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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
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冒険者のお弁当事情


 今、迷宮都市では持ち帰り料理が熱い!



「さあ、どうだい! 焼肉入りの握り飯だよ!」


「美味くて腹にたまる炒り卵とベーコンのサンドイッチだ!」


「そこの旦那方、お安くしとくからハンバーガーは如何?」



 商売っ気がない魔王が惜し気なく、この世界ではまだ珍しい料理のレシピを公開している上に(売店で安価で購入可能)、人間界では稀少な食材も迷宮都市では普通に手に入るので、現在この街ではちゃんとした店構えの料理屋から露店売りの屋台まで様々な飲食店が次々にオープンしています。


 その中でも比較的簡単に作れる上に、この街に多い行商人や冒険者に需要が高い持ち帰り料理を扱うのが狙い目とされているのです。おにぎりやサンドイッチなどは比較的簡単に作れる上に、大きな設備はいらないので商売を始める初期投資も安く済むのです。


 今もあちらこちらで客引きや買物の声が飛び交っています。



「美味そうだな、十個ばかり包んでくれ」


「へい、毎度あり!」


「あったよ握り飯が!」


「この握り飯が鮭だからちくしょう!!」


「でかした」



 大抵の料理は真夏でもなければ一~二日程度なら日持ちするので、他の街に向けて出発する際に買い込む人はいくらでもいますし、ダンジョン屋という施設を利用する冒険者が昼食として買うこともあります。




 ◆◆◆




 魔王のレストランの常連でもあるアラン、ダン、エリザ、メイの冒険者四人組が、迷宮都市の入口前で出発前の荷物チェックをしていました。隣の街まで移動する行商人から片道二日予定での護衛依頼を受けていて、これから依頼主と合流して出発するのです。



「みんな、準備はいい?」


「おう!」


「ええ、大丈夫よ」


「はい~」



 用意するのは武器に防具、いざという時のための医薬品、清潔な布や替えの下着、何かと便利なロープや筆記具など、そして大事なのが水と食料です。

 少し前までの旅の食事といえば、長持ちだけが取り得のカチカチのパンに干した肉や果物、なんていう水分少なめのメニューが幅を利かせていましたが、最近では前述の食料事情の変化もあって旅の道中でも随分と美味しい物が食べられるようになっています。


 いざという時に備えて水分少なめな方も準備してはいますが、どうせなら旅路だろうと美味しい物が食べたいと思うのが人情というものでしょう。


 待ち合わせの時間まではあと十五分ほど。

 念の為、早めに来ていたアランたちは時間つぶしの雑談をしていました。今回の話題はエリザが出発前に仕入れてきたお弁当についてです。



「魔王さんの所で今日の日替わりを詰めてもらったのよ」



 手にしている六つの紙箱は四人分のお弁当がぎっしりと入っているのでかなり重そうです。紙箱とはいえ水気に強い油紙で作られているので、振り回したりうっかり押しつぶしたりしない限りは料理の汁気が漏れる心配もありません。その気になる中身はといいますと、



「イナリズシっていうんですって」



 箱の一つを開けると、中には俵型のいなり寿司がぎっしりと二十個、そして端の方に口休めのための生姜の甘酢漬け(ガリ)が入っています。何食分かに分けて食べるつもりで、なんと合計六箱、百二十個も買ってきたのです。



「色が二種類ありますね~?」


「ええ、色が濃いのと薄いので味が違うそうよ」


「へえ、気になるね」



 いなり寿司は色が濃い黒っぽい物と、比較的色が薄い物の二種類がありました。



「美味そうだな、ちょっと味見を……」



 ダンが味見と称して手を伸ばそうとしましたが、先読みしていたエリザがすかさず紙箱の蓋を閉じてつまみ食いをブロックします。



「まだお預けよ。休憩時間までのお楽しみ」


「ちぇっ、仕方ないな」



 ここで誰か一人が食べたら、なし崩し的に他の三人も食べ始めるのは明らかです。そうやって予定よりも早く消費してしまって後で困るのも明らかです。なにしろ実際にそうして困った前科があるので身に染みて分かっています。



