夢話・名探偵コスモス
「犯人はこの中にいます」
絶海の孤島に建つ古びた洋館の大広間で、トレンチコートに身を包み、ハンチング帽をかぶって口にパイプをくわえたコスモスが、周囲を睥睨しながらそう言い放ちました。
ちなみにパイプは格好が良いからくわえているだけで、本当に煙草を吸っているわけではありません。飲酒喫煙は二十歳になってから。コスモスはまだ0歳なので吸えないのです。
現在、この大広間にはコスモス以外に五人の人物がいます。
大広間に集められた彼らはコスモスの言葉に動揺を隠せないようです。つい先程、この洋館で発生した凄惨な事件、その犯人が自分たちの中にいると言われたのだから無理もないでしょう。
被害者の神子は鍵のかかった室内で倒れており、不審に思ってドアを強引に蹴破るまでは室内は完全な密室状態、神子はその密室の中で窒息していたのです。発見が早かった為どうにか一命は取りとめましたが、まだ意識を失っている状態なので大広間のソファに寝かせてあります。
◆
「コスモス、本当に僕たちの中に犯人がいるのかな?」
五人の容疑者の中の一人、魔王がそう尋ねました。
コスモスはその疑問に迷わず答えます。
「はい、もしかすると犯人はこの中にいるんじゃないかな、と思います。多分」
微妙に言葉を濁しました。
じつはまだ推理に迷いがあるようです。
◆
「でも、現場は密室でした。事故という可能性は?」
容疑者の一人、アリスが当然の可能性を指摘しました。ですが、コスモスはやけに自信を持ってその可能性を否定しました。
「はあ? アリスさま本気で言っているのですか? こんな絶海の孤島の洋館での事件ですよ。こんな絶好のシチュエーションで事故だなんてあるはずがありません」
コスモスはメタ的な視点から事故の可能性を否定しました。
ですが、その言葉には不思議と説得力があったようで、その場の面々は「なるほど、流石は名探偵」などと納得して頷いています。この場に犯人がいるかどうかはまだ不明だとしても、この場にアホしかいないのは確かなようです。
「ついでに言っておきますと、現在この絶海の孤島は現在季節はずれの大吹雪と落雷と砂嵐と光化学スモッグに見舞われて、もちろん電話線も一ミリ刻みでズタズタに切れています。更にこの島には代々伝わる意味ありげな童歌や、これ見よがしな暗号、埋蔵金が埋まっている噂やらがあってネタには事欠きません」
ちょっと要素を盛りすぎた感すらありました。ここまで来ると事件よりも館が倒壊しないかどうかを気にかけた方が良いような気もします。
◆
「そうだ、リサさま。今夜は入浴しないよう気を付けて下さい」
三人目の容疑者、リサにコスモスが忠告をしました。
「なんでですか、コスモスさん?」
「セクシー担当の女性キャラは、大抵二番目か三番目あたりに殺されると相場が決まっているのですよ。こう、シャワーシーンで犯人が背後から近寄ってきて、最終的には素っ裸でバスタブに浮いてたりするのです。アリスさまなら体型からいっても色気不足でジャンル外なのでお風呂に入っても多分大丈夫だと思いますが」
あらゆる意味で酷すぎる発言でした。
「そもそも、わたしと魔王さんとアリスちゃんと、三人もワープ的なことができる人がいるのに密室トリックも何も……正直、孤島とか悪天候も意味ないですし」
「それもそうですね」
なんとも密室ミステリと相性の悪い面々でした。
◆
「コスモスさま、少しよろしいですかな」
「なんでしょう、クロードさま」
第四の容疑者、館の執事であるクロードがコスモスに問いました。
「あの、なんで私ここにいるんでしょうか? あ、容疑者としてではなく配役的な意味で。メインキャラの方々の中で脇役の私だけ場違いではないでしょうか?」
「ああ、既存キャラの中で他に執事役ができそうな方がいなかったのです」
もはやメタネタという次元すら超え、登場人物が自分の配役に疑問を呈しだしました。もはや事件のことがどうでもよくなりつつあります。タイトルの時点で夢オチが確定しているからといってあまりに酷すぎるシナリオです。
「それで年配の執事役のクロードさまには、この島に古くから伝わる童歌をお教え願おうかと。こういうのが事件解決の役に立ったり立たなかったりするのです」
「はい、では僭越ながら、ゴホン……HEY,YO! YO! 孤島に登場! 犯人参上! 現場は惨状! 犯行上等! 熱いリリック刻むぜBABY! HEY! YO! チェケラ! ……以上でございます」
古くから代々伝わるという設定の歌は何故かラップ調でした。
しかし不幸中の幸い、BADな事件のせいでCOOLになっていたメンバーのハートも熱いリリックのおかげですっかりHOTになりました。
◆
「そして最後の容疑者が貴方ですね。ええと、ジェイソン岡田さま」
「~~~~~~っ!」
コスモスが五番目に話しかけた奇声を発している大男は、ジェイソン岡田という名のポッと出の新キャラでした。ぶっちゃけ出オチです。顔にはホッケーマスクをかぶり、手にはチェーンソーを持っています。
「いえいえ、人を見た目で判断するのはよくありません。ここまで露骨だと逆に犯人っぽくない気がします」
「~~~~~~~~~っ!」
「なるほど、お仕事は林業をされていて、休日はホッケーの社会人サークルで活動していると。ならばその格好にも説明がつきますね」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ♪」
理解を得られたことを喜んでか、奇声が微妙に嬉しそうな感じになりました。
◆
一通り全員の話を聞き終えたコスモスはわざとらしいタメを作って宣言しました。
「なるほど……分かりました。この事件の真犯人は……」
「あの、よろしいですか?」
と、コスモスがセリフを言い終える前に、気絶していた神子が目を覚ましました。
「申し訳ありません。お手数をおかけしたみたいですね」
「おや、もうお身体は大丈夫ですか?」
「はい、今度からはお餅をいただく時にはもっと気を付けるようにしますわ」
そう、この事件の真相、それは神子が鍵のかかった部屋で餅を食べていて喉に詰まらせたというだけの事でした。
「そう、この事件の真犯人は被害者自身、つまりは神子さまだったのです」
「ええ、まあ最初から皆知ってましたけどね」
ドヤ顔で神子を指差して宣言したコスモスにアリスがツッコミを入れました。なにせ先程大広間に来る前まで、餅を喉に詰まらせた神子を助けるために皆で大変だったのです。
最終的に、掃除機の吸い口を、ジェイソン岡田氏が見つけてきた細いノズルに交換して口の中に突っ込み、喉の奥から餅を吸い出すことで事なきを得ましたが。
「せっかくのソレっぽい状況なので探偵ごっこをしてみたかっただけなのです。結構楽しかったですよ。皆さまもノッていただきありがとうございました」
これが、今回の事件の真相でした。
◆◆◆
「…………」
夜明け前に目を覚ましたアリスは、先程の夢の内容を思い出し、なんとも微妙な表情を浮かべました。夢というのは大抵支離滅裂なものですが、それでもさっきの夢はいくらなんでも酷すぎました。
「……二度寝して忘れましょう」
あまりに酷い内容を記憶に留めておくのがイヤだったアリスは、ベッドから起き出すことなく即座に二度寝を決め込みました。幸い、次に起きた時には先程の夢の記憶は綺麗サッパリなくなっていたそうです。
酷い事件だったね……