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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
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迷宮都市観光(後編)


「ああ……お茶が美味しい……」


 リサはやけに草臥れた雰囲気を出しながら、茶店で緑茶をすすっていました。精神に深いダメージを負ったせいか、まだ十代の少女だというのに人生に疲れた老人のような雰囲気をかもし出しています。



「それにしてもこの街、和菓子屋さんなんてあるんですね」



 緑茶のリラックス効果によりいくらか精神が回復してきたようです。今いる茶店はどちらかというと洋風の店構えなのですが、出しているお茶やお菓子は和系の物がメイン。リサはお茶請けに頼んだ羊羹を小さく切って食べました。



「あれ、羊羹の中に……ラムレーズン?」



 新しいレシピや食材の普及により、現在この世界では今までになかったような料理の数々が急速に広まりはじめています。そして中にはそこからさらに一歩進んで、既存のレシピに独自のアレンジを加えた新しい料理を開発しようとしている意欲的な料理人もいるのです。



「けっこう美味しいかも」



 今はまだアレンジの幅もそれほど広くはありませんが、やがては元のレシピから昇華したこの世界独自の料理が生まれる日が来るかもしれません。



「でも、ビックリしたわね」


「まさか、お姉さんが勇者だったなんて」



 一応知り合いの誤解くらいは解いておこうと思い、リサはエリックとアンジェリカに自分が勇者であることを明かしました。二人とも最初は冗談だと思ったようですが、証拠として聖剣を見せたらちゃんと信じてくれたようです。



「でも、本当の勇者は目からビームを出したりしないのね」


「本物は変身して真の力を発揮したりもしないんだね」



 正体を明かしたら子供の夢を壊してしまいましたが、この際背に腹はかえられません。『事実は小説より奇なり』とは言いますがそれにも限度はあるのです。



「ん、おいし」



 アンジェリカはお茶請けに注文したどら焼きを一口食べて顔を綻ばせました。どら焼きの中にはどっしりとした食べ応えのある粒あんがたっぷりと入っています。



「こんなお菓子なんて村じゃ食べられないからね」



 エリックも同じくどら焼きを食べて言いました。彼らの村では砂糖は貴重品なので、お菓子の類はほとんど食べられないのです。


 美味しそうに甘い物を食べる二人を見てリサは閃きました。



「そうだ! お菓子が好きならこれからいい所に行きましょう」





 ◆◆◆





 リサがアンジェリカとエリックを連れて向かったのは、都市内にあるダンジョン屋という施設でした。施設内のダンジョンはほとんどが腕に覚えのある戦士や冒険者に向けた戦闘メインのものがほとんどなのですが、先日オープンしたとある新ダンジョンは非武装の子供や女性がおもな客層となっています。


 以前、魔王とアリスが旅行から帰ってきた時の一件で封印状態から解放されたケーキゴーレムが支配する新ダンジョンには、ゴーレムが魔力で生み出したお菓子モンスターが多数生息しています。


 人に危害を加えないどころか、本能的に自ら食べられにくる性質を持つお菓子モンスターは子供でも簡単に捕獲できます。少額の入場料さえ払えば食べ放題ということもあって、いま迷宮都市の子供たちに大人気のアトラクションなのです。


 入場料を払って転移した先は三十分もかからずに一周できるような小島でした。



「これはファンタジーというかメルヘン寄りの風景ですねぇ」



 島には柔らかな草が一面に生い茂り、マシュマロのウサギが跳ね回っていたり、わたあめのヒツジがのんびりと歩いていたりします。それ以外にも、どういう仕組みになっているのかは不明ですが甘い蜜が湧く泉やジュースの滝などの摩訶不思議な光景が広がっています。



「おお、お久しゅうござる!」


「どうもご無沙汰してます……ホントに喋れるようになってますね」


「拙者、がんばったのでござるよ」



 島の中心には休憩所を兼ねた小さな城があり、そこでリサは以前に魔王と一緒に造ったケーキゴーレムと再会しました。アリスから聞いて話せるようになったとは知っていましたが、こうして実際に見るとお菓子がしゃべっている姿には中々のインパクトがあります。



「お菓子がしゃべってる……」


「うん、不思議……」



 ごく自然にケーキと談笑するリサとは違い、比較的常識の残っているエリックとアンジェリカは不思議そうに目を見開いています。先程からの現実離れした光景とあいまって、まるで夢の中にいるかのように現実感がありません。



「そちらのお二方は客人でござるな、この島にある物は遠慮なく召し上がってくだされ」



 城のバルコニーからは、チョコレートのドラゴンにフォークやスプーンを片手に挑む子供たちや筋骨隆々の巨漢の姿なども見て取れます。城の入口には様々な食器が置いてあり自由に持ち出せるようになっているので、それらを使った『戦闘』が島のあちこちで繰り広げられていました。



