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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
89/382

吸血鬼のお茶会


 ある春の日の夕暮れ頃。

 迷宮都市から山をいくつか超えた先の小さな村にて。



「よし! これだけあれば充分よね」


「うん、魔王さまたち喜んでくれるといいね」



 吸血鬼の少年少女、アンジェリカとエリックの二人は手にした布袋のずっしりとした重みを確認して言いました。袋の中には、二人が近くの山で集めた山菜がどっさりと入っています。



「天気もいいし、今から飛んでいけば二時間くらいかしら?」


「でも風向きがちょっと悪いみたいだよ。途中で追い風になってくれたらいいけど、もしかしたら三時間くらいかかるかもね」



 吸血鬼の血が混ざっている二人は、夜であれば背中から羽根を生やして空を飛ぶことができます。ですが、どうやら今日の風向きはあまりよくないようです。



「そうね……そうだエリック、ちょっと手を出して?」


「え、うん? ……わっ!?」



 アンジェリカはエリックの手を取ると、おもむろに彼の手の甲に、かぷ、と尖った牙を突き立てました。そして数秒後。



「……ん、これでよし。これなら三十分もかからないわ。ほら、エリックも吸って」


「もう、血を吸うならやる前に言ってよ。いきなりだとビックリするから」



 そう抗議しながらも、今度はエリックがアンジェリカの手から血を吸います。彼らは人間としての血の方が濃いせいか、いわゆる普通の吸血鬼のような生きるための吸血行為は必要ないのですが、こうして血を吸うことで一時的に吸血鬼としての能力を強化することができるのです。一種のドーピングみたいなものでしょうか。


 噛み傷自体はすぐに治りますが、痛いのはイヤなので普段は滅多にやることはありません。ですが、今回は早く目的地に辿り着くことを優先したようです。



「さ、それじゃ行くわよ」


「うん、行こうか」



 二人は背中からいつもより大きな羽根を生やすと、向かい風を切り裂くような猛スピードで迷宮都市の方向に向けて飛び立ちました。





 ◆◆◆




「ここであってるはずよね?」


「うん、たぶん……」


 村を飛び立ってからおよそ三十分後、アンジェリカとエリックは大勢の人が行き交う迷宮都市の大通りで呆然と立ち尽くしていました。

 前々回来た時はただの洞窟だったのに、前回はその上に大きな建物がいくつもあって随分と驚かされたものです。しかし、今回の驚きはそれ以上でした。



「……街って、こんなすぐできるものなのかしら?」


「普通はできないと思うけど……でも、魔王さまだし」


「それもそうね、魔王さまだもんね」



 二人が見たこともないほど大きな街が、ほんの数ヶ月で出来ていたことには驚きましたが、何度か会ったことのある魔王のことを思うと不思議と納得できてしまいました。



「どうせだから魔王さまのお店に行く前に見て回りましょうよ」


「そうだね、夜なのにこんなに賑わってるなんて、もしかしたらお祭りでもやってるのかな?」



 まだ好奇心旺盛な年頃の二人は、初めて見る大きな街に興味津々です。それに昼間よりは若干人通りが少ないとはいえ、まるで祭りと見まがうほどの大勢の人々が通りを歩いています。


 夜とはいえ、まだまだ日が落ちて間もない時間帯ですから営業している酒場や食堂も沢山あります。お金はあまり持ってないのでショッピングを楽しむというわけにはいきませんが、通りを歩いているだけでも充分に楽しめそうです。



「わぁ……!」


「うわぁ……!」



 大通りを街の中心に向かって歩いていく途中には、食べ物の屋台があったり、大道芸を披露している芸人がいたり、物語を唄っている吟遊詩人がいたりと、見ていて飽きることがありません。



「あ、あの髪留め可愛い……でもお金が、ガマンガマン」


「アレのこと? うん、ちょっと高いね」



 道の途中でアクセサリーの販売をしている露天がありました。

 アンジェリカは、そこに並んでいた髪留めに興味を惹かれて値札を確認しましたが、どうやら手持ちのお金ではちょっぴり足りないようです。小さな琥珀の飾りが付いた髪留めは高級品というほどではありませんが、子供のお小遣いでポンと買えるほどではありません。


