ガールズトーク【少女たちと花の祭り】
冬の寒さも去って久しく、だんだんと初夏の気配が感じられるようになった頃のことです。迷宮都市の大通りを、リサと神子という何気に珍しい組み合わせの二人が歩いていました。
「せっかくのお休みなのに、わざわざ付き合ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ光栄ですわ。ふふ、デートみたいですね」
本日リサは学校が、神子は仕事が揃ってお休みだったのですが、迷宮都市の道でバッタリと会い、せっかくの機会なので一緒に街歩きをしているのです。彼女たちが知り合ってからかれこれ半年ほど経ちますが、プライベートな付き合いがほとんどなかったこともあり、お互いに交友を深めたいと常から思っていたのです。
「いつもの真っ白な服もいいですけど、その服も似合ってますね」
「うふふ、ワタクシも気に入ってますの。着心地もいいんですよ」
流石に普段着ている真っ白い神官衣装では目立ちすぎて問題があるので、神子は街を歩く時には普通の町娘風の地味な服に着替えています。
「リサさまも気を付けてくださいましね」
「はい、気を付けます……バレたらどうなるか、恐ろしいですし」
むしろ、世間的にはさほど知られていない神子よりも、リサのほうが真剣に正体を隠さないといけません。この世界で一番の人気者といっても過言ではない勇者。世間的には元の世界に帰ったということになっており、彼女が再びこの世界に来たことを知る者はほとんどいませんが、もしそれがバレたりしたら大変なことになってしまうでしょう。
とはいえ、黒髪自体はこの世界でもありふれた髪色ですし、勇者時代にリサと直接会った人間はそれほどの数でもありません。現在はこちらの世界の一般的な服を着ているので衣服から不審がられることもありませんし、うっかり人前で目立つことでもしない限りは問題ないでしょう。
◆◆◆
「ごきげんよう店主さま、いつものサンドイッチをお願いしますわ」
「お、今日はお友達も一緒かい? いつもたくさん買ってもらってるし、ちょっとオマケしとくよ」
「まあ、ありがとうございます」
まずは腹ごしらえでもしようということになり、神子のオススメのサンドイッチの屋台で昼食を購入しました。甘めのタレに漬けて焼いた肉とシャキシャキのレタスが、バゲットのようなパンにぎっしりと挟まった焼肉サンドです。ざっと二十個ほど購入し、近くの広場のベンチに移動しました。
「それじゃあ、いただきます。うん、美味しいですねコレ」
「ええ、店主さまによると、タレに工夫があるそうですわ」
どうやら神子は『いつもの』で注文できるくらいに先程の屋台に通っているようです。
「他にもお休みの時に色々と美味しいお店を調べてますの」
「へえ、魔王さんのお店以外も結構開拓してるんですね」
ちなみに本人は気付いていませんが、ここ数か月の間で神子は迷宮都市で商売をしている飲食店関係者に広く知られ、また恐れられる存在となっていました。
素性までは知られていませんが、異常な大食いだけでも話題には事欠きませんし、それが珍しい白い髪の美人だとくれば話題にならないはずもありません。
金払いの良さと丁寧な物腰から、お忍びで出歩いているどこぞの貴族の令嬢だろう、というのが飲食店関係者たちの見解です。噂が噂を呼び、近頃では若い男性を中心に彼女のファンまで出始めているほど。
その一方で、不味いと判断した店には二度と来ないシビアな面もあるため、味に自信がない店の店主たちにはひどく恐れられてもいます。
彼女に気に入られれば大きな利益が出る上に「美味い店」として同業者から一目置かれますが、そうでなければ同業者たちからも「不味い店」という烙印を押されてしまうのです。
そんな事情は露知らず、リサと神子は焼肉サンドをもくもくと食べています。
「このお肉、食べたことのない味だけど美味しいですね」
サンドイッチに挟まっているのはリサの知らない種類の肉でした。鶏肉に近いですが、もっと味が濃く適度な弾力があります。牛、豚、羊などの家畜とは明らかに違いますし、魚肉という感じでもありません。
「これは大トカゲのお肉ですわ、安くて美味しいんですよ」
「……え? そうですか……トカゲですか……うん、結構イケますね、トカゲ」
