15. 夏休み:市立図書館
「リアル猛獣使いメイドか。なんか強そうだな。よかったじゃん」
「ぜんっぜん!これっぽっちもよくない!!!」
目の前で暢気に笑う《暗殺者》に、思わず腹が立って、テーブルをばぁんっと両手でたたきつけてしまった。おかげで、手の平が痛いです。
もうっ、本当にこいつに絡まれるようになってから碌なとこが起こらないよ。結局、《暗殺者》に付きまとわれ、ほかの生徒たちに避けまくられるという状況のまま、夏休みに突入してしてしまったし。新学期になってもあんな状況がしばらくは続くなんて、考えたくもない。
私はモブキャラとして《冥王》のこと以外には極力関わらないようにして、自らの計画に沿った実りある穏やかで平凡な人生を送りたいだけだよ。
「大体何?リアル猛獣使いメイドって、どこの中二病患者が考えたよ?」
「猛獣使いって言い出したのは、奈美だろ」
「はぁ……私には《女子生徒A》っていうモブキャラに相応しい称号をすでにもってるって言うのに」
「いろいろ首突っ込んでる時点で、モブキャラっていうには無理があると思うけどな」
「うるさい。いちいち的確な突っ込みしないでよ!」
まったく、とぼけた振りして、そういう的を得た突っ込みたまにしてくるから余計にやりにくいんだよね。今まではそういう突っ込みしてくるキャラいなかったから、私の独壇場で好き勝手思いたい放題だったって言うのに。これじゃ下手な戯言もいえないじゃないか。
……つーーーーーか、ちょっと待て。今までなんか当たり前見たいに会話してたけどさ。
「君、なんでここにいるの?」
「決まってるだろ?奈美に会いに来たんだよ」
ただいま私たちがいるのは市立図書館のテラス。去年もそうだったんだけど、私は夏休みの宿題を大体この図書館で済ます。漫画とかの誘惑は全部封印してるんだけど、家にいると食べ物とか飲み物とかいちいちとりにいっちゃったりして、イマイチ集中できないんだよね。
図書館の中は冷房が効きすぎてて寒いから、陰ってて風も良く通るこの席が私の一番のお気に入りだ。外だから多少大声で話したって注意はされないしね。
そんな夏休み真っ只中で、1人勉強に勤しんでいた私の前に、さも当たりまえかのように現れた《暗殺者》。飲み物を差し出されたから、なんかついついその登場を突っ込むタイミングを失っちゃってたんだけど……。こいつ、まさか夏休み中までも付きまとうつもりじゃないだろうな?
「奈美はいい場所知ってるな。ここなら確かに集中して勉強できそう」
「……そういえば、今更だけど聞いとくけどさ、なんで呼び捨て?私一応年上なんですけど」
「俺、前世でちゃんと老衰するまで生きたし、精神年齢的には俺のほうが上だろ?」
む……、なんかそう言われると、言い返せない。こいつ、本当になんか口が立つというか……私に対して的確な返ししすぎじゃない?
なんか無性に悔しくて睨み返していたら、《暗殺者》はニコリと笑ってみせる。
「俺のことも好きなように呼んでいいからさ」
「《暗殺者》」
「え、もしかして転生組の全員そうやって呼んでんの?」
「真白以外、心の中で」
「ほんと奈美って面白いなー」
「うっさい。勉強の邪魔するなら帰って」
「邪魔はしないって。今日は大事な話もあったから会いに来たんだ」
……大事な話だとぉ?
「断る」
「まだ何も言ってないんだけど?」
「言われなくても碌でもないことだってことくらいわかります」
「ひどい言い方だなぁ。恋に悩む幼馴染の手助けを真剣に考える幼気な高校生男子に向ける言葉じゃないぞ、それ」
「……ってことは」
「花火見に行こうぜ。昇と《聖女》も誘って4人で」
やっぱりろくでもないことじゃないかよ!これ以上かまってられんと思いながら、さっきまで見ていた参考書に視線を移す。
「ダブルデートはもうしないって心に誓ったばかりだから、他をあたって」
「心配すんなって。今度は途中で2人とはぐれる予定だから、途中からは俺と奈美の2人っきりだし」
何が心配すんな、だ。それも立派なダブルデートだっつーの。
まぁ、途中で真白と《魔王》を2人きりにするって言うのは、なかなかいい案かも。《魔王》は夏休みで真白に会えなくて、さぞ切ない気持ちになっているところだろうしね。
「2人とはぐれた後、私は帰る。それでもいいなら行く」
「つれないなー。ま、奈美の浴衣姿が見れるならよしとするか」
「浴衣で行くなんて言ってない」
「俺たちも浴衣で行くし。昇が《聖女》の浴衣姿楽しみにしてるんだよ」
こいつ……、真白が浴衣を着ていくように「一緒に浴衣着ていこう」って誘うことわかりきってやがるな。そりゃ、真白の浴衣姿見たら《魔王》が喜ぶだろうから、そのくらいしてやろうかなとは考えてたけどさ……、なんかこう先読みされていろいろ言われると、癪に障る。
「な?昇のために頼むよ」
「……わかったよ」
「んじゃ、花火大会が始まる2時間前に、川辺集合な」
「はいはい」
さて、話は終わった。やっと邪魔者はいなくなる。これで私は1人で勉強に集中できるというもんだ。
……と、思って待つこと5分。《暗殺者》はぴくりともその場を動こうとはしなかった。
「……ねぇ」
「ん?」
「なんで君はまだそこにいるの?用事が終わったなら帰れば?」
「今日は奈美と1日過ごす予定で出かけてきたら、まだ用事は終わってない」
「んなもん、知るかぁ!勝手に人を巻き込む予定立ててんじゃないよ!てか、せっかくの夏休みだよ!?そんなちゃちな嫌がらせしてないで、もっと有意義に使おうよ!大人になったら、こんな長期休暇なんてもらえないんだよ!!?」
「俺としてはこれ以上ないほど有意義に使ってんだけど。去年はひたすら喧嘩三昧だったし」
……その台詞、満面の笑み浮かべながら言うような台詞じゃないから。てか、こいつ本当に碌でもない奴だな。前世で老衰するまで生きてたくせに、生まれ変わって喧嘩三昧とか、どんな精神してるんだよ。
「前世に比べると、今世は退屈だよな」
「だからって、人をダシにして楽しむのはやめてくれない?」
「奈美が俺のことちゃんと名前で呼んでくれたら、すぐにでも帰るけど」
「……」
ホント、あぁ言えばこう返してくるんだから……。まぁ、名前呼んだ位で帰るなら呼んでやるか。
えっとー……確かフルネームは小夜時雨隼人だっけ?あんまり普通に呼びすぎるのは癪だからなー……。すっごい期待するような笑顔浮かべてこっちのこと見てるし。
……さよしぐれ、か。ん?そういえば、前世の記憶思い出したときに、1個だけ覚えてた友達のあだ名があったな。考えるの面倒だし、それでいいか。
「さっちゃん」
「却下」
即行で拒絶しやがった!
「なんでも好きなように呼んでいいって言ったじゃん」
「『ちゃんと名前で呼んでくれたらすぐにでも帰る』って言っただろ?奈美はちゃんと俺の名前呼んでない」
……誰か、こいつの減らず口を縫い合わせてやってくれ。




