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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編

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迷宮都市観光(前編)


「あれ? たしか、エリックくんとアンジェリカちゃんでしたよね」


「こんにちは、お姉さん」


「こんにちは」


 アンジェリカとエリックが迷宮都市にやって来た翌日のお昼頃。

 何やら大きな荷物を抱えてやってきたリサが魔王のレストランに顔を出すと、そこで顔見知りの子供たちと再会しました。


 もっとも前に会った時は、アンジェリカとエリックは終始彼女が勇者だということは知らないままでしたし、リサもまた二人が吸血鬼だということには気付いていませんでしたが。


 そんな風に挨拶を交わす彼女たちにアリスが声をかけました。



「いらっしゃい、リサさん。その荷物が頼んだ物ですね?」


「はい、どうぞ。お釣りは返しますね」



 リサは持っていた大荷物をアリスへと渡しました。特大のトランクは中身がぎっしりと詰まっているようで、かなりの重さがありそうです。



「アリスさま、なんですかそれ?」


「ああ、これはですね」



 気になったアンジェリカが尋ねると、アリスは邪魔にならないよう店の隅に移動してからトランクを開けました。



「わぁ、お洋服に本に、よく分からないのもあるけど……すごいわ!」



 トランクの中身はリサが日本で買ってきた書籍や衣類、その他日用品などでした。お金はアリス持ちですが、各種量販店や書店などを巡って買ってきた物です。数は少ないですが、音楽プレーヤーやソーラー式充電器などの電子機器もあります。



「では、これはその手数料ということで」


「ありがとうございます。街を見回るにしても一文無しじゃ厳しいですからね」



 そして買物の手間賃としてリサはアリスからお金を受け取りました。異世界で日本円が使えるはずもないので、こうして輸入代理店モドキをして活動資金を得たというわけです。常識の範囲内で使う分には二日や三日遊びまわっても問題ないくらいの額はあります。



「ところでリサさん、この子たちもこれから街を見て回る予定なんですけど、よかったら一緒に行ってもらってもいいですか? 子供だけだと危ないかもしれませんし」



 過保護かもしれませんが子供だけで街を歩くとなると一抹の不安があります。夜であれば並の大人よりはるかに強い子供たちも、昼間は見た目相応の力しか出せないのです。



「ええ、二人さえよければわたしは構いませんよ」



 その点、リサが一緒に行けば安心です。勇者をやめたとはいえその力は未だに健在、どころか戦力的には日々増している感すらあるので大抵のトラブルはどうにでもなるでしょう。



「それじゃあ、エリックくん、アンジェリカちゃん、一緒に行きましょうか」


「うん!」


「よろしくお願いします」





 ◆◆◆





 そんなワケで、リサとエリックとアンジェリカは揃って街へと繰り出しました。通りをちょっと歩いただけでも面白そうな物がたくさんあり目移りしてしまいます。



「そういえば二人ともお昼はまだ食べてないですか? どこか美味しそうなお店か屋台があれば腹ごしらえしましょうか」


「うん、どこにしようか迷っちゃうわ」


「あっちの広場に屋台が沢山集まってるみたいだよ」



 街の中心近くにある広場には数え切れないくらいに沢山の屋台が出ています。近くを歩くとタレに漬けた肉が焼ける香ばしい匂いや、新鮮な果実の甘い匂いなどが嗅覚を刺激し、自然とお腹が空いてきそうになります。



「あ、クレープ美味しそう、食べようかな。エリックくんとアンジェリカちゃんも食べますか?」


「うん! なんだか美味しそう」


「しょっぱいのと甘いのがあるんだって、別々のを頼んで交換しようよ」



 三人は屋台で各々が気になった三種類のクレープを注文しました。ちなみにお金はリサ持ちです。人気がある店なのか順番待ちで少し並びましたが、幸い品切れなどにはならずに買うことができました。


