13. 化学室①
数日後、無事にテスト期間が終わった。私の願いが通じたのか、《暗殺者》はあれ以来、私の周りに現れていない。早々に私をからかうことに飽きたのか、それともただ単にテスト期間で向こうも忙しかっただけなのかは知らないが、おかげで私はテストに集中することができた。
体育祭以来大きな行事もなくて勉強に集中できたら、今回の結果はちょっと期待しちゃってるんだよねー。……ただ、前世からそうだったんだけど、こういう手ごたえのあった時に限って今までにないくらい成績悪かったりする。なんか今までと違った意味で成績見るのが怖いわ。
そんなことを考えてたら、今回のテスト結果が張り出される時間になった。
「真白、順位表見に行こう」
「あ、ごめんね。私、この後職員室に来るように呼び出されてるんだ」
「え?そうなの?」
「うん。後で行くから、奈美は先に行っててくれない?」
「わかった……」
いつものように真白と掲示板に向かおうと思ってたら、どうやら真白は別に用事があるらしい。このタイミングで呼び出されるなんて、テスト関連で何かあったのかな?真白が大きく順位を落した……なんてことないと思うけど、ちょっと気になるな。まぁ、戻ってきたら真白が話してくれるよね。
そんなことを考えながら、1人で掲示板へと向かう。テスト結果が張り出されるこの時間は掲示板の周りに人が群がってて、基本的にざわめいてるんだけど……。
あれ?なんか……今日はちょっと雰囲気違う?
みんな一様に驚いた顔をして、顔を見合わせたかと思えば、また確認するように掲示板を見つめる。一体、なんなんだ?
「平野君!」
あまりの人ごみとざわめきに掲示板に近づけないでいると、人ごみの反対側から名前を呼ばれる。そちらに視線をやると、声をかけてきたのは《女騎士》だった。
「あ、テストお疲────」
挨拶をしようと手を上げかけた途端、駆け寄ってきた《女騎士》にがっしりと両腕をつかまれる。
え?どうしたの?そんな切羽詰まった顔して……。私、何かやらかしちゃいました?
「博臣がっ……!」
「え?」
《女騎士》の視線の動きに合わせて、私も掲示板を見上げる。
う、っそ……《魔術師》が、3位?
今までことごとく満点をたたき出し、不動の1位の座にいたイッちゃってるくらい頭のいい天才児である《魔術師》が?
「ど、どうしたの……あれ?」
「私にもわからない。ただ、最近部屋にこもって何かを必死に調べているようではあったんだが……」
まるで自分のことのように沈み込んだ顔をしている《女騎士》。生徒会で一緒になって以来の付き合いだけど、こんな不安そうな顔、一度だって見たことがない。よっぽど《魔術師》のことが心配なんだろう。
そして、《女騎士》のこの反応が、この事態の異常さを物語っている。幼馴染である彼女がこれほど取り乱すほど、《魔術師》が学校のテストごときでこんなヘマを犯すなんて、本来ならありえない事態のはずだ。
一体、《魔術師》に何が起こったって言うんだ?まさかとは思うけど、《冥王》関連のことで?だけど、まさかテストの順位を落とすなんて……。
てか、ちょっと待って……これって!!!
過ぎった予感。それを確かめるためにもう一度順位表を見る。生徒の名前が羅列されてる一番上。そこにある名前。
それは、見間違うはずもない真白の名前。
「これは、《魔術師》のテストイベント第2弾……!」
あまりの衝撃に、思わず思考が口から漏れてくる。
「平野君?」
「ごめん、私ちょっと用事思い出したから!」
訝しげに首をかしげた《女騎士》を振り切るようにして、私は走り出す。これが”テストイベント第2弾”なら、真白と《魔術師》は化学室にいるはずだ。
いまさら《魔術師》が真白に対して恋愛感情を抱くとは思えないけど、【今キミ】と一致するイベントを放っておくわけには行かない。
私が着くまでにイベントが終わってませんよーに!
■ □ ■
化学室に着くと、案の定、その扉が開いていた。かがみこんだ状態でそっと後ろのほうから中に入って、一番後ろの机の影に隠れる。慎重に机のところから顔をのぞかせてみると、黒板の前に立つ真白と以前と同じく教壇の上に座っている《魔術師》。
やっぱり間違いない、これは”テストイベント第2弾”だ!
このイベントは《魔術師》の好感度が高い状態で勉強ステータスが一定値を超えると発生する。いつも成績上位者だった《魔術師》が家庭的な事情で重い悩むあまり、成績をがっくりと落としてしまい落ち込んでいるところを主人公が励ますというイベントだ。
たぶん、この世界の《魔術師》が悩んでるのは家庭的なことじゃないと思うし、成績だって、確かに落ちてはいるんだけどたった2つ下がっただけで、おまけにそれでも3位っていう、ゲームとはずれた状況ではあるけれど、ここに《魔術師》と真白がいるなら間違いない。
「あの、児玉君……順位のこと、先生から聞いたの」
「そう。それで、僕のことを励ましにきたってところ?」
「うん……ちょっと、心配だったから」
どうやら、真白が職員室に呼ばれた理由も《魔術師》が順位を落としたことに関連してたみたいだ。一足先に事情を聞いた真白は《魔術師》を心配して、彼を探していたのかもしれない。
しかし、特別教室はいくつもあるっていうのに《魔術師》がいる化学室にたどり着いちゃうのが主人公の性なんだろねぇ。さすが真白というか……。
そんなことを思いながら2人の様子を伺っていると、ふと、《魔術師》が笑みを浮かべる。
「……ほんと、あなたは昔も今も、笑っちゃうくらいにお人よしだね」
「え?」
「あなたはさ、なんで何も思い出さないんだろうね?」
それは、いつも浮かべているようなちょっと皮肉めいた笑顔だったけど、なんだか少し、寂しげに見えた。
「児玉、くん?」
《魔術師》のいつもと違う様子に、真白も戸惑っているみたいだ。そして、私も違う意味で戸惑う。
だって、この会話、私の知ってる【今キミ】のイベントと全然内容が違ってる。
ゲームの中では《魔術師》はこの時点で過去の記憶を全部取り戻していないから、当たり前なのかもしれない。
それに、《魔術師》の言った言葉。
確かに、真白だけが、いまだに前世の記憶を1つも思い出していない。
これだけイベントが起こっていて、前世組みと絡んでいるにも関わらずだ。《勇者》や《魔王》もまだ全部を思い出しているわけではないけれど、真白と過ごすことで、少しずつだけどその記憶が紐解かれていっている。
でも、真白だけは……違う。
なんで、真白は何も思い出さないの?




