7. アミューズメントパーク④
ただいま、思考回路フル回転中。にもかかわらず、この状況を全く理解できません。
なんで《暗殺者》と一緒に観覧車乗ってるんだ、私?
いや、確かに一緒にパークきたし、一応ダブルデート名目だから、あまり組で観覧車乗るっていうパターンはよくあることなのかもしれないけどさ、徹頭徹尾無愛想マイペースを貫き通し、息つく暇も与えない勢いで私のこと睨んできた《暗殺者》が、何を血迷ってこの狭い空間に私と2人きりになろうと考えたんだ!?
睨んでくるのは私のこと嫌ってるからなんだろうし、真白と《魔王》にも目につかないから絶対に避けてくるだろうと思ってたのに……。
そして、この至近距離からでも容赦なくまっすぐと揺るぎなくこっちを睨みつけてくる《暗殺者》。ほんと、この人わけわからんすぎる。
私的には真白と《魔王》に話を聞かれる心配がないから、いろいろと前世のこととかについて聞く絶好のチャンスなわけだけど……。でも、それだってもう朝の段階で諦めてたし、いきなりこんな状況に陥っても、こっちには全然心の準備ができてないんですよ!突然舞い降りたチャンスをがっちり掴みとれるようなガッツ私は持ってないんです!
や、でも、まだ下に着くまでに時間はあるし、今のうちのちょっと頭の中整理して、いろいろ聞きたかったことを聞き出すべきか……。話しかけても無視されそうだけど、そんなの今更だよね。でも、さすがにこの距離で無視されたらちょっと私もくじけそうだから、せめて観覧車が半分回ったくらいに話しかけてダメージを受ける時間を少しでも短くし────
「聞きたいんだけどさ」
「うぇぇぇっ!!?」
しゃ、しゃべった……。《暗殺者》が、しゃべった……!!
いや、彼がしゃべれるのは知っていましたよ?でも、私に向かってしゃべるなんて、今まで一度もしなかった。これまで睨んでは来るけど、全く何も言ってこないから、この期に及んでもきっと何も言わないだろうなって思ってたんだけど……。
「あんたって、レズなの?」
……………はい?やっとしゃべったと思ったら、この人、何言ってんだ?
「な、なんでそんな質問?」
「あいつとできてんじゃないの?」
ため息交じりに吐き捨てるように問いかける。態度悪い奴だとは思ってたけどさ、どこでそんな人を苛立たせるだけの言い方と表情を覚えてきたんだろうね。私はビビりだし《暗殺者》のことは怖いけどさ、こっちもさすがに苛立たずにはいられないんですけど。
「私と真白は普通に友達だよ。てか、真白のこと”あいつ”とか呼ばないでくれないかな」
そう言った途端、《暗殺者》の視線がひときわ鋭くなる。
あ、やべ、私、殺される……?
一瞬すごい嫌な予感が頭をよぎったけど、その視線はひとまずすぐにひっこめられた。ほっと息をついていると、《暗殺者》は嘲笑うように口元を歪めた。
「へー……じゃあ、正義感からあいつにべったりってこと?うわっ、レズってパターンより最悪だ」
こいつ……明らかに喧嘩売ってるな。別に今更嫌悪を言葉にされても驚かないけど、その方向性がまるでわからん。悪口言われるのは別にいいけど、それが全くもって意味不明なのは気持ち悪すぎる。
「君が私のこと嫌いなのはわかってるよ。好き放題言うのも勝手だけど、せめてこっちにもわかるように話してくれない?」
私の言葉に今度はあからさまに不機嫌そうに顔をしかめた。ただ単にこっちをからかうのをやめて、どストレートに嫌悪を全身で向けてくる、そんな感じ。
《暗殺者》は私の予想をはるかに超える度合いで、私のことが大っ嫌いらしい。確かに前世も含めて人に好かれるようなタイプじゃなかったけどさ、ここまで嫌われる覚えがないんですけど……。
「見当もつかないって顔してんな」
「まぁ、君とは話したこともないし……」
「目障りなんだよ、あんた」
「目障りって……」
「《聖女》を守って正義面してるあんたの顔、めちゃくちゃイラつく」
え!?ちょっ……今、《聖女》って言った!?
「もしかして……君、全部思い出してるの!?」
「大体のことはね」
「じゃあ、鬼勢昇が《魔王》ってことも……?」
「知ってるよ」
マジか。でも、それなら《魔王》に異様になついてて、ダブルデートお膳立てしてあげたりして《魔王》の恋の応援をしてるのも納得いく。やっぱり《吟遊詩人》が言ってた通り、今世でも《暗殺者》は《魔王》命!ってことなんだな……。
「あんたが誰なのかは知んないけどさ、あんたは俺たちのこと全部知ってるだろ?だから《聖女》のことあんなに必死になって守ってるんだろ?」
「た、確かに、私は真白が《聖女》の生まれ変わりだって知ってるけど……」
「そういうの、虫唾が走るんだよ」
《暗殺者》の威圧感に体がびりりと痺れる。
やばい。こいつの向けてくるヘイト、半端なさすぎる。怒鳴ったりするような激しい言い方じゃないのに、地の底から這い出てくるような低音がゴンドラ内の空気を振動させる。
「ちやほやされてお高く留まってる《聖女》も気に食わないけど、あんたはもっと気に入らない」
ま、真白は別にお高く留まってなんてないよ!!
と、心の中で反論してみるものの、さっきの威圧感がものすごすぎて、声がうまく出てこない。反論しない私なんてお構いなしに、《暗殺者》の言葉が鼓膜を揺らして、否が応でもその意味を脳みそが理解していく。
「《聖女》守って、《勇者》にでもなったつもり?ばっかみたい。気持ち悪い正義感かざして、体張ってあいつ守って、それで1人で優越感にでも浸ってるんだろ?あー、今日も大好きな《聖女》様を守った私ってかっこいー、みたいな?」
優越感?
『なんで、そこまでして……助けてくれるの?』
『真白は私の友達なんだから、当たり前じゃん』
『奈美……!ありがとう!!』
脳裏によみがえる、真白の笑顔。
「自分が《聖女》にとって特別な存在だとでも思ってんの?そういうの、自意識過剰って言うんだぜ。大好きな友達だから助けてるっていう偽善をかざしてるなら、もっと気味悪いけどな」
とも、だち……。
『こんなことばっかり起こって、奈美に迷惑かけてるから、奈美が離れて行っちゃうかなって心配してたから』
あの時の真白の笑顔が、胸に痛かった。
よわっちくて、気概のない自分が情けなくて、それでも真白と過ごす日々が楽しいなんて思ってて、そんな資格もないのに、真白と一緒に笑ってて……。自分が不甲斐なさすぎて、それでも薄情な自分を変えられなくて、悲しかった……。
なのに、こいつは……目の前の、この男は……。
「偽善者ぶってるあんたを見てると、まじで腹立つんだよ」
プッツン────
頭の奥のほうで、なんかが切れる定番の音が聞こえた。