 注文した品を受け取ると広場の隅に設置してあるベンチに移動し、そこで食べ始めました。



「やっぱり、クレープはチョコバナナですね。旅をしてた時はチョコレートなんてなかったけど、もう普通に食べられるくらい普及してるんですね」



 リサが注文したのは定番のチョコバナナのクレープ。迷宮都市以外ではまだまだ舶来の高級品扱いですが、それでも魔界との交易によってチョコレートは急速にこの世界に普及しているようです。バナナとの相性はあえて言うまでもなく、一緒に入っている生クリームのふわっとした甘さもよく合っています。



「薄い皮なのにけっこう食べ応えがあるのね。うん、美味しい!」



 アンジェリカはハムとチーズ、そしてシャッキリとしたレタスが入ったオカズ系のクレープを勢いよく食べています。材料はそれほど珍しい物ではありませんが、生地の中にぎっしりと具材が詰め込まれていてかなりの食べ応えがあります。具と一緒に中に巻き込まれているマヨネーズソースも重要なポイントです。



「こっちのはすごく甘いよ。あ、アンジェリカ交換する分残しておいてよ」



 エリックは濃厚なキャラメルソースをベースに、薄切りのイチゴと生クリームがたっぷりと入ったクレープを食べていました。キャラメルの濃厚な甘さとイチゴの酸味の組み合わせは絶妙で、一口食べれば思わず顔を綻ばせたくなる美味しさです。


 アンジェリカとエリックは途中で食べていたクレープを交換し、そしてまた違う味わいに舌鼓を打ちました。ガツガツという擬音が聞こえそうな勢いで食べ、大きめのクレープは瞬く間にお腹の中へと消えていきました。




 ◆◆◆




「噴水の前に人が集まってますね、何かやるのかな?」


「真ん中に楽器を持ってる人がいるし、演奏でもするのかしら」


「ねえ、行ってみようよ」


 三人は食後の休憩も兼ねて演奏の様子を見物することにしました。どうやら、最近流行の物語を楽器の演奏に合わせて唄い上げるという趣向のようです。人気がある演目なのか吟遊詩人の周りには多くの観客が集まってきて、そしてある程度人が集まったところで演奏が始まりました。


 ギターに似た楽器の明るい曲調と共に、吟遊詩人の高い歌声が辺りに響き渡ります。



「おぉ~、うるわしの大勇者リサ~♪ その美しさは~天地に並ぶ者なし~♪」



 唄いだしの第一声を聞いたリサは盛大にズッコケました。ですが、これこそが最近どこの街でも大流行の演目『麗しの勇者リサ』の出だしなのです。



「時に百万の魔物の軍勢をなぎ払い~♪ 時に百億の竜の群れを退ける~♪ 彼女こそは地上に舞い降りた戦乙女なり~♪」



 随分と脚色が加えられていました。リサは思わず「そんなことはしていません」と叫びたくなりましたが、演目の途中でそんなことをするわけにもいきません。



「その光り輝く美貌を一目見た病人はたちどころに治り~♪ 汚れた川の水も綺麗になり~♪」



 言うまでもなくそんな事実はありません。

 知らぬ間にどこぞの正義超人のような設定が盛られていることに、リサは頭を抱えました。まだ唄は始まったばかりだというのに、このまま最後まで聞いていたら恥ずかしさで死んでしまうかもしれません。



「うぅ……勘弁してください……」



 リサはそれ以上耐えられず、手で耳をふさいでやり過ごすことにしました。アンジェリカとエリックが楽しげに聞いているので一人だけこの場を離れることもできません。


 ですが耳を両手でふさいで目を閉じても観客が時折盛大に沸く気配が伝わってきて、それが好評そうなのがまた恐ろしく感じられます。実際の演奏時間は三十分ほどでしたが、リサにとっては何十時間にも感じられました。




 半ば意識を失いそうになりながらも過剰な褒め殺しを耐えきったリサは大きく消耗していました。褒め殺しという言葉は比喩表現ではなく、本当に人を殺害しうるのだということをリサは初めて知りました。



「面白かったね!」


「うん、勇者さまってすごいのね! あら、お姉さんどうしたの?」



 まさかその勇者本人だとは思いもしないアンジェリカが、リサの不自然な様子が気になって尋ねましたが、



「……あはは……はぁ……」



 リサはただ疲れた笑みを浮かべることしかできませんでした。



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