11. 放課後①
ダブルデートなんて、軽い気持ちで行くもんじゃない。私は今世の教訓としこのことを胸に焼き付け、未来永劫忘れることはないだろう。
だって思いもしないじゃないか。たかがダブルデートに行ったくらいで、こんなに日常生活ががらりと変わってしまうなんて……。
ただいま、いつもの2年A組の教室。しかしながら、いつものようなざわめきはこの教室には存在しない。教室のほぼ真ん中にある私の席を中心に、ほとんどの生徒が距離を置き、こちらの様子をちらちらとうかがっている。
その視線の先にいるのは、我が物顔で私の前の席に座る、《暗殺者》。
「奈美ー。勉強わかんないとこあるから、教えて」
「先生に聞けばいいでしょ」
「センコーたち、俺のこと怖がって近づいてこようとしないんだよ」
えぇ、そうでしょうねぇ。このクラスメイト達の反応を見れば、君がどんだけ学園の人たちに恐れられて遠巻きにされてるかということが、よくわかりますわ。
わざわざ実演してくれてるところ悪いんだけどね、そもそも、なんで君がここにいるのって話なんですよ!!
ダブルデートにアミューズメントパークに行ったのが1週間ほど前。それから毎日のように《暗殺者》は放課後、私と真白のクラスに顔を出すようになった。そして、私の前の席を陣取りひたすら何か話しかけてくる。
最初は取り合って、何とか追い返そうとしてたけど、こいつはパークの時よろしくこっちの話を真面目に聞く気が全くない。んなわけで、昨日あたりから取り合うのはやめて、基本スルーしている。
それならばと、今日は勉強の話を振ってきたから、一応反応してやった。追い払いたい気持ちもあったけど、私なんかに教えを乞うなんて、お門違いもいいとこですよ?って意味で答えたんだけど、どうやら先生たちが仕事を投げ出してしまうほど、こ奴は問題児らしい。
まったく……とんでもない奴に遊びの対象として目をつけられたもんだ。もうすぐ夏休みだから、ひとまずそれまでの辛抱ではあるけどさ……。来学期が始まるまでには、なんとか興味を失ってもらえるように行動しなくちゃいけない。こっちは《冥王》のこととか《勇者》のこととかで、いろいろ考えないといけないことたくさんあるっていうのに……勘弁してほしいよ。
辟易としながら帰り支度をしていると、《女騎士》が教室に入ってくるのが見えた。
「やぁ、平野君。おや、君は確か……」
みんなが遠巻きにしている中、臆せずここまで近づいてきた《女騎士》はさすがだといえるだろう。おまけに、ここまできてやっと《暗殺者》の存在に気付いたらしい。うーん、《女騎士》大物だな。
《女騎士》がやってきたのに気付いた真白が、自分の席から鞄をもってこちらに近づいてくる。この教室にいつもはいない人物に興味津々の眼差しを向ける《女騎士》を見て、真白は苦笑を浮かべた。
「なんかね、奈美になついちゃったみたいなの」
「へー、妙なのに好かれたね」
「笑い事じゃないよ……」
楽しげに笑う《女騎士》に、ついつい恨めしい視線を向けてしまう。
こっちは《暗殺者》がいない時でもクラスの人たちに遠巻きにされたりして、本当に困ってるんですよ。私、クラスで浮くとか一番嫌なんですけど、今その一番嫌な状況に陥りそうなんですよ。
てか、《暗殺者》。先輩である《女騎士》に話しかけられてるんだから、挨拶ぐらいしろ。うざーってみたいな視線で睨んでるんじゃないよ!
「それより、翔子が放課後来るなんて、珍しいね」
「あぁ、実は博臣がテスト期間中は登校してくるそうなんで、その報告に来たんだ」
「え!?天才児、やっと学校来るの!?」
《女騎士》の言葉に、思わず椅子から立ち上がる。なんと、驚くべきことに、始業式の日から《魔術師》は1日たりとも学校に登校していないのだ。天才児だから今更授業は必要ないのかもしれないけどさ……《魔王》といい《暗殺者》といい《魔術師》といい、なんか放置されすぎじゃない?本当にこの学園大丈夫なのかしら?