「なんだか面白そう! 行こう、エリック」


「うん!」


「足元に気を付けるんですよ」



 非現実的な光景を前に呆けていたのも束の間、好奇心を刺激されたアンジェリカとエリックは城の外へと駆け出していきました。



「そういえば殿と姫が言っておられたが、無事に元の世界に帰ることが出来たそうでござるな」


「はい、おかげさまで」


「うむ、ようござったな……む?」


「どうかしました?」



 子供たちを見送ってから城のバルコニーで話していたリサとゴーレムですが、ゴーレムはあることに気が付きました。



「いや、大したことではないのでござるが、貴殿のことをなんと呼んだものかと」


「そういえば魔王さんやアリスちゃんのことを殿とか姫とか言ってましたね」


「あのお二方にはそういう呼び方がしっくり来たのでござるが、すでに引退した身なれば貴殿を勇者殿というのもおかしかろうし」


「たしかにアリスちゃんはなんだかお姫さまっぽいですよね」


「拙者にとっては生みの親の一人にあたるので母上と呼んでもようござるか?」


「いえ、それはちょっと……」



 まだ高校生の身の上で「母上」と呼ばれるのは精神的にキツイものがあるのか、リサは難色を示しました。それにリサが「母上」なら「父上」は誰なのかとか想像してしまうと連鎖的に精神面の負担が増大しそうです。



「……普通に名前呼びでお願いします」


「承知、ではリサ殿とお呼び致そう」



 結局、呼び名は無難なところに落ち着きました。





 ◆◆◆





 リサは香り高い紅茶の噴水からカップで一杯すくい上げ、それを飲んで一息つきました。ゴーレムと一緒に散歩がてら島を歩いていたのですが、道行くお菓子をつまみ食いしていたせいで口の中はすっかり甘さで重くなっています。



「できればしょっぱい物が欲しい気分ですねぇ」



 島にはポテトチップスの蝶なども生息していますが、今は周りにいないようです。



「この島にいるのは甘い物がほとんどでござるからなぁ。ちょっと塩気のある眷属を出せないかやってみるでござる」



 ゴーレムはスポンジケーキの手に魔力を集中し、そしてポンッという破裂音に似た音と共に一匹の大きな亀が生み出されました。どうやら背中の甲羅が醤油せんべいになっているようです。軽く引っ張ると簡単にはがれました。



「では甲羅を一枚失礼して……うん、けっこうイケますね」


「それはようござった。もう何匹か造って島に放しておくでござる」



 ゴーレムは続けてもう何匹か、今度は塩せんべいや揚げせんべいなどの味違いの亀を生み出しました。亀たちはノソノソと歩き去っていきます。



「細かい味の調整もできるんですか、便利な能力ですねぇ」


「いやぁ、それほどでもあるでござるよ」



 調子に乗ったゴーレムはドヤ顔を浮かべながら連続で眷属を生み出しました。グミやキャンディでできたダイオウグソクムシやゲンゴロウやチャバネゴキブリなどが大量に発生します。



「さあ、遠慮なく召し上がってくだされ!」


「イヤですよ!」 



 いくらお菓子だからといっても造型がリアルな虫系では食欲が出るはずもありません。結局、お菓子の虫たちはそのままどこかへと走り去っていきました。走り去った先から子供たちの悲鳴が聞こえる気もしますが、実害はないのでセーフです。



