまりよろしくない状況だというのはわかってるはずだ。だから、いつかは人がここに来るはず。あとは、どれだけ素早く対応してくれるかってところだけど、あのおっちゃんたちの様子だとあんまり早い対応は期待できない。それなら、ともかく時間稼ぎをするしかない。
「へー、それまでにどれくらい時間があるかなぁ?」
「!」
あ、やべ。相手にこっちの考え筒抜けだわ。まぁ、他に人がいるなら私が1人で来るはずないって思ってるんだろうな。女の子を暗がりに無理やり連れ込むなんてアホくさいことするのに、なかなか頭が回るやつみたいだ。まったく、質が悪い。
「な、奈美!逃げて!!」
「!」
「おっと、逃がさねぇよ。さすがに1人で4人相手はきついかなぁって思ってところだったんだよ」
4人のうちの1人が私に腕を伸ばしてくる。警戒はしてたけど、とっさに反応できなくて、腕をひかれて後ろから首に腕を回されて羽交い絞めにされる。
「お友達のこと助けに来たんだろ?だったら半分手伝ってやりな」
く、苦しい!こいつ、女の子相手に手加減ってものを知らんのか!?こんの、万年発情変態やろうめーーー!!!
心の中で叫びながら、首元に回された腕に思いっきり噛みつく。
「いってぇ!」
噛みついたのがよほど痛かったのか、後ろに倒れこみながら男は私を羽交い絞めにしていた手を離した。その隙をついて、また真白を背にして男たちと対峙する。噛みつかれて地面を転げまわっている男を、他の男は呆れたように見下ろしていた。
「おい、何やってんだ」
「こ、こいつも噛みつきやがった!」
ん?こいつってことはもしかして真白も……あ、よく見たら私が噛んだのとは反対の腕にも歯形が……。この転げまわってるやつはそんな頭よくなさそうだな。おかげで多少は時間稼げたけど。
「まったく、学習能力がねぇなぁ」
「!」
「奈美!?」
この調子で時間稼ぎできれば、と思ってたけど、どうやらそううまくはいかないみたいだ。多分、4人の中でリーダー的な存在の長髪の男がしゃがみこんで、浴衣の襟元をつかんでくる。締め付けるようにつかまれたせいで首が閉まって、うまく身動きが取れない。
「見た目の割に威勢がいいじゃねぇか」
「……」
こいつ……、私を怖がらせたいんだろうな。女の子がおびえてる姿を見て悦に浸っちゃうタイプなんだろう。面白いものを期待するような目でこっちを覗き込んでくる。人間の風上にも置けないような奴だな。そんな奴の思い通りに、怖がってやるような細っこい神経は持ってないんですよ!
ぶっちゃけちょっと怖いけど、怒りのほうが勝ってて、気合いで相手を睨みつけてやった。すると、面白くなさそうに男はため息をつく。私から興味をなくしたかもしれないなと思ったら、男は私の胸倉をつかんだまま立ち上がる。私も強制的に立ち上がる羽目になった。
「俺は、こっちをもらったぜ」
「え?お前、趣味悪くね?」
「ばーか。こんなんだったら、ぜってぇ処女に決まってんだろ」
「あー、なるほどね」
は、なんだそれ。仲間その1も、なんでそんなセリフで納得しちゃってんだよ。まったく、発想と発言がいちいち低能過ぎて、呆れちゃう。
「ばっかみたい」
「は?」
思いっきり吐き捨ててやったら、癇に障ったのかこっちを威嚇するように見下ろしてくる長髪の男。けど、馬鹿らしくって、恐怖は感じなかった。
「処女にどんだけ夢抱いてんのか知んないけど、そんなたいそうなもんじゃないからね?」
「な、奈美……」
「へぇ、言うじゃねぇか」
「あんたらみたいなのに傷つけられるしおらしい神経は持ってませんから」
この体は清いままだけどさ、記憶的にはいろんなこと鮮明に覚えているわけで、多分普通の未経験の女の子が感じるような恐怖は私にはない。や、もちろん強姦にあった経験とか前世ではないから、何されるんだろうとか怖いっちゃ怖いんだけど。
こいつら、本当にただ怖がってる相手見て楽しんでるだけって感じだし、命をどうこうって気はさらさらなさそうだ。
こいつらの威嚇なんか、誰かさんのガチアサシンモードに比べたら子供の遊びレベルでしかない。
「その減らず口、いつまで叩けるか、じっくり追い込んでやるよぉ!」
「うわっ!」
胸倉を引っ張られてそのまま地面に倒される。思いっきり引っ張られたから、浴衣がずれてブラが見えるようになった。浴衣着るときに下着をつけない人もいるけど、私はつける派ですからね。ってー……今はそんなこと考えてる場合じゃないよね。
倒れ掛かった私に覆いかぶさるように長髪の男が近づいてくる。
「奈美!!」
後ろで真白の叫ぶ声が聞こえた。
あー……、これはマジで終わったかも。やだなー、今生では清く正しく、好きになった相手にだけ体を許して、初体験は相手も初体験な人と、とか思ってたのになー。ま、脳みその中、汚れまくっちゃってるから、今更清さを目指したところで無駄だったんだろうけど。
しかし、何されるんだろうな。あんまりマニアックなプレイは未経験なので予想もつかないわ。こんだけ寂れきって廃れきった乙女思考の私でも、今回のことがトラウマになって男嫌いとかになったりするのかな?ま、そしたら結婚せずに二次元のキャラたちを永遠に愛でて生きていくだけだから、そんなに人生設計的に大きな支障はな────。
「うりゃぁ!!」
「はっ!!」
「ぐぅぇぇぇ!」
うおっ!!?な、なんだなんだ!?いきなり真上にいた男が後ろに吹き飛んだ!?……あ、なんか10メートルくらい先まで吹っ飛ばされてる。こんな人間離れしたことできるのは多分……。
「誰だ、てめぇら!!」
他の男たちの動揺した声が聞こえる。それを聞きながら状態を起こすと、私の前に立ちはだかる2人の背中が見えた。その2人というのは言わずもがな。
「お前たち……」
「そいつらに手出しておいて、ただで帰れると思うなよ……!!?」
《勇者》様と《魔王》様、見参。
「鬼勢君!勇気君!!」
真白もほっと安堵したような顔で2人の名前を呼ぶ。普段の2人ならここで表情を緩めちゃうところなんだろうけど、今の2人は怒りでそれどころじゃないらしい。
《勇者》と《魔王》のガチ修羅モード発動。《魔王》は周りに負けない暗黒しょって、その中で瞳に宿ったマイナス温度の炎がめらめらと燃えている、冷たすぎてやけどしちゃうような怒り方だね。
一方、《勇者》は背中に真っ赤に燃え盛る炎を背負って、髪まで逆立たん勢いで額に青筋立てまくってる。さながら不動明王って感じ?
「真白は平野を頼む」
「う、うん!!」
《魔王》に言われて、真白がこっちに駆け寄ってくる。男たちの横を通ってきたけど、彼らには真白を制止する余裕なんて皆無だった。
まぁ、そうだよね。殺気バリバリの化け物2人に睨みつけられたら、普通の人間なんかひるんじゃって当たり前だよね。殺気を向けられてない私も、鳥肌立っちゃうくらいだもん。
てか、あの人たち、生きて明日の太陽を拝めるのか?
《勇者》と《魔王》の怒りはもっともだけどさ。
コテンパンにやっつけちゃってくれていいけど、殺さないように手加減するんだよー。
ちょっと長めでした。