「あぁ。さすがに今回のテストを欠席するのはまずいと学園側に言われたらしくてな。渋々だが登校してくるそうだ」
「そっか……」
あ、心配してたけど、やっぱ学園はいざとなったらちゃんと動くみたいね。よかったよかった。
それにしても、やっと《魔術師》に聞きたいことが聞けるよ!《魔術師》が学校に来なくなってから、変な雰囲気の女子たちが真白を襲うようになっちゃったり、《冥王》は間を置かずに夢に出るようになっちゃったりして、こっちの疑問は増えるばかりだったんだからね。
これだけ時間をかけてたんだから、《魔術師》ももしかしたら何か掴んだかもしれないし、いろいろと話を聞けるかもしれない。
「誰?その天才児って」
頭の中でいろいろと考えていたら、不機嫌そうな顔をして聞いてくる。ん?自分のわからないことを話題にされて拗ねてるのか?まぁ、《魔術師》は前世組だし、この機会だから軽く説明しとくか。真白たちに聞こえないように顔を近づけて、小声で《魔術師》のことを《暗殺者》に伝える。
「児玉博臣っていう、全国模試毎回一位の頭狂ったような天才で、《魔術師》の生まれ変わりだよ。”冥王エンド”のこととか、色々調べ回ってるみたい」
「へー。もしかして、奈美は転生者全員と接点あんの?」
「まぁ、《冥王》以外は」
《冥王》にも一応夢の中では会ってるんだけどさ。実際に対峙したわけじゃないからノーカンで。
そういえば、最近は《冥王》の動きがぱたりと止んでるけど、女子たちを操って真白を攻撃してくるのは諦めたのかな?井之上様と木戸はまだ対立したままだし、《冥王》が付け入る隙がなくなってるとか?
だとすれば、《冥王》が介入できる範囲っていうのはかなり限られてるって考えれるけど……。
「ところで、なんでそいつが来るの待ってたんだ?」
「《冥王》関連でいろいろ聞きたいことがあるからだよ。なんかいろいろ調べてみるって言ったまま学校にこなくなっちゃったから、聞きたいことたまってるんだよね」
「なんだ、そういうことね」
は?何?その反応。さっきまで不機嫌そうな顔してたのに……今は、なんか嬉しそう?
「……何ニヤニヤしてんの?」
「ううん、奈美が登校するの待ってたなんていうから、そいつに気でもあるのかと思ったから安心したんだよ」
……こ、こいつ!相変わらずなんて恐ろしいことを言うんだ!!あのマッドサイエンティストに惚れるだと?私はそこまで頭はイっていないぞ!!!あんな嫌味で人の脳みそ切り開いてもてあそぼうとする危険な奴に惚れるなんて、どこにそんな度胸のあるやつがいるっていうんだ!?
ってーーー、そういえば、今まさに目の前にいたな……。まぁ、そこまで言っちゃったら《女騎士》に失礼かもしれないけどさ……。いや、でもちゃんと《魔術師》の性格を把握してて惚れちゃうって……改めて《女騎士》が強者だという認識を強めなければならないな。
なぁんて、考えてたら、《暗殺者》が呆れきったようにため息をつく。
「……なぁ、そこは青ざめるとこじゃなくて、ドキッとして顔を赤らめるところだろ?」
「え?なんで???」
「んー、平野君はなかなか鈍感なようだね」
「奈美はちょっと人と思考回路が違うから……」
いつの間にか私たちの会話を聞いていたのかはわからないけど、《女騎士》と真白も苦笑しながらこっちを見ている。
なんの話なのかはイマイチ分かんないけどさ、真白さんのおっしゃる通り。私の乙女回路は生まれた時から錆びついて、前世のころから一度たりとも正常に作動したことはございません。そんな私に王道的な方法でトキメキやら胸キュンを期待したって無駄なんですよ。




