17. 夏休み:花火大会②
花火が始まるにはまだ時間があるから、屋台を練り歩くことになった。せっかく早めに来たんだから場所取りでもするかと思ったら、《暗殺者》が手をまして整理券がないと入れない特等席を押させてくれているらしい。この間のアミューズメントパークのときのセッティングといい、《魔王》のためにかなりがんばっていることが伺える。
ここまでお膳立てしてもらって、いろいろレクチャーしてもらったんだから、《魔王》にはがんばっていただきたいところだ。2人がちゃんとくっついちゃえば、私がダブルデートに巻き込まれることもなくなるわけだしね。
それにしても、ともかく人が多い。屋台と屋台の間の道はだいぶ広いのに、人とすれ違うのが大変だ。なれない下駄に早々にへばりそうになりながらも、何とか真白たちの後ろを追いかける。
「奈美、大丈夫か?」
「まぁ、今のところ何とか……」
「はぐれないように手でもつなぐ?」
「丁重にお断りします。いざとなったらさっちゃんの服の端でもつかんどくよ」
まったく、疲れてるんだから軽口たたかせるなよ、とため息をつきながら何とか歩みを進める。と、しばらくすると、前を歩いていた《魔王》と真白が足を止めた。
「あそこだけ人が異様に集まってるな」
「なんなんだろう……?」
真白の後ろから前を覗き込む。確かに、そこには1つの屋台を取り囲むようにして三重くらいの人ごみが出来上がっていた。食べ物とかならちゃんと列と作って並んでるだろうから、みんな何かを見物してるみたいだけど……。
「休憩ついでに、ちょっとのぞいてみるか」
《暗殺者》がそういって、私たちも人ごみに混じることにする。近づいてみると、人ごみで屋台の中は良く見えなかったけど、屋台のおっちゃんの威勢のいい声がすぐに聞こえてきた。
「さぁ、よってらっしゃい見てらっしゃい!ここの射的はほかの射的とは一味違う!ゲーム機使ったシューティングゲームだよ!」
背伸びをしながら屋台の中を見てみると、そこには特大のスクリーンが設置されていた。ゲーセンにおいてあるシューティングゲーム並みに大きなスクリーンを用意したことで臨場感をあげようという魂胆なんだろう。でも、確かにこれは楽しそうかも。
「10000点超えた人には、なんと初回限定の特典が付いたこのゲームソフトをプレゼントぉ!」
おっちゃんは叫びながら、大きく手を振り上げた。
「あ、あれは……!!!」
「奈美、どうした?」
「あ、いや……」
思わず前の人を押し倒す勢いで、前に乗り出してしまう。《暗殺者》に不思議そうに見られたところで、我に返った。
おっちゃんが掲げたゲーム。それは私がついつい我を失って食いついちゃうほど、欲しかった代物だ。シューティングゲームに深い思い入れがあるわけじゃないんだけど、このゲームキャラ設定がめちゃくちゃいいんだよね。おかげで女性ファンもかなり多く、ドラマCDなんかも多く作られている。かくいう私もそんな女性ファンの1人だ。
おっちゃんが掲げているあのゲームに関しても、欲しかったのはゲームより初回特典のほう。声優陣もかなり豪華で、正直、特典だけにだって金をかけてもいいと思うほど欲しい。
しかし……10000点はさすがに無理だ。どんなにがんばっても私の腕じゃ絶対無理。ここは、10000点をクリアしてくれる人が現れるまでここで待って、その人に交渉して特典だけでも売ってもらえないか聞いたほうが現実的……。
「奈美はあれが欲しいんだ?」
一生懸命特典を手に入れる方法を考えていたら、《暗殺者》がニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。こいつ、また人の心を勝手に読みやがったな。
「まぁ、ね。ちょっとうっかりしてたら発売日すぎちゃってて、予約もしてなかったから初回特典なくなっちゃってて、結局買うの諦めたから……」
「じゃあ、俺がとってやるよ」
「え?でも、10000点って、一発も弾を無駄にしないで、全発クリティカルヒットしないと出ないんだけど……あのゲーム得意なの?」
「いや、やったこともないな」
「……初心者には絶対無理だと思うけど」
「まぁ、見てなって」
自信ありげに笑っておっちゃんへと近づいていく《暗殺者》。
「なんだ、隼人が挑戦するのか?」
「応援しないとね」
ゲームに参加することを決めた《暗殺者》を見て、《魔王》はちょっと意外そうな顔をする。真白は応援のための気合いを入れているようだった。かわいすぎる。
でも、いくら超絶かわいい真白の応援があったとしても、ゲームをやったことのない初心者にいきなり10000点を出すなんて不可能だ。
