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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
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冒険者たちの宴


 ある日のこと、迷宮都市の冒険者ギルドに併設されている訓練場で、若い冒険者たちが訓練に励んでいました。



「五、六……七、ぐ……っ!」


「あと三本だ、アラン! 頑張れ!」


「八、九……十!」


「よし、やったな!」



 バーベルスクワットで下半身の強化に励んでいたアランは、見事に目標回数を達成しました。こうして限界まで追い込むことが地力を伸ばすためには大切なのです。トレーニングによって足腰が強くなれば剣の威力や剣筋の安定感も増すことでしょう。


 限界まで筋肉を酷使したせいで脚が痙攣するかのようにガクガク震えていますが、それでもアランと補助に付いていたダンは満足気に笑みを浮かべています。



「よし、次はオレの番だな」


「じゃあ、今度はこっちが補助に付くよ」



 アランと交代して、今度はダンが床に置いたバーベルを前に呼吸を整えました。先程のアランの使っていたバーベルより更に大きなそれを前傾姿勢で持ち、そして床からゆっくりと腰の高さまで持ち上げました。足腰と背中の筋肉をフルに活用したデッドリフトという種目です。


 デッドリフトは高いトレーニング効果の反面、腰に負担がかかりやすくフォームが悪いと身体を痛めやすいのですが、ダンは慣れた様子で危なげなくバーベルを上げました。


 この後も二人はダンベルカールやリストカール、ベンチプレスやドラゴンフラッグなどの種目を順番にこなして全身の筋肉を虐め抜きました。



 そして彼らが二時間に及ぶトレーニングを終えた頃、



「ふぅ……お疲れさま。ちょうどそっちも終わったみたいね」


「疲れました~……」



 迷宮都市の外周で走り込みをしていたエリザとメイも訓練場まで戻ってきました。彼女たちは戦闘においては魔法による攻撃や回復を担当していますが、だからといって体力の練成はおろそかにできません。

 冒険者という稼業は、いざという時にどれだけ走れるかが生死を分けることも少なくないのです。エリザもメイも前衛職のような筋力はありませんが、重い装備や荷物を持ったまま走れるように、こうして日頃から訓練しているのです。




 ◆◆◆





 トレーニングを終えた四人は訓練場を出ると、そのままギルドの近所にある公共浴場に向かいました。この街の地下には湯脈が通っており、それを利用した公共浴場が何箇所かあるのです。料金が安く広くて清潔なので、家に風呂を持たない住人や旅人から人気を博しています。非常に残念ながら中は男女別に分かれていますが。


 アランとダンの二人は女性陣と別れて更衣室に向かって服を脱ぎ、浴場内に足を踏み入れたところで知り合いを発見しました。



「お疲れさまです、ガルドさん」


「お疲れさまっす」



 身長二メートル近くあり、全身に分厚い筋肉の鎧を纏ったガルドは浴場内の裸の男たちの中でも一際目立っています。腕の太さなど子供の胴くらいはありそうです。その強面と巨躯、全身の傷跡からはとても堅気には見えませんが、実際には甘い物をこよなく愛し、面倒見のいい気さくな人物です。



「おう、お前らか、最近がんばってるみたいじゃねぇか」



 全裸のガルドが全裸のアランと全裸のダンに気付いて返事をしました。浴場内なので何一つ不自然な点はありません。


 全裸の三人は並んで熱い湯につかり、一息ついたところでガルドが二人に聞きました。



「そうだ、お前らこのあと空いてるか?」


「はい、空いてますけど」



 予定がないことを確認したガルドは言葉を続けます。



「じつは最近イイ店を見つけてな、俺のオゴリで一緒に行かねえか。頑張ってる後輩にご褒美だ」


「ありがとうございます!」


「さすがガルドさん、太っ腹っすね!」



 オゴリと言われて二人の若者は即座に頷きました。最近収入が増えてきたとはいえ、オゴリを断る理由はありません。



「あれ、でも最近見つけたってことは魔王さんの店じゃないんですか?」


「珍しいっすね、ガルドさんが他の店に行くなんて?」


「ああ、その店は食い物はどっちかというとオマケでな。ほら……アレだ、金払って可愛い子と遊ぶ店だよ。お前らも行ったことはなくてもそういう店があることは知ってるだろ」


