19. 夏休み:花火大会④
緊迫した空気があたりを包んでいた。
私って基本的にモブキャラレベルの感覚機能しか持ってないから殺気とかあんま感じないんだけどさ、《勇者》と《魔王》のチート組が思いっきり睨み合ってたら、さすがに空気が震えるのを感じるわ。
《魔王》の後ろでけん制するように《勇者》を睨んでる《暗殺者》もアサシンモード入っちゃいそうな勢いだし……。ここで喧嘩始めるとか、ほんとに勘弁してよね。
ハラハラしながらしばらく3人の様子をうかがってたんだけど、ふと《勇者》が威嚇をやめて、視線を落とした。なんか、ちょっと落ち込んでる?
「……お前たちと平野が一緒にいるってことは、真白も一緒にいるんだな」
あ、なるほど、そういうことね。私がここにいるから真白も含めて4人でダブルデートしてたって感付いたからあんな凹んだみたいな顔したってことか…………ってーー!そうだった!!
「真白とはぐれちゃったんだよ!」
「え?」
《勇者》と《魔王》が鉢合わせしちゃったショックで一瞬忘れてたけど、今それどころじゃなかったんだ!!!急いで真白見つけたいし、ここは事情を話して《勇者》にも手伝ってもらおう!
「一緒にトイレに行ったんだけど、私が入ってる間に、どっか行っちゃって……。もしかしたら誰かに無理やり連れて行かれちゃったのかも……」
「真白が!?」
「君も一緒に探して────」
「あんたの手を借りる必要はないよ」
ちょっ、何言っちゃってんの《暗殺者》!?人がせっかく《勇者》にも真白を探すのお願いしようとしてるっていうのに……。
「そんな奴の手を借りなくても、あいつはちゃんと、昇が見つけるからさ」
「……」
《魔王》の肩に手を置きながら《勇者》を挑発するようににやりと笑う《暗殺者》。そこに浮かんでるのは超極悪非道の悪役キャラが浮かべるような笑み。そんな《暗殺者》の表情と言葉に、《勇者》は一瞬ひるんだような顔をした。
あー……あの顔。多分、「真白には鬼勢がいるから、俺は必要ないんだろうな」とか思ってんだろうな。体育祭の時の2人のやり取りを目撃して以来ご機嫌ななめだったし、《勇者》のネガティブ思考なんて、簡単に想像ができますよ。《暗殺者》はまさにその心理を突くようないいかたしたんだろうし、《魔王》だって、自分が見つけ出してやる、みたいな感じで思ってるのかもしれない。
でーすーがーねー、今は真白が危険にさらされてるかもしれないって時なんですよ!?
そんな一大事に、野郎どもの思惑にかまってる暇なんてないんですよ!!
「さっちゃんのあほぉ!!」
「いてッ」
極悪非道キャラの笑みを浮かべていた《暗殺者》の頭を、後ろから思いっきりはたく。そもそも話をややこしくしたのはこやつだからな。これくらいの報いは当然だ!
私に後頭部をはたかれた《暗殺者》は、不機嫌そうな顔をしてこちらを振り返る。
「何すんだよ、奈美」
「さっちゃんがあほなこと言うからでしょ!今一番考えないといけないのは真白を一刻も早く見つけること。そのためには《勇者》に手伝ってもらったほうがいいに決まってるじゃん!」
「や、だから俺の名前は勇気だって……」
《勇者》がまたなんか言ってるけど、今はスルーだ、スルー!!
「君たちがどんだけお互いのこと嫌ってるかなんて知らないけどね、そんなくだらない小競り合いしてる間に真白に何かあったら、一生許さないからね!!?」
「いててて……わかったって……」
ぽかぽか胸のあたりに拳をぶつけ続けていたら、降参の意を示すかのように《暗殺者》が両手を挙げて後ろに下がる。これで、こいつはもう余計なことは言わんだろう。
茫然と私たちのやり取りを見ていた《勇者》に向き直る。
「お願い、君も一緒に真白探すの手伝って!」
「けど……」
「武蔵野、俺からも頼む」
なんと!意外なことに、私の隣にやってきた《魔王》が《勇者》に向かって頭を上げている!!ちょっと渋るような顔をしていた《勇者》も驚愕、といった表情を浮かべてた。
「鬼勢……」
「昇、いいのか?」
顔を歪めながら《魔王》に問いかける。《暗殺者》は《魔王》が《勇者》に頭を下げたのがものすごく気に入らないらしい。そんな《暗殺者》に《魔王》は真剣な顔つきで頷く。
「あぁ。俺のくだらない意地のせいで、真白に何かあったら、死にたくなるほど後悔するだろうからな。そんな思い、二度としたくないんだ」
二度と……か。もしかしたら《魔王》は前世のことを何となく思い出してるのかもしれない。お互いが敵だと信じて戦い続けてきたために、すぐには和解できなかった【セント・ファンタジア】の《勇者》と《魔王》。そうしている間に《冥王》に襲撃されて《聖女》が身を挺して彼らを守り、その命を落とすことになった。その時のことを思い出して、変な意地を張ってる場合じゃないと、そう感じているのかも。
「……お前の言う通りだな。あんな思いは二度とごめんだ」
《魔王》に触発されてか、《勇者》もそんなことを呟く。多分、お互い無意識なんだろうけど、前世に感じた思いが蘇ってきてるみたいだ。意を決したように拳を握った《勇者》は《魔王》に向かって大きく首を縦に振る。
「わかった、俺も一緒に探すよ」
「俺と隼人は花火会場のほうに向かって探すから、お前は反対側を頼む」
ひとまず一時休戦するということで意見は固まったらしい。さっそく人ごみをすり抜けて走る《勇者》の足は相変わらず早い。《魔王》の足もかなり速いし、《暗殺者》もきっと2人に負けないくらい身体能力は高いはずだから、このあたりの捜索は3人に任せてれば間違いないな。
私は凡人らしく、こういう時に取るべき普通の行動でも実行しておきましょうかね。
「この辺探すのは任せた!私は本部に行って、一緒に探してもらうようにお願いしてくる!」
「ちょ、奈美はスマホ持ってないだろ!」
「いざとなったら本部の人に借りるから!!」
「なら俺もついて────」
「隼人は俺と一緒にこい」
「の、昇!」
《暗殺者》は私を追いかけようとしたみたいだけど、《魔王》に首根っこをつかまれて、あっという間に人ごみの中に消えて行ってしまった。
グッジョブ、《魔王》。本部に行くのなんか、私1人でできるしね。人手は多いに越したことはないけど、あのチート3人が本気になればきっとこのあたり一帯の捜索なんて即行で終わらせちゃうに決まってる。そうに決まってるんだ。
だから、絶対に真白の身に何かが起こったりなんかしない。
絶対の絶対に、大丈夫なんだからね!!




