閑話・名状しがたいタコ焼きのような物
「やっぱりお祭りといったら粉モノは外せません」
お祭りの華といえば屋台の料理。タコ焼き、お好み焼き、ヤキソバ、リンゴ飴、クレープ、わたあめ、フランクフルト……定番どころだけでも片手の指では数え切れません。
「鉄板でソースが焦げる香りがいいんですよね」
お祭りグルメにも色々とありますが、あえて花形を挙げるとするならばソース系はまず外せないでしょう。熱い鉄板の上でジュウジュウという音を鳴らし、空腹を刺激する香りを撒き散らかす様子は、もはや暴力的ですらあります。
「ちょっとお高めなんですけど、あれは買わざるを得ないです」
日常から乖離したお祭りの空間では、財布のヒモもつい緩んでしまいます。原価を考えるとかなりの高価格なのですが、並大抵の精神力では屋台の誘惑に勝つことは難しいでしょう。
◆◆◆
お祭りをやると決めたはいいですが、具体的にどういう規模でどんなことをやるかについては、まだまだこれから考えないといけません。
そこで参考になればと、リサが自分の知るお祭りの知識を話していたのですが、情報の内容が『食』方面に偏っていたこともあり、話を聞いていた魔王とアリスもだんだんとお腹が空いてきてしまいました。
「お腹が空いてきたね」
「実際に試作して食べてみましょうか」
「いいですね」
と、そんな展開になるのは必然だったのかもしれません。
今回作ることになったのはタコ焼きです。レストランのメニューには入っておらず作り慣れていないので、今のうちに練習を兼ねて作っておこうということになったのです。
「市場で材料を仕入れて参りました」
おつかいを頼んだコスモスも戻ってきました。
魔王の店ではタコは普段あまり使わないので、ストックがなかったのですが、無事に仕入れることができたようです。買物袋にはぶつ切りのタコ足がたっぷりと入っています。
主役のタコも無事に用意できたので、粉をダシで溶き、紅しょうがやソースやマヨネーズの準備もして、早速皆で焼き始めました。
【少し火力を上げた方が良さそうだな。うむ、その位の温度ならいいだろう】
厨房にはタコ焼き用の鉄板は無かったのですが、万能調理器具である聖剣を半球状のくぼみが並んだ板状、つまりタコヤキ機の形にしたので何一つ問題はありません。焦げ付いたり生焼けになったりしないよう温度管理までしてくれるスグレモノです。本来の用途がどうとかは気にしてはいけません。
「これはコツが要るね」
くるり、くるり、と串を使ってひっくり返す練習をしますが、今も魔王が何個か失敗して形が崩れてしまいました。どうやらタイミングが早すぎたようです。今回は練習ですし、形が崩れたものでも加熱してソースやマヨネーズをかければ美味しくいただけるので問題はありません。
「こんな感じでしょうか?」
くるり、くるり、と今度はアリスが挑戦してみました。外見は綺麗な球状になっていますが、
「ちょっと火が通りすぎてますね」
「慎重すぎたようですね。アリスさま、もっと大胆に行かないといけません。もっとこうガバっと襲い掛かるくらいの勢いで」
試食をしたリサとコスモスからのダメ出しが入りました(コスモスの方はタコ焼きの出来に関してではないような気もしますが)。どうやら火入れの時間が長すぎて、生地が固くなってしまったようです。外はカリっと、中はとろりとしているのが美味しいタコヤキなのですが、シンプルな工程の割になかなか奥が深いようです。
その後も交代しながら練習を繰り返し、最終的には全員がちゃんと焼けるようになっていました。この場にいる面々は元々それなりに料理ができるので、慣れるのも早かったようです。まだまだ名人とまではいきませんが、ちゃんとそれっぽいカタチにはなっています。
ある程度の量ができたところで調理の手を止め、改めて試食を開始しましたが、
「けっこうお腹に溜まりますねぇ」
「ええ、私もこのあたりで止めておきます」
粉モノというのは水分を含みやすいせいか、思った以上にお腹に溜まります。アリスは満腹感を感じ始めたので、リサはダイエット回避のために、適当なところで食べるのを止めておきました。
タコ焼きの場合、一つ一つはそれほどの大きさではありませんが、ソースやマヨネーズなどの濃い味と合わさっていることもあり、五、六個も食べればそれなりの満腹感を感じるものです。
一方で、魔王とコスモスはまだまだ食を進めています。
「もう一杯ご飯のお代わりをしようかな」
「では、よそってきましょう。ついでに私もおかわりを頂きます」
魔王とコスモスは粉モノをオカズにご飯を食べられるタイプのようです。白いご飯と一緒にソースとマヨネーズのかかったタコ焼きをどんどんと食べています。
このあたりの食べ合わせに関しては賛否両論ありますが、彼らは特に抵抗がないようです。カツオブシや青のりもたっぷりかけて、成功した物も失敗作も美味しく平らげていきました。
◆◆◆
「美味しかったですね」
「ええ、たまにはこういう食事もよいものです」
炭水化物率が高すぎるので普段からこういう食事ばかりでは栄養が偏りそうですが、たまにならばタコ焼きとご飯だけの食事というのも悪くはありません。ちゃんと焼き方の習得もできましたし、皆してのんびりと食後のお茶を飲んでいたのですが、
「まあ、正確には『タコ』焼きではなく『タコのような物』焼きなのですが、なかなかイケましたね」
このコスモスの呟きを聞いてアリスとリサは全身の動きをピタリと止めました。嫌な予感を感じたアリスが恐る恐るコスモスに尋ねます。
「……『タコ』ではなく『タコのような物』ですか?」
「はい、市場に普通のタコが売っていなかったので、なんとなく似てる気がしないでもない品を買ってきたのですが、それがどうかしましたか?」
いったいアリスたちは何を食べさせられてしまったというのでしょうか?
細かいことを気にしない魔王はのほほんと笑っていますが、アリスとリサは気が気ではありません。買ってきたコスモス自身も食べていたので、身体に害がある類のモノではなさそうですが、
「魚屋さんに売っていた名状しがたい系生物の触手です。切る前のモノは触手が大量に集まっている、まるでエロい絵物語にでも出てきそうな形状でしたね。魚屋のご主人によると人間界では知る人ぞ知る珍味だそうで、煮物にしても美味しいそうですよ」
実際、味と食感はほとんどタコそのものでしたが、似ているだけの完全なる別物でした。より正確には、水場に棲む珍しい魔物の一種で、あまり知られていませんが人間界の一部地域では普通に食用として扱われています。今回はたまたま流通に乗って迷宮都市に入ってきたのでしょう
ちなみに余談ですが、この魔物、大して強くはありませんが、触手から服だけ溶かす消化液とか出してくるので、捕獲の際には注意が必要です。
今回はコスモスにも悪気はなく、単純にタコの代わりになりそうなモノを探した結果のようですし、味そのものに問題はありませんでした。
「……まあ、美味しかったですけどね……」
「……たしかに味は悪くありませんでしたが……」
が、それはそれとして。
アリスとリサはなんとなく釈然としない気分を感じるのでした。
作者は関東人ですがタコ焼きやお好み焼きでご飯食べられる派です。
炭水化物+炭水化物=美味





