16. 夏休み:花火大会①
花火大会当日。一度真白の家に行って、そこで浴衣の着付けをしてもらってから、2人で待ち合わせ場所へと向かった。このあたりで一番でかい花火大会なだけあって、会場となっている川辺には人がわんさか集まっている。
ほとんどの人が浴衣を着ているわけだけど、私の隣に立っている真白ほど、浴衣が似合っている人物はいないだろう。白を基調として紅色の朝顔が描かれたその浴衣は、清楚でありながら時折ドキッとしちゃうほどの色っぽさを醸し出す真白の魅力を最大限に引き出している。いつものごとく、通りがかる人皆が真白にくぎ付けになっていく。
中には声をかけようと近づいてくるそぶりを見せる輩もいたが、場所を移動して人ごみに紛れたり、明らかに誰かを待っている感じの会話をしたりして、何とか交わした。
そんなこんなしてたら待ち合わせの時間まであと5分となった。それでも、《魔王》たちは姿を見せる様子はない。前回のパークの時といい、やつらはこんなきれいでかわいい真白を待たせるなんて、どんな神経をしてるんだ?
あきれ果てながらあたりを見渡していたら、浴衣姿の《魔王》が人ごみの中にちらりと見えた。
「あ、やっと来た」
「ほんとだ。鬼勢君ー、こっちこっち」
真白も《魔王》の姿をとらえたのか、笑顔で大きくそちらに手を振る。ちょっと背伸びをして必死に手を振る真白、かわいい。こんな風に真白に手を振ってもらえるなんて、《魔王》は今至上の喜びを感じているに違いない。案の定、人ごみをかき分けてこちらに駆け寄ってくる《魔王》の顔はほんのりと赤かった。
「悪い、また待たせて……」
「ううん、今回も時間ぴったりだよ」
真白はにっこりと笑って《魔王》の謝罪に答える。確かに時間ぴったりだけどさ、15分も待ってたのに文句の1つも言わないなんて、真白は本当にいい子だよ。
しかし、私の心はそんなに広くないのです。《魔王》の後ろからのんびりと歩いてきた《暗殺者》を睨みつける。
「ねぇ、デートの時って女の子よりも早く来るのが常識じゃない?」
「ごめんって。ただ、こっちは直前の作戦会議とかで色々あるんだよ」
謝罪しながらそういった《暗殺者》はちょっと疲れた風な様子でため息をついて、《魔王》をチラリと見やる。作戦会議といったのは、多分今回のダブルデートのことで、《魔王》の背中を押してやっている《暗殺者》としては、あれこれレクチャーしてあげてたのかもしれないな。容易にその苦労が垣間見えたせいで、なんかそれ以上責める気にはなれなかった。いや、ここはむしろねぎらっとくべきか。
「まぁ、ご苦労様」
「奈美の浴衣姿見たら元気になったけど」
いつものにっこり笑顔を張り付けて言って見せる。
……こいつ、またいけしゃあしゃあとそんなセリフ吐きやがって。本当に切り替え早いよな。今までも何度かそういう場面あったけど。これからは、ちょっと疲れてそうだからって、ねぎらったりしないように気を付けよう。
「てか、君、浴衣着てじゃないじゃん」
「あぁ、俺は今日昇の引き立て役だからな。甚平のほうが動きやすいし」
「じゃあ、私も真白を引き立てるために、」
「あいつにそんなの必要ないって、奈美が一番わかってるんじゃない?」
「……」
もう、本当にこいつの突っ込み的確過ぎて嫌だ。えぇ、えぇ、その通りですよ。たとえ私が浴衣を着ていようが、甚平を着ていようが、はたまた私服を着ていようが、真白の美しさに何の揺らぎも陰りも起こらない。周りにあるものすべてが真白を引き立てるためのものと化してしまうのですよ。それくらい真白はスーパーかわいいんですよ。おっしゃる通り私が一番よく知ってます!!
「それより、奈美って紫好きなのか?」
「まぁ、好きだけど……」
む、なんかまじまじと浴衣姿を眺められてしまった。私が着てるのは青紫の布地に薄紫の蝶が舞って柄の浴衣だ。浴衣なんて年に一度着るか着ないかの代物だから、値段と色で選んだ。柄もそこそこ気に入ってるけど。
しかし、なんで《暗殺者》は私が紫好きだって知ってんだ?
「やっぱり。この間の下着も紫だったし」
……下着?あぁ、すっかり忘れてたけど、そういえばそんなこともあったな。真白をかばって水浸しになったとき、ブレザーを着てなかったから、思いっきり制服のシャツが透けちゃって、下着が丸見えになっちゃったんだよね。
あの時は真白が濡れなくてよかったなー、くらいにしか思ってなくて自分の下着見られたこととかどうとも思ってなかったけど……、《暗殺者》の本性を知ってしまった今では、なんかあの出来事はまずかった気がする。
「あの時のことは忘れろ」
「無理。スゲー色っぽくて、奈美のこと嫌いだったのに不覚にも見とれたし」
「それはただのスケベ心でしょ」
「奈美みたいな地味キャラが紫の下着って、すげぇギャップだったんだって」
地味で悪かったな。別に地味だから地味な色が好きなわけじゃないっつーの。地味キャラでも、派手な色の下着を着る権利くらいあるんだよ!!
「その浴衣も、似合ってるよ。かわいい」
恥ずかしげもなくニコリと笑う《暗殺者》。こいつ、発言もそうだけど、態度の端々に見えるたらしっぷりが半端ない。これで今世はまだ童貞だっていうんだから、前世でどんだけやりつくしたよって話だ。
「……それ、《魔王》にもレクチャーしてあげたら?」
「一応してきたんだけどな……」
ため息を1つついて、私の背後にいる《魔王》と真白のほうに視線をやる。私もならってそちらを向いたら、真白を目の前にして真っ赤な顔で硬直している《魔王》の姿がそこにはあった。
「あ、あの……」
「鬼勢君、浴衣似合ってるね」
「や、その、お前も、似合って、る……」
「ありがとう」
きっと、《暗殺者》のことだから、最初は相手の格好をほめるように、的なレクチャーをしていたはずだが、思いっきり真白に先を越されてちゃってます。
「……完全に真白のペースだね」
「はぁ、ほんと、昔からあいつのことになるとヘタレなんだよなぁ……」
「苦労してるんだね、さっちゃんも」
「え?その呼び方定着?」
「嫌なら”君”に戻すけど」
「……ま、他人行儀じゃないだけいいか。そのうちちゃんと名前で呼べよ?」
「呼びません」
百戦錬磨のすけべプレイボーイなんか、さっちゃんで十分です。




