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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
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勇者再臨 with 硬骨魚類


「ふう……落ち着きますねぇ」


 どうも皆さん、こんにちは。

 毎度おなじみ元勇者で現女子高生の一ツ橋リサです。


 本日土曜日、学校が半ドンで終わったわたしは、夕方からお祖父ちゃんと一緒に海釣りに来ています。わたし自身は別に釣りが趣味というワケではないのですが、こうして心安らかに釣り糸を垂れていると気分が落ち着くものです。


 なにせ最近は学業やお店の手伝いの合間に、人知れず銀行強盗を捕まえたり、ハイジャック犯を捕まえたり、原子力潜水艦をジャックしたテロリストを捕まえたり、豪華客船を乗っ取ったシージャック犯を捕まえたりしていたので、なかなか心休まるヒマがなかったのです。


 ちなみにそれらの事件は、たまたま現場に居合わせた元特殊部隊のコックさんや元特殊部隊の保安官さん、元特殊部隊の謎の関西人さんなどのご協力もありまして、全部無事に解決しましたのでご安心下さい。なぜか内容と関係なく『沈黙の○○』というタイトルを付けられるシリーズ映画が頭をよぎりましたが、実際そんな感じの事件でした。幸い人死には出ませんでしたが。


 まあそんなわけで少々精神的な疲労が溜まっておりまして、今日はこうして太公望を気取って心穏やかに釣り糸を垂れながら余暇を満喫しているのです。



【我が主よ、少し年寄り臭いぞ】



 失礼な……自分でも薄々思っていましたけど。


 まあ、そういった個人的な事情はさておき、今日の釣りの獲物はアナゴです。いいですよねアナゴ。お寿司に天ぷら、焼きアナゴもいいですしお鍋の具材にもなります。


 お祖父ちゃんが知っていた穴場の堤防で釣っているのですが、用意してきたクーラーボックスはすでに一杯で溢れんばかりです。


 アナゴは夜行性なので夕方六時のあたりから釣り始めたのですが、八時前にはもう食べきれないほど釣れました。何匹釣ったのか途中から数えていませんが、恐らく三十匹以上はいるのではないでしょうか。お祖父ちゃんも驚いていますし、わたしには釣りの才能があるのかもしれませんね。



【我が言うのもどうかと思うが、こんな釣り方では才能も何もあるまい】



 ……はい、ごめんなさい。

 実はわたしズルしてました。


 最初の三十分くらい普通にやって全然釣れなかったので、こっそり聖剣さんを釣り針にして使用しているのです。海面下なので直接は見えませんが、自律的に判断&変形してアナゴの口に自ら刺さりに行くのですから才能なんて関係なく誰でも釣れるでしょう。

 あまりに理不尽な仕様で、アナゴに対してちょっと申し訳ない気分です。せめて、あとで美味しく食べて供養することにしましょう。


 この後も九時過ぎまで釣り続け、最終的には五十匹を超える大釣果となりました。





 ◆◆◆





「どうしましょうね、このアナゴ?」


 釣りに行ってから二日後の月曜日、わたしは大量のアナゴの使い道に頭を悩ませていました。昨日は三食アナゴ尽くしを堪能したのですが、流石にバリエーションが出尽くしました。まだまだ沢山残っているのですが、どうやって消費しましょう。


 和食のお店なら色々と手はありそうですが、うちは洋食屋なのでアナゴの使い道というのはあまりないのです。せいぜいムニエルやフライにするくらいでしょうか。


 ご近所にもお裾分けしましたが、一般家庭でアナゴを捌くことなどそうありません。アナゴを捌くのは普通の魚に比べて大変なのであまり沢山あげても逆にご迷惑でしょう。



「あ、そうだ。お祖父ちゃん、このアナゴお友達にあげてもいい?」



 良い事を思いつきました。要するに一般家庭以外で、なおかつ大量に消費できそうな所にあげればいいのです。


 えへへ、喜んでくれたらいいな。





 ◆◆◆





 迷宮都市の地下、魔王のレストラン前の空間に突如裂け目が現れました。



「うん、ちゃんと来れました」



 空間の裂け目から出たわたしは、無事に異世界に来れたことを確認してホッと一息つきました。ですが念の為、最初の穴が閉じる前に今度は日本に通じる穴を開けるか確認しました。いざとなれば最初の穴が閉じきる前に急いで戻らないといけません。