「造型のリアリティには自信があったのでござるが……」


「リアルだからダメなんですよ、もっと可愛い系の路線でいきましょう」


「可愛い系でござるか……ダンゴムシとかどうでござろう?」


「まず昆虫系から離れてください」



 特に新作を考えないといけないワケでもないのですが、二人は話の流れで目新しいお菓子生物のアイデアを考え始めました。



「とはいえ動物系はもうネタが出尽くしているのでござるよ、魚とかも出せないことはないのでござるが陸上では身動きできぬでござろうし」


「それなら植物ならどうです、お花とか」


「おお、よさそうでござるな。そうだ、チョコとビスケットでできたキノコやタケノコなんてどうでござろう?」


「それはダメです」



 リサは断固とした口調で言いました。



「ダメでござるか、我ながらいいアイデアだと思うのでござるが……」


「ダメです、戦争が起きます」


「戦争はマズイでござるな」



 この平和な島に戦争の火種を持ち込むわけにはいきません。リサのただならぬ気迫に押されてゴーレムもこのアイデアは見送ることにしました。



「では、その案はナシにして他に色々考えるでござるよ」





 ◆◆◆





「楽しかったわね!」


「うん!」


 日も傾き空が赤く染まった頃、アンジェリカとエリックは迷宮都市へと帰る魔法陣がある島の中央まで戻ってきました。二人だけではなく他の子供たちも一緒です。



「みんな、また今度遊びましょう」


「うん、バイバイ」


「またね」



 島を巡るうちに仲良くなったのか、子供たちは皆すっかり打ち解けた様子です。次に会った時に遊ぶ約束などをしながら魔法陣を通って迷宮都市へと帰っていきました。



「お姉さんはどこかしら?」



 アンジェリカたちは一緒に来たリサを探さないといけないのでまだ帰らず、あたりを見渡して探し始めました。幸いリサとゴーレムは近くにいたので、探し始めてすぐに見つかりました。



「なにをしてるのかしら?」


「なんだかあの辺りだけすごいことになってるね」



 島の一角、つい数時間前までは夢のようなメルヘン空間だった草原は、今やアメリカンテイスト漂う極彩色のお菓子の実を付ける植物が繁茂する悪夢のようなサイコ空間へと変貌を遂げていました。


 その周囲から浮いたエリアの中心で、テンション上がりすぎて頭がおかしくなっているリサとゴーレムが様々な新種のお菓子生命体のアイデアを出しあっていました。



「次は爽やかな青色のクリームが詰まったサボテンとか造りましょう!」


「いいでござるな! いっそ雰囲気を出すために島を砂糖の砂漠にでも致そうか」



 二人してドギツイ原色系の植物を作り続けており、あたりにはハエトリグサ(赤)やウツボカズラ(黄)、ラフレシア(虹色)などの愉快な色と形をした甘ったるい植物が生い茂っています。


 二人とも普段であればもう少しはマシな判断力や色彩感覚を持っているのですが、異様に甘ったるい空気に脳をやられたのか完全に暴走しています。



「……これ、止めたほうがいいのかしら?」


「……うん、たぶん」



 異様な光景に若干引きつつも、アンジェリカとエリックとしては一応の保護者であるリサを放っておくわけにもいきません。それに、せっかくの楽しいアトラクションが勇者(テロリスト)によって崩壊させられつつある現場を見過ごせません。


 匂いだけで頭痛がしそうな甘味地獄の中心にいるリサとゴーレムの手を引いて、半ば強引に外まで連れ出してから呼びかけました。



「お姉さん、そのお菓子は美味しそうじゃないわ」


「見るだけで食欲が落ちそうだし止めたほうがいいと思うよ」



 声をかけられたリサたちはようやくアンジェリカたちに気付き、多少冷えた頭で周囲の光景を見て現状を確認してから叫びました。



「何故こんなことに!」


「これはないでござるな!」



 一度冷静になったらちゃんと周囲の異常性を認識できました。どうやらギリギリで正気度判定に成功したようです。



「だいじょうぶ……わたしはしょうきにもどった!」



 ……やっぱりまだ少し危ないかもしれません。





 ◆◆◆





「もうこんな時間ですね、そろそろ帰りましょうか」


「またいつでも来るでござるよー」


 完全に日が落ちたあたりでリサたちはゴーレムに別れを告げて迷宮都市へと戻ってきました。すでに街は薄暗く、魔法の力で光る街灯と月明かりが辺りを照らしています。



「今日は楽しかったですね、また一緒に遊びましょう」


「うん!」



 三人とも今日はこれからそれぞれの自宅に帰る予定ですが、その前に魔王たちに挨拶をしていくためにいつものレストランへと向けて歩き出しました。



「そういえば、今日はお金ありがとうございました」



 今日の飲食費やダンジョン屋の入場料などはすべてリサの財布から出ています。エリックが改めてリサにお礼を言いました。



「ワタシたちも早く自分でお金を稼げればいいのにね」


「わたしも本業は学生ですから気持ちはわかりますよ。頼めば大金をくれそうな知り合いには何人か心あたりがありますけど……それをやったら人間終わりな気がしますね」



 この世界にはリサが一声かければいくらでも出しそうな権力者サイドの人間が少なからずいるので、やりようによっては一生遊んで暮らすこともできそうです。今のところリサにその気は一切ありませんが。



「みんなで魔王さんのお店でアルバイトとかできたら楽しいかもしれませんね」


「うん、楽しそうね。ワタシも魔王さまが作るみたいなお料理を覚えたいわ」



 実際にやるかどうかは定かではありませんが、三人はそんなことを楽しく話しながらレストランへの帰り道を歩むのでした。



サブタイに『迷宮都市観光』と書いたがな、スマンありゃウソだった

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