 ですが、アンジェリカの物欲しげな様子を見ていた露店の店主がエリックに声をかけてきました。



「やぁやぁ、そこの坊ちゃん、少しオマケしとくから可愛い恋人にプレゼントなんてどうだい?」



 店主が提示した金額ならば、二人の手持ちを合わせればどうにか買えそうです。



「じゃあ、この髪留め下さい」


「いいの? でも、エリックにもお金を出してもらうのは……」


「ボクはべつにいいよ、欲しかったんでしょ? それに、遠慮なんてアンジェリカらしくないよ」



 そう言うと、エリックは店主にお金を払い、購入した琥珀の髪留めをアンジェリカに渡しました。



「はい、どうぞアンジェリカ」


「……ありがとうエリック、ずっと大切にするね」



 けして高級品というわけではないありふれた髪留めですが、アンジェリカはそれがまるで世界中の何よりも価値のある宝物であるかのようにぎゅっと胸に抱きました。



「それじゃあ、そろそろ魔王さまのお店に行こうか。あ、それと」



 露店から離れる間際、エリックは振り向いて店主に言いました。



「ボクとアンジェリカはべつに恋人じゃないですよ……えっと、アンジェリカ、なんでボクのほっぺたをつねるの?」


「……知らない!」



 どうやらエリックにはまだまだ乙女心の勉強が足りないようです。




 ◆◆◆




「こんばんは、アリスさま」


「こんばんは、これお土産の山菜です」


「あら、いらっしゃい。まあ、フキノトウに百合根にタラの芽……こんなに沢山ありがとうございます」


 三度目の訪問ともなると慣れたもので、アリスは快く二人を迎え入れました。手土産の山菜も喜んでいるようです。



「そうだ、魔王さまがさっきから新メニューの試作をしているんですけど、よかったら試食を手伝ってもらえますか? いま作っているのは甘いお菓子なんですけれど。たしか甘い物は好きでしたよね?」


「「はい!」」



 アリスが「手伝って欲しい」という言い方をしたのは、恐らくはあまりお金を持っていないであろう二人に気負わせないための方便の意味合いもありましたが、試食役が欲しかったのもまた本当でした。



「最近は子供のお客さんが増えてきて、それでメニューを増やそうと思ってるんです」



 元々は街から離れていたせいで子供のお客というのはほとんどいなかったのですが、立地条件の変化によってか最近は小さな子供が来ることも増えてきました。


 そこで子供向けの新メニューを色々と開発しているのですが、肝心の子供にウケるかどうかは感性の違いのせいで大人が試食しても分かりづらいのです。ですから試食役を頼める子供というのは店側としても渡りに船でした。



「それでは、食べて気付いたことがあれば遠慮なく言ってくださいね」


「は、はい……」


「こ、こんなに……」



 アリスが試作中のメニューを運んでくると、テーブルの上はお菓子の皿で埋め尽くされんばかりになりました。


 プリンにケーキにアイスにゼリー、クッキーやチョコレート、キャンディにエクレア、キャラメル、ワッフル、お饅頭、もなか、杏仁豆腐……、それ以外にも数え切れないほどのお菓子が並びました。色とりどりで形も様々、まるでお菓子でできた宝石箱のようです。


 しかもそれぞれのお菓子に色々な種類、たとえばプリンだけでもカスタードやミルクや抹茶などがあり、とても子供二人で食べきれる量ではありません。一つ一つは小さめのサイズですが、それでも全部食べたらお腹がパンクしてしまうかもしれません。



「無理はしないで、食べ切れなかったら残して下さいね」


「すごく美味しそうだけど……」


「が、がんばります……」



 あまりの量に物怖じしながらも、ともあれアンジェリカとエリックは試食を開始しました。



「このお茶のクッキー、美味しいわよ」


「うん、でも小さい子にはもう少し苦みを抑えた方がいいかもね」


「このチョコレートって、もっと色んな形があったら楽しいと思わない?」


「動物の形とかどうかな? 男の子だったら剣とか盾の形も」


「ハッカ味って美味しいわ、スーッてするのが好きよ」


「ボクはちょっと苦手かな」


「コーヒー味ってあんまり好きじゃないわ、だって苦いんだもの」


「そう? ボクはけっこう好きだけどな」



 そんな具合に次々と食べては感想を言い合います。中には苦手な味があったりもしましたが、それもまた貴重な意見。アリスも仕事の合間にちょくちょく感想を聞きに来ては細かくメモを取っています。


 時折、砂糖の入っていない紅茶で舌を休めながら、二人はどんどん食べ進めていきました。



「お疲れさまです、参考になりましたよ。余った分は持って帰れるように包んでおきますね」


「ご、ごちそうさまでした……」


「もう、入らないです……」



 およそ一時間ほども食べ続けていましたが、どうやら二人とも満腹したようです。



「ところで今日は泊まっていきますか? それなら宿に部屋を用意させますが」


「これから帰るのもキツイしお言葉に甘えようかしら?」


「そうだね、いま飛んでもお腹が重くて途中で落ちちゃいそうだし」



 前回も泊まりだったので、今回もそうなるかもしれないとは事前に家族には言ってあります。二人はアリスの勧めに従って宿に泊まることにしました。



「よかったら、明日帰る前にでも街を見て回るといいですよ。そうだ、リサさん……私の友達もちょうど明日街の見物に来るって言っていましたし、一緒に回るのもいいかもしれませんね」



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