「戻るのも大丈夫みたいですね」



 ちゃんと自分の部屋に通じる穴を開けることができました。

 心配が過ぎるように思われるかもしれませんが、また帰れなくなるのは御免ですから。幸い自由に行き来できるようなので心配は杞憂に終わりました。


 さて、目の前には見慣れた魔王さんのレストランがあります。



「寝癖とかついてないよね?」



 特に他意はありませんが、店に入る前に念の為手鏡で髪をチェックしました。服装は学校の制服のまま来ましたけど、もっと可愛い服に着替えてきた方が良かったでしょうか。いえ、他意はありませんが。


 そういえばこちらの世界は今何時でしょう?


 日本だと今は夕方でしたが、こっちの世界と時差とかあるんでしょうか。早朝や深夜だったら出直してきた方がいいかもしれませんし。


 ですが、時間の確認をするよりも前にレストランの扉が開きました。



「あら、リサさんいらっしゃい」


「あ、アリスちゃん、お久しぶり……ええと、また来ちゃいました」



 わたしの気配を感じたアリスちゃんがお店から出てきたのです。いっそ一度地上に出て日の高さを確認しようかとも思っていたのですが手間が省けました。


 わたしは肩紐を引っ掛けて持っていたアナゴ入りのクーラーボックスに目をやりました。



「じつは一昨日アナゴ釣りに行きまして、アナゴのお裾分けにきました」



 大型のクーラーボックスの中には三十匹ものアナゴが入っています。さっきうちの冷蔵庫から出して来たばかりなので鮮度的にも問題ないでしょう。



「あら、こんなに沢山、ありがとうございます。魔王さまも喜ぶと思いますよ」



 どうやら喜んでくれたようで良かったです。



「せっかく来たんですし、よかったら何か食べていきますか?」


「そうですね、せっかく来たんですし」



 このままアナゴだけ渡して帰るというのも味気ないですし、お言葉に甘えることにしました。



「……あ、でもわたしこっちのお金持ってないです」


「別にお金はいいですよ。リサさんは身内みたいなものですし」



 こっちの世界では一文無しだったのを思い出しましたが、持つべきものは友達です。少々心苦しいですが、お言葉に甘えてご馳走になることにしました。勇者時代なら国がスポンサーに付いていたので金銭面の心配はなかったのですが、今後もこっちの世界に来るなら何か金策を考えた方がいいかもしれませんね。



「魔王さま、ほら、リサさんにアナゴをいただきましたよ」


「これはすごいね。リサさん、ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして」



 厨房で仕込みをしていた魔王さんにも挨拶をして、店内で待たせてもらうことにしました。開店前なのでまだ他のお客さんはいません。しばらく前には毎日のように通いつめた店内に、さほど時間は経っていないというのに懐かしさを感じました。


 そういえばここに最初に来た時、わたしったらホームシックで大泣きしちゃったんでしたっけ。思い出したら今更ながらに恥ずかしくなってきました。



「でも、ここは落ち着きます」



 色々と恥ずかしい思い出もありますが、この場所は異世界で一番長く過ごした、わたしにとって特別な場所なのだと再認識しました。まるで日本の自宅とおなじような安らぎを感じます。今度から宿題とか試験勉強もここでやれば捗るかもしれませんね。



「そういえば、リサさん。少し気になったんですけど」


「なんですか、アリスちゃん?」


「こっちの世界と自由に行き来できるようになって結構経ちますけど、なんですぐに来なかったんですか?」


「あ~……それはですね、しいて言えば気分の問題といいますか……」



 それほど明確な理由があって来なかったワケではないのですが、日本に戻った時はてっきり、もう二度とこっちの世界に来れないものだとばかり思っていたのです。

 いわゆる『感動の別れ』みたいな雰囲気を出して帰った人間が、普通にまたこっちに来て知り合いに会ったらちょっと気恥ずかしいじゃないですか。


 例えるなら、親御さんの転勤で引っ越すことになった学生さんが、送別会をやったり寄せ書きを書いた色紙なんかを受け取った後で、急遽転勤が中止になって元の学校に居残り続けるような気分、みたいなものでしょうか。お別れせずに済んだのはいいとしても、かなりの気まずさを感じるかと思います。