食べているのがトカゲ肉だと教えられ、一瞬面食らったリサですが、爬虫類食自体は地球でも色々な地域にあり、それなりにメジャーな食文化といえます。美味しいから大丈夫だと自分に言い聞かせて平静を保ちました。
「この肉質ならシチューとかの煮込み系にしても美味しそうですね」
「それはいいですわね。よろしければ、これからお肉屋さんに買いにいきましょうか。この近所に新鮮な生きた大トカゲを扱うお店があるんですの」
「生きたトカゲ……いえ、今日はやめておきます」
リサは鶏や魚くらいなら捌けるのですが、未知の生物である大トカゲは流石に手に負えそうもありません。トカゲ肉の調理に挑戦するのはまたの機会にお預けとなりました。
◆◆◆
サンドイッチを食べ終えた二人は腹ごなしに散歩をしていました。大きめのサンドイッチを三つも食べたリサは少し苦しそうにしていましたが、しばらく歩いているうちに腹具合も落ち着いてきたようです(なお、同じサンドイッチを十七個食べた神子は、歩いているうちに小腹が空いてきたようです)。
「あら、あれはなんでしょう?」
何やら変わった格好をした集団が練り歩いているのを見たリサが足を止めました。ヒラヒラした服を着た集団が、大通りをゆっくりと移動しながら楽器の演奏をしたり、道行く人に何かを配ったりしているようです。
「あれは花祭りの花冠を配っているのですわ」
一年以上も勇者業をしていたとはいえ、まだまだこの世界の行事に疎いリサに神子が教えました。
「花祭りですか? お釈迦さまの誕生日のことじゃないですよね?」
「そのお釈迦さまという方のことは寡聞にして存じませんが、ああやって花冠や花に見立てた衣装を着て春の訪れを祝う祝祭のことですわ」
勿論、この異世界の地でお釈迦さまの誕生を祝うはずもありません。名前が同じだけの完全に別の行事でした。
「本来はもう少し早い春の初め頃のお祭りなんですが、この街に住んでいるのは最近引っ越してきた方ばかりですし、準備が遅れてしまったのかもしれませんね」
辺りを見渡してみると、老若男女を問わず花冠を頭に乗せている人が大勢います。花の意匠のアクセサリーを販売している露店や、店の戸を花で飾り付けている飲食店なども見受けられます。
「へえ、素敵なお祭りですね」
リサと神子も祭りの衣装を着た人々から花冠を貰いました。ピンクや黄色の小さな花が丁寧に編み込まれた可愛らしい冠です。
「リサさま、よくお似合いですわ」
「いえいえ、神子さんこそ。あはは、ちょっと照れますね」
慣れない物を身に着けたリサは少し恥ずかしそうに照れていますが、似合っていると言われて悪い気はしないようです。
「花祭りでは伝統的なお菓子を食べるのが習わしなのです。ワタクシも子供の頃は毎年楽しみにしてましたの」
「へえ、伝統のお菓子ですか、食べてみたいです」
神子の言う伝統のお菓子とは花の砂糖漬けでした。花の種類は特に決まっていませんが、スミレやバラなどの可食花を湯通ししてから、濃い砂糖水に漬けて乾燥させたシンプルなお菓子です。ちょうど近くの屋台で販売していたので、詰め合わせの小袋を買って二人で食べてみました。
「……甘いですね」
「甘いですわね」
砂糖漬けの花びらは色のバリエーションが豊かで、見た目は文句なしに美しいのですが、彼女たちが買った物は湯通しの時間が長すぎたのか、花の風味がすっかり飛んでしまっていました。
となると、ただの砂糖味ですから単に甘いだけ。不味いというほどではありませんが、かといって、さして美味しいとも言えません。
「今のお店はハズレでしたねぇ」
「まあまあ、こういうのもお祭りの醍醐味というものですわ」
屋台を冷やかしては、当たりはずれに一喜一憂するのも祭りの醍醐味というものです。それに、甘いだけの花びらにも使い道はあります。
「このお花をお砂糖の代わりにお茶に入れると見目がいいんですのよ。お酒を嗜む方は酒杯に浮かべたりもするそうですし」
「それは洒落てますね、あとで試してみましょうか」
ちゃんと花の香りが残った物だとお茶に入れればフレーバーティーのようになりますし、今回のような香りが飛んでしまっている砂糖漬けでも見た目を楽しむことはできるのです。
「せっかくですから茶葉も買っていきませんか。最近良い葉を扱っているお店を見つけたんですの」
「わあ、いいですね! 余分に買っていってお茶のケーキとか焼いてもいいかも」
二人の少女は楽しげにこれからの予定を口にし、花に彩られた道を軽やかな足取りで歩むのでした。