「お待たせしました、冒険者のアランさんですか?」


「はい、お待ちしてました」



 ちょうど待ち合わせの時間通りに約束をしていた依頼主の行商人が現れました。恰幅の良い中年男性です。随分儲かっているのか、一介の行商人が持つにしてはかなり大きめの馬車を引いています。


 まず最初に冒険者ギルドの印が入った依頼票をお互いに提示して問題がないことを確認しました。冒険者になりすました賊が街から離れた場所で強盗に早替りしないとも限らないので、護衛依頼においてはこういう身分の確認が大事なのです。



「それじゃあ早速出発しましょう、時は金なりですよ」



 隣街への日程はのんびり行けば通常三日弱といったところですが、今回は二日間での強行軍です。早く移動すればそれだけ利益が増えるので、多少の無茶をする商人は少なくありません。今回の依頼人はこうして護衛を雇っているだけまだ慎重な部類と言えるでしょう。


 馬車の中は商品が大量に積み込まれていましたが、いくらかの空きスペースがあったのでアランたちも武装以外の荷物は置かせてもらい、やや早歩きでのお仕事がスタートしました。





 ◆◆◆





 護衛といっても道中は平和なものでした。

 護衛らしい仕事は一度だけ狼の群れが見えたので大声で威嚇して追い払った程度。今いる辺りは見晴らしのいい草原ですし、遠くには薄らと他の旅人の姿が見えています。これならば盗賊の心配もいらないでしょう。



「いいペースですね、これなら予定より早く着きそうですよ」



 春らしいぽかぽかした陽気で、風も穏やかなので天気が崩れる心配もなさそうです。ただ歩いているだけでも心地良く、無理をしているつもりはないのに自然とペースが上がっていたようです。



「そろそろ一度休憩を入れましょうか」



 道沿いに綺麗な川がある所で依頼主が休憩の提案をしてきました。早朝に出発して現在は正午過ぎ。途中で水筒の水を飲んだりはしましたが、そろそろ空腹を覚える頃合です。依頼主の意向に従ってアランたちも休憩することにしました。



「それじゃあ取ってくるわね」


「待ってました!」



 馬に水を飲ませていた依頼主に断って、エリザが馬車に入れていた弁当箱を取り出しました。ダンが思わず歓声を上げるのも無理はありません。なにせ待ちに待った休憩時間です。四人とも周囲を警戒しながらも、ずっと馬車に積んだお弁当が気になって仕方なかったのです。



「たしかイナリズシって名前だっけ?」


「美味しそうですね~」



 紙箱を開けると朝に見た時と同じようにぎっしりと入ったいなり寿司が顔を覗かせました。箱の左右に、黒っぽい濃い色の物と普通のお揚げと同じ狐色の物が分かれて入っています。



「「「「いただきます」」」」



 四人は川の水で手を洗ってから、弁当箱を囲むようにして柔らかな草地に座り、一斉に食べ始めました。



「こっちの具は野菜か。うん、美味しい」



 まず色の薄い方のいなり寿司を一口かじったアランが、中身の具を確認するように言いました。色の薄い方の中に入っているのは、細かくしたニンジン、サヤインゲン、酢漬けのレンコン、水で戻してから煮た干しシイタケなどの野菜類です。それ以外に炒った白ゴマも入っていて、ゴマの香ばしい風味が野菜のシャキシャキした歯ごたえと合わさり食欲をそそります。



「おコメの料理なのに甘いんですね~」



 甘い物が好きなメイは一口食べただけでいなり寿司が気に入ったようです。甘いお揚げを噛むとジュっと甘い味が染み出て、それが中身の具沢山の酢飯と相性バツグン。

 お米自体は魔王のレストランで幾度も食べたことがあるので彼らにとっては馴染みのある食材なのですが、それを甘く煮て味を染み込ませた油揚げと組み合わせたことにより未知の味わいに変化していたのです。