「……ええ、まあ」


「……そりゃ、一応は」



 アランとダンはガルドの言う「お店」のことを聞いて顔を赤くしました。彼らも若い男なので内心ではそういう分野にも興味津々なのですが、それを大っぴらに言うのはまだ恥ずかしいお年頃なのです。




 ◆◆◆




「ふーん……」


「へぇ~……」


「いや、これはその……」


「そ、そうだ、オレたちは誘われただけで……」


 公衆浴場を出た後、アランとダンの二人は女性陣二人から冷たい視線を受けて縮こまっていました。風呂上りだというのに、冷気を伴うような冷たい視線を受けて、今にも凍えてしまいそうな有様です。彼女たちの表情はニコニコと笑みの形をしていますが、その目はまったく笑っておらず、小動物くらいなら視線だけで射殺せそうな鋭さです。


 それというのも、この後別行動を取りたいと言ったアランにエリザがその理由を尋ね、最初はどうにか誤魔化そうとしていたのですが、



「これから、俺のオゴリで金払って可愛い子と遊ぶ店に行くんだよ、がっはっは」



 などと空気を読まずにガルドが言ってしまったからです。

 若者の感性を失くして久しい年齢のガルドには、繊細な若者たちの心理が理解できなかったようです。



「別に全然怒ってないわよ、ゆっくり楽しんできたらいいんじゃないかしら」


「そうですよ~。なんでわたしたちがそれで怒るんですか~?」



 エリザとメイは口では怒ってないと言っていますが、その視線と言葉は更なる冷気を伴って、もはや比喩ではなく周囲の道や物が凍りつきはじめました。あまりの怒りから無意識かつ無詠唱で魔術が発動しているのです。


 ちなみに無詠唱はかなりの高等技術で、彼女たちは本来であればまだ使えないのですが、怒りで脳のリミッターでも外れたのか見事に成功していました。もっとも怒りで視界が狭まっているせいでそのことに気付いてはいませんでしたが。


 ですが、一触即発というか一方的に男性陣が氷漬けにされそうな状況で、良くも悪くも若者心も乙女心も分からないガルドは、エリザとメイにこう言ったのです。



「おいおい、そんな怖い顔してどうしたんだよ? ちゃんと嬢ちゃんたちも連れてってやるから心配すんなって」


「「「「……え?」」」」





 ◆◆◆




「ふふ、可愛いわねぇ」


「可愛いですね~。わっ、この子の毛ふわふわですよ~」


 先程の剣幕はどこへやら、エリザとメイはガルドの行きつけの猫カフェで大いに癒されていました。


 白、黒、茶色、毛の長さや質感も様々。しつけが行き届いているのかどの猫もおとなしく、抱き上げたり膝の上に乗せたりしても暴れたりはしません。


 中には尻尾が二本あったり、どう見ても猫じゃなく虎だったり、鳥のような羽が背中にある猫っぽいだけの謎生物も混ざっていますが、普通に可愛がる分には暴れたりしないのでセーフです。



「どうだお前ら、いい店だろう?」


「はい……可愛い子って……」


「そうっすね……はあ……」



 アランとダンはガルドのせいで無駄に傷ついた精神を猫によって回復している最中です。エリザとメイには最初から猫カフェに行くつもりだったと信じてもらえましたが、死んだ魚のような虚ろな目をして膝の上の猫を撫でている様子からすると、まだまだ完全回復には時間がかかりそうです。



「ほら、注文が来たぞ。この店はラテアートも猫の顔にしてくれるんだ。それにここはマカロンが美味いんだよ。俺のオススメはピスタチオだな。たくさん頼んだからじゃんじゃん食えよ」


「あら可愛い、ミルクの泡が絵になってるのね」


「いただきます~」



 外側のマカロン生地はサックリと、中のクリームはねっちりと、異なる食感の生地とクリームが口の中で溶けていくのは官能的ですらあります。



「はっはっは、俺もたまには先輩らしいことをしとかんとな」



 久々に先輩らしいことができて上機嫌のガルドは満足気にマカロンを頬張りました。



・裏設定

この猫カフェはコスモスが副業でオーナーをやっているお店です。出所不明の謎生物がいるのはそのせいです。

コスモスは趣味と実益を兼ねて猫カフェ以外にもいくつかのお店を経営しています。あくまでもオーナーであり実務的なことは彼女が雇った店長に任せているので、多少おかしい所はあっても常識的かつ健全に運営されています。基本的に口を出さない方がいい結果になるのです。

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