18. 夏休み:花火大会③
シューティングゲームを終えた後も、いくつかの屋台で食べ物を買ったり、ゲームに興じたりしながら時間をつぶす。屋台で買う食べ物って、何でこう無駄においしく感じちゃうのかね?割高だってわかってても、ついつい食べ過ぎちゃうんだよねー。
「もうちょいで花火が始まる時間だな。そろそろ席行くか?」
「そうだな。人も多いし、早めに向かったほうがいいだろう」
《暗殺者》と《魔王》の会話に時計を見てみると、確かに後30分ほどで花火が始まる時間となっていた。回りの人たちもどんどん花火が見える川原近辺を目指して移動を始めてるみたいだ。
移動するにはいい頃合と思うけど、その前にちょっと済ませたい用事がある。
「ごめん、移動始める前にトイレ行ってきていい?この辺のほうが空いてそうだし」
「私も行こうかな」
「じゃあ、俺たちはここで待ってるよ」
真白と連れ立って人通りを外れる。屋台の列より少し奥まったところに簡易トイレがおいてある。花火大会用に工事現場なんかでおかれてるのをところどころにおいてあるみたいだ。込み合うのを避けるためか、ここには男女のトイレが1つずつ置いてあるだけだった。
「真白から入っていいよ。私が荷物持ってるから」
「ありがとう」
真白から巾着を受け取ってあたりを見渡す。人通りからはそこまで離れていないけど、あっちがだいぶ明るいせいでこのあたりは余計に暗く感じるな。
そんなことを考えてたら真白が出てきた。私の分の巾着も渡して、トイレの中に入る。用を済ませて、浴衣がめくりあがってないか、ちゃんと確かめてから、外に出た。
「真白、おまた……」
あれ?真白がいない?
あたりを見渡すけど、私がトイレに入ったときに真白が立っていた位置には誰も立っていなかった。
もしかしたら先に《魔王》たちのところに戻ったのかもしれないな、と結論付けて、《魔王》たちが待っている場所に戻る。
人ごみを避けるように立っていた《魔王》たちの隣にも真白の姿は見えなかった。
……なんか、いやな予感がする。
「ねぇ、真白先に戻ってきた?」
「いや、まだ戻ってきてないが……」
声をかけると、先に気がついた《魔王》が訝しげな表情を浮かべる。
「トイレの前で待ってたはずなのに、いなくなってたから、先にこっちに戻ったんだと……」
「まだトイレに入ってるんじゃないのか?」
「トイレ1つしかないし、私真白と入れ違いで入ったからそれはありえないよ」
「俺たちが待ってる場所がわからなくなたってことはないだろうし。1人でどこかへ行くのもおかしいよな……」
「ってことは、誰かに連れていかれたってこと?」
《暗殺者》がさっき頭をよぎった嫌な予感を言葉にする。
「……まさか」
「スマホで連絡は?」
「あ、私の巾着、真白が持ってくれてたんだ!」
「番号、覚えてるか?」
「メアドなら覚えてるんだけど……」
「隼人は真白にメールしてみてくれ。俺はひとまず、このあたりを一通り探してみる」
「う、うん……」
《魔王》は《暗殺者》に指示を出すと、すばやくきびすを返して人ごみの中に消えていく。《暗殺者》は言われたとおり、自分のスマフォで私が教えたメアド宛にメールを送る。その間私はただただ真白のことを心配するしかなかった。
いや、まだ真白の身に何かが起こったと決まったわけじゃない。もしかしたら、真白は《魔王》たちが待っているという場所を間違えただけって可能性だってあるわけだし……。
でも、真白って方向感覚いいから迷子になったりとかないと思うんだよね。トイレの周りってちょっと暗かったから、人目につきにくいし。誰かが強引に真白を連れて行ったとしても、誰も気づかないって可能性もある。
……まさかとは思うけど、これも井之上様や木戸たちのせい?夏休みに入る前まではずっと対立したままだったから真白への攻撃はやんでたのに、わざわざ夏休みに入ってまで付けねらって立ってこと?
いや、でもこんな人ごみの中だから普通に変質者ってことも考えられ────
「あれ?平野……」
「え?あ!《勇者》!!!」
名前を呼ばれたと思って声のほうを見たら、そこに立っていたのはなんと《勇者》だった。訝しげな顔をしながらこちらに近づいてくる。
「お前な、俺の名前は勇気だっての。つうか、隣にいるのって、鬼勢の……」
「……」
あ、ついつい勢いで《勇者》って呼んでたの全然気づいてなかった。《勇者》が名前呼び間違えたと思ってくれたからよかったけど……。
って、それよりも、《勇者》様が私のお隣にいる《暗殺者》を思いっきり敵意のこもった目で睨みつけていらっしゃる!多分、中学が一緒だったから、《魔王》とつるんでるところを見たことがあって《暗殺者》のことを知ってるんだろうな。
《暗殺者》のほうも、なんか明らかに嫌悪感丸出しの睨み攻撃を《勇者》に食らわせてるし……。私の時もそうだったけどさ、もうちょっと負の感情を隠そうと努力しようよ。
「なんで、お前がこいつといるんだ?」
「この辺を回ってみたが、やはり真白の姿は……」
《勇者》の声に、かぶるように言ってきたのは、こちらに駆け寄ってきた《魔王》だった。
うぎゃー!ただでさえ不穏な雰囲気だったのに、ここで《魔王》帰ってきちゃうの!?
「鬼勢……!」
「武蔵野……」
お互いの姿を認めた2人が明らかに構えるような姿勢を見せる。
うわー、まさかこんなところで殴り合いが始まったりしないよね?