「おっ、この黒っぽい方には肉が入ってるぜ」



 ダンが手を伸ばしたのは黒っぽい方のいなり寿司です。その中には牛肉の赤身を生姜や砂糖と共に醤油味で煮た、いわゆる牛肉のしぐれ煮が混ぜ込まれていました。

 更にこちらの油揚げは白砂糖ではなくコクのある黒砂糖で煮てあるので、野菜の方に比べると全体的にかなりどっしりとした印象の味になっています。



「この辛いのがお肉にあってるわね」



 この黒い方のいなり寿司は、ともすればすぐに飽きてしまいそうな程に濃い味なのですが、ご飯に混ぜ込まれている粒山椒がぴりっとした爽やかな刺激でしつこさを忘れさせてくれるのです。弁当箱の片隅に入っているガリの甘酸っぱい味ともよく合い、何個でも食べられそうな気分になります。


 四人は各々が最初に食べた方のいなり寿司をたちまち食べ終わると、続けてもう片方の種類にも手を伸ばしました。それも食べ終わるとまたもう一方に手を伸ばし、その次もまた同じように……と、このまま何も無ければはいつまでも同じことを繰り返していたかもしれません。



「あのうアランさん、折り入ってお願いが……」



 四人があまりにも美味しそうに食べていたからでしょうか、依頼主の男性がおずおずと声をかけてきました。



「それ、美味しそうですね。ちょっとだけ分けてもらえませんか?」



 ごくり、とツバを飲む音が響きました。

 依頼主氏の目は弁当箱に釘付けで今にもヨダレを垂らしそうな様子です。今回の依頼においては、依頼主と護衛はそれぞれが自分たちの分の食料を用意する契約になっているので、断ろうと思えば断ることもできるのですが、



「いいですよ、一緒に食べましょう」


 

 パーティーのリーダーであるアランは渋ることなくあっさりとOKを出しました。他の三人も特に不満はなさそうです。なにしろ、この後少なくともまだ丸一日以上は護衛を続けないといけないので、こんなことで依頼主と無用の軋轢を作りたくはないというのもありますし、



「美味しい物は大勢で食べるともっと美味しくなりますから」



 というのが一番の理由でした。


 アランたち四人は魔王のレストランの最初の客で、そしてそれ以来常連として通い続けているせいか、物事の判断基準においていつしか食欲が大きな部分を占めるようになっていました。


 近頃では「強くなりたい」とか「大金を稼ぎたい」などのよくある理由ではなく、美味しい物を食べるために冒険者をやっているフシすらあります。


 ですが、なまじ目的意識がはっきりしていてモチベーションが高いせいか、ここ最近は冒険者としての実力もぐんぐん伸びているのです。


 迷宮都市に活動の拠点を移してからは、依頼を受けていない時でも『お腹を空かせてご飯を美味しく食べるため』という理由でギルド併設の訓練場で自主訓練に熱を入れているので成長速度も増すばかり。

 一年前の今頃は“期待の若手”くらいのポジションだったのが、今では“中堅から一歩抜きん出た”くらいの立ち位置だとして同業者からも一目置かれているのですから大したものです。



「さあ、どんどん食べようぜ」


「もう一箱開けちゃいましょうか」


「どうせだからお茶も淹れますか~?」



 仕事中だというのにピクニック気分の一行ですが、依頼主氏は両手に持ったいなり寿司を食べるのに忙しくて彼らの職務態度については気にしていないようです。


 結局、彼らはこの場で早くも三箱を空にしてしまいました。その上ついつい場の空気に流されて、のんびりと食後のお茶を飲んでいたせいで、午前中に稼いだ時間の余裕はすっかりなくなってしまいました。


 ですが、彼らに一切の後悔はありません。

 食い意地の張った彼らの脳ミソは早くも次の食事のことで一杯になっているので、いちいち後悔なんてしている余分な空き容量はないのです。後悔ではなく反省はした方がいいかもしれませんが、それを指摘できる人は残念ながらこの場にはいませんでした。



「さあ、急ぎましょう」



 遅れを取り戻すためもあって休憩前よりもペースを上げて進みます。この分だと、夕食時にはまた程よくお腹が空いていることでしょう。



黒糖いなり美味しいですよね

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