8. アミューズメントパーク⑤
「なんだよ?本当のこと過ぎて言い返す言葉もないか?」
は?本当のこと過ぎ?こいつ、マジ、なんなわけ?
《暗殺者》の嘲笑うような台詞。それに呼応して湧き上がる苛立ち。その感情に任せて膝元においていたハンドバックを力いっぱい握り締める。
「なぁ、何とか言っ────」
「ちょっと、黙ってくんない?」
「は?」
《暗殺者》の言葉をさえぎって立ち上がる。確か観覧車の中ではお立ちにならないでくださいって、その辺の注意書きに書いてあった気もするけど、そんなの気にしてる余裕は今の私にはない。
この勘違い野郎に一泡吹かせてやらなければ、私の気が収まらない。
「……おとなしく聞いていれば」
「え?」
「人の傷、抉りまくりやがってぇぇぇぇ!!!」
叫ぶのと同時に、手に持っていたハンドバッグを《暗殺者》の顔面めがけて投げ捨てる。いくら私が運動オンチだからって、この距離からはさすがにはずさない。
上から思いっきり投げつけたバッグは見事に《暗殺者》の顔面に直撃した。
「ってぇ……!!何すんだよ!?」
「あんたが意味わかんないことばっかほざくからでしょ!!?」
「!」
バッグを横に放り投げながら怒鳴りつけてくる《暗殺者》に怒鳴り返す。
相手がさっきまですごい威圧を向けてきていた《暗殺者》だとか、そんな相手にこの後どうなるとか、そんなの考えられるほど、冷静じゃない。とっくに頭は沸騰したみたいに熱くなって、抉られまくった胸はひどく痛む。
別に、嫌われるのなんて慣れてる。勝手な想像でキモいっていわれて、わずかな挙動を馬鹿にされて、そんなの慣れきってるし、何言われたって聞き流す自信はある。だけど……。
だけどねぇ……こいつの、意味わからなさ過ぎる勘違いは、聞き流せない!
「偽善?正義?それがなんだって?私がそんなきれいなものを理由に真白を守ってるって、あんたは思ってるわけ!?それこそ、バッカじゃないの!?」
懇親の力をためてはき捨てる。だって、そんな考え、馬鹿すぎる。
「自分の身を犠牲にしてまで他人を守る?そんなのはねぇ、冒険ファンタジーの勇者に付随されてるチート要素であって、こんな乙女ゲームのモブキャラ代表《女子生徒A》の私に、そんなたいそうなもんが備わってるわけないでしょ!!?そんなもん持ってたら、私はこんなところに転生してないで、悪の親玉が世界の平和を脅かす危機に陥った異世界にでも転生してるっつーの!!!!」
そんなものを本当に私が持ってたら、きっともっとかっこよく真白を助けてあげて、胸を張って、真白のお礼と笑顔を受け入れられるはずなんだ。
でも、私にはそんな資格ない。だって……。
「私が、真白のそばにいて真白を守ってるのは……自分のためだよ」
「自分の、ため?」
いぶかしげな顔をする《暗殺者》に私は口早にいろいろとはしょって、私が前世で異世界で暮らしていたことや、その世界にあったゲームとこの世界が酷似していること、だから”冥王エンド”を心配してて、それを阻止するために動いてることについて話した。
「真白が《冥王》とくっついちゃったら、この世界が滅亡するかもしれない。そしたら私の第二の人生そこで終わっちゃうしんだよ!?まだまだやりたいゲームも、読みまくりたい漫画も、絶対に見たいアニメもたくさんたぁくさん残ってるのにだよ!?そんなの全力で阻止しに行くに決まってるでしょ!?こっちには前世の教訓を生かして、今世を最大限楽しく生きるって目標立ててんだから!」
「……」
なんか《暗殺者》がすごく残念なものを見る視線をこちらに向けてきているけど、無視だ無視。
「他にもいろいろ野望だってあるし、世界中のおいしいもの食べたいし、いろんなとこ行ってみたいし、結婚はどうでもいいけど、一緒に乙女ゲーム楽しんでくれる人がいたら理想だなぁとか、大人な階段的なとこでも、前世で果たせなかった童貞処女同士の初エッチとかも経験したいなとかあんなプレイとかこんなプレイもしてみたかったなとか、いろいろあるんですよ!!!」
「……」
なんか《暗殺者》がものすごく残念なも(以下省略)。
「第一、そんな世界崩壊の可能性があるのに、何もしないでほうっておいてそれが実現しちゃった時の、私にのしかかってくる罪悪感がどれだけ半端ないものかあんた想像できる!?あー、あいつががんばってたら世界は崩壊しなかったになぁ、的な目で見られながら、すがすがしい気持ちで来世に転生できると思う!!!?」
「あんた以外そのことについて誰も知らないなら、責められようがないんじゃない?」
「こっちは筋金入りのびびりなんですよ!人と目があっただけで、あ、今キモいって思われたかもって考えちゃうような被害妄想の激しい私は、たとえほかの誰もがその事実を知らなくても、その被害妄想によって精神的に病んじゃうんだよ!」
「……」
「だから、私はせめて自分にできる最大限のことをして、もし世界が滅亡しても『最大限にがんばりましたよー』って言い訳できるように、真白に近づいて、真白と同じ学園に行くことにしたんだよ!!!」
さすがにここまでずっと叫びっぱなしだったから息が上がる。全部吐き出したら、さっきまで頭に上ってたちが多少は引いていったみたいだ。
そのせいで、今度は胸いっぱいに虚しさが広がっていく。
「……そうだよ、最初から私が真白に近づいた理由なんて、そんな理由だったんだよ」
「……」
「《冥王》のことがなくて、真白がただ単にいじめられてるだけなら、私は……体張ってまで真白のこと守ろうなんてしなかったよ。そんな、勇気も正義感も持ち合わせてないんだよ」
そんな私を真白は疑いもせずに受け入れてくれて、むしろ受験のときは背を押してくれて、今だって、ずっとそばにいてくれて……。
なのに、私は結局、真白のために動いてあげられるような勇気はない。結局、これまでしてきたことだって、自分のためなんだから。
それを思い知って凹んでたっていうのに……、この男は、正義だの偽善だの、勝手に勘違いして意味わからん言葉を使いやがって……。
「正義?偽善?はっ、何それって感じ。そんな言葉、持ち出してくる君のほうが気持ち悪いよ」
お返しとばかりに思いっきり嘲笑いながら言ってやったら、《暗殺者》が深く下をうつむいた。
あちゃー……力のあまり震えちゃうくらい拳を強く握り締めちゃて……、こりゃ相当怒っていらっしゃるな。まぁ、馬鹿って連呼したし、頭悪いとか気持ち悪いとかいっぱい言ったしな、そりゃ怒るよな。
ここまで苛立ちの任せるままにいろいろ吐き出しまくっちゃったけど……、
私、無事に観覧車から地上へと帰還できるのかしら?