「まあ気まずいのはガマンして、今度こっちの知り合いに挨拶回りにでもいきましょう」



 神子さんに女神さま、王様や騎士さんたち、魔族やホムンクルスの皆さん、といったところでしょうか。そうそう、女神さまには聖剣さんのバージョンアップの要望も出しておかないと。



「お待たせしました。天ぷらを揚げてきましたよ」



 アリスちゃんと話しながら待っていると、魔王さんが料理の載ったお皿を持って現れました。どうやらさっき渡したアナゴの天ぷらのようです。



「いただきます」



 揚げ物はなんといっても熱いうちが華。

 早速アナゴ天を一ついただきました。


 さっくりとした衣の歯ごたえを感じながら一口分を噛み切り、口の中で転がします。まず感じるのは舌を火傷しそうな熱さ、これぞ揚げたての醍醐味です。衣の中に隠れているアナゴは肉厚で、ほくほくぷりぷりとした身の甘さと旨味がなんとも言えません。


 アナゴの天ぷらは昨日も家で食べたのですが、まるで飽きる気配がありません。いくらでも食べられそうですが、今日はこれから家に帰って夕食を食べるつもりなので一つだけで止めておきました。


 魔王さんに頼めば追加で揚げてくれそうですけど、あと一つくらいなら、という甘い誘惑に乗ると後が大変なのです。おもに体重的な意味で。


 天ぷらはちょうど三つあったので魔王さんとアリスちゃんも食べ、それから開店までまだ少しあったのでお互いの近況を話しました。


 なんと、このレストランの真上には今では大きな街が出来ているのだとか。今日は夕食までに帰るつもりですが、今度時間がある時にでも見物に行こうと思います。

 それ以外にも最近新しくできた常連さんのことや、前にわたしも一緒に作ったケーキのゴーレムの話なんかを聞きました。知り合いの方々も日々元気に平和に過ごしているようで安心です。


 反対に、わたしが巻き込まれたというか首を突っ込んだ『沈黙の○○』みたいなタイトルが付きそうな事件の数々や、日に日にエスカレートしていく聖剣さんの兵器化の件などを話したら二人に心配されてしまいました。一応、聖剣さんには核関連には手を出さないようにお願いしてあるので最悪の事態にはならないと思いますが。


 聖剣さん自身も最近気付いたそうですが、ほぼ無限に複製可能でいくらでも使い捨てできるという特性をフルに活かすには、剣や槍などの近接武器よりも銃火器や爆弾の方が向いているのだとか。正直、永遠に気付かないでもらいたかったです。



 ピ、ピ、ピ、と我が家の夕食時間の五分前にセットしておいたスマホのアラームが鳴りました。



「今日はそろそろ帰りますね」



 話していた時間は一時間もなかったですが、そろそろ帰る時間です。



「では、また今度近いうちに来ますね」


「ええ、またいつでもどうぞ」


「いつでも歓迎しますよ」



 そして、わたしはレストランの店内から自宅へと戻りました。前に比べてあまりに簡単に帰れるので拍子抜けしそうです。別に難易度は求めていないので簡単なことに不満はありませんけれど。イージーモード最高です。



「ふふ、楽しかったな」



 次はいつ行きましょう。向こうでの用事も色々できたし、ちゃんと予定を組まないといけませんね。




 ◆◆◆




【ところで我が主よ、良かったのか?】


「何がです?」


【我は男女の機微に詳しいワケではないが、それでも想い人への初めての贈り物が魚というのは女としてどうかと思うぞ】


「な、な、何を言ってるんですかね!? そ、そんなことあるワケないじゃないですか、あはは……」


【む? てっきり我が主は魔王に懸想しているものだと思っていたが……、ああそういうことか。いや済まぬ、我の気のせいだった。さっきのはただの戯言だ、忘れてくれ】


 何かを見透かしたような聖剣さんも気になりますが、さっきのアナゴが魔王さんへの初めての贈り物だったことに言われて初めて気付きました。いえ、他意はないですが!



 初めてのプレゼントが魚類。

 ……わたしの女子力が行方不明です。



親の転勤云々のくだりは作者が小学校低学年の時に実際ありました。

マレーシアへの海外転勤の予定だったらしいですが、あの時中止にならなかったら今頃全く別の人生を歩んでいた気がします。

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