「絶対無理だって、止めたんだけどね。お金の無駄だよ」
「いや、たぶん大丈夫だろ」
「え?」
「あいつは昔から異様に洞察視力と反射神経だけはいいからな。動いてるものに狙いを定めて何かを当てるのは得意なんだ」
……今《魔王》は婉曲的に言ったけどさ、それって、ガチのアサシンスキルじゃありません?投擲か、それとも射撃?弓って線もあり得るか。前世でどんな武器使ってたかは知らないけどさ、確かにそういうスキルがあるなら、もしかしたら……。
「おっちゃん、俺が挑戦するよ」
「あいよ。参加料は前払いで頼むぜ。これがコントローラーだ」
「どうやって使うんだ?」
おっちゃんにお金を払って操作方法の説明を受ける《暗殺者》。周りでは、初心者なのに挑戦するなんて、的なささやき声が聞こえてくる。たぶんさっきから挑戦してたのは経験者ばっかりだったんだろうな。結構メジャーなゲームだし。
「初心者なら、こっちの簡単なコースでも……」
「そのコースクリアしても、さっきのゲームもらえないんだろ?一番ムズいやつでいいよ」
おっちゃんの優しいアドバイスにも《暗殺者》は耳を貸す気はないらしい。周りでからかうような笑い声が起こった。それでも《暗殺者》は気にする風もなく、画面の前に立つ。
「そ、そうか?まぁ、何回も挑戦できるから、せいぜいがんばれ」
「あぁ」
「俺の合図で、最初のスタート画面を打ち抜いたらゲーム開始だ。準備はいいか?」
「いつでもいいぜ」
「よーーーーい……スタート!!!」
数分後。
「ん?これで終わり?」
ざわめく通りとは打って変わって、この屋台の周りだけは静まり返っていた。それも仕方ないことだと思う。
12000点越え。
《暗殺者》は私の言ったとおり、一発の弾も無駄にすることなく、全発クリティカルヒットさせ、さらに、最速タイムでクリアして見せた。
「お、おめでとーーーー!!!このゲームは君のものだー!!!」
おっちゃんは興奮の任せるままに叫んで《暗殺者》に景品のゲームを差し出した。周りで見物していたお客さんたちもぱちぱちと拍手を送る。ゲームに詳しい人も何人かいたみたいで、驚愕の声をあげているのも何人かいた。
あんまり詳しくないけどさ、もしかしてこれ、歴代1位の記録じゃね?や、てか……ゲームしてるときの《暗殺者》の目がガチアサシンすぎてちょっと引いたわ。あんなのに心底嫌われてたのに、よく生き延びたな、私……。引っ付かれるようになってから嫌われてたときのほうがましだとか思ってたけど、その考えは改める必要がありそうだ。
「はい」
「え……」
差し出されたゲームにハッと我に返る。視線を上げると、ニコニコと笑っている《暗殺者》の顔がそこにあった。さっきのアサシンモードは解除されてるみたいだ。ちょっとほっとしていると、さらに《暗殺者》がゲームを差し出してくる。
「欲しかったんだろ?」
「や、でも……」
「もちろん、タダじゃあげないけどな」
あ、やっぱそうですか。タダより高い……いや、怖いものはないかな?一体、ガチアサシンの片鱗を見せたこいつは、私に何を要求してくるのやら……。
「昇たちとはぐれた後、2人で花火見てくれるなら、これあげる」
は?何じゃそりゃ?びくびくしながら構えてたのに、《暗殺者》の要求は思わず目を見開いてしまうほど拍子抜けしてしまうような内容だった。
「……そんなんでいいの?」
「そんなんでって、誘ったときはあっさり帰るとか言ってただろ?こっちはどうやって奈美引き留めるか、結構考えてたんだからな」
あり?なんかちょっと拗ねちゃった?そんなもので釣らなくても、さっきのアサシンモードで脅されたら、即行で首を縦に振るしか私には選択肢は残されてないんですけど……。そんな簡単な方法があるのにわざわざお金払ってゲームがんばってもので釣るなんて、なんて手間のかかる方法を選んでいるんだ、こいつは。
「で、どうすんの?」
「わ、わかったよ。一緒に花火見る」
「よし」
私にゲームを渡しながら満足そうに笑う《暗殺者》。
何がそんなにうれしいのか謎だ。前世で老衰するまで生きてたなら花火なんて見飽きてるだろうに、そんなに花火が好きなのか?あ、前世の時代はまだ花火とかなかったのかな?
考えてみれば1人で花火見るってのも味気ないのは確かだし、形だけでも隣に誰かにいて欲しかったのか?それなら適当にナンパすればすぐにつかまるだろうに……やっぱ謎だ。
ま、欲しかった初回特典が手に入ったし、花火を見るのが嫌いってわけじゃないし、私に不都合なことはひとつもない。
ここはおとなしく《暗殺者》の条件を飲んでおこう。




