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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編

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夢話・大江戸怪奇譚

IFストーリーその2

   

 時は宝暦、九代将軍家重の治める花のお江戸に一人の娘がおりました。


 おリサと云う名のその娘は大層気立ての良い働き者だと近所でも評判で、めし屋の看板娘として日々を忙しく過ごしておりました。


 ですが、めし屋の看板娘とは仮の姿。

 彼女にはもう一つ裏の顔があったのです。


 伝家の宝刀、人語を操る妖刀・変幻丸を相棒に、世に憚る悪党共を夜な夜な退治して回る正義の女隠密。それこそが彼女のもう一つの顔だったので御座ります。




 ◆◆◆




「やあやあ、おリサちゃんや、もう聞いたかい」


「あら、なんですかご隠居さん、藪から棒に」


 ある日の事、おリサの働くめし屋の常連、金物問屋のご隠居が店に入るなり言いました。



「なんでも、近々長崎から阿蘭陀(おらんだ)国の商館長が御礼参りに来るらしいんだがね」


「長崎から毎度、阿蘭陀の方も御苦労様ですねぇ」



 江戸時代、鎖国中の日本と欧州(よーろっぱ)で唯一貿易を行っていた阿蘭陀は、こうして不定期に時の将軍に献上品を持参して貿易の許可と継続を申し入れに長崎から江戸まで来る事がありました。通称『御礼参り』や『拝礼』などと呼ばれるしきたりであります。



「それでな、今度の御礼参りにはどういう理由でかは分からんが阿蘭陀の商館長だけじゃあなく、若い娘が一緒に来るらしい。それが大層な別嬪(べっぴん)さんだそうでな、今朝からこの辺の男連中はその話題で持ちきりだ」


「へえ、若い娘さんですか」


「ああ、どうも阿蘭陀国のお姫さんじゃないかってぇ噂だよ。移動中は駕籠(かご)に乗ってるが、何日か前に駿河国の藤枝あたりで駕籠から降りる所を見た奴がいたらしい」


「南蛮のお姫様ですか。一目見てみたいものですねぇ」


「駕籠で来るなら今日か明日には江戸に入るだろうよ。もしかすると通りかかるのを見れるかもしれねえな」



 ですが、明日になっても明後日になっても、(くだん)の姫君が江戸に辿り着く事はありませんでした。





 ◆◆◆





 南蛮の姫が神隠しにあった。


 江戸の町は今や何処に行ってもこの話題で持ちきりです。


 担ぎ手が強風に吹かれてほんの瞬き一つ目を離した間に、駕籠が中身の姫君ごと消えていたというのです。大勢の同心や岡っ引きが連日街道や道中の宿場町を走り回って探していますが、姫の手がかりはついぞ見つかりません。


 すわ天下の一大事。


 事が外交に絡むだけに幕府のお歴々も問題を重く捉え、事件を見事解決した者には千両、有益な情報をもたらした者には十両という破格の懸賞金までかけられましたが、三日が過ぎてもなんの糸口も掴めませんでした。



 草木も眠る夜四つ、おリサは一人江戸から離れた山奥を駆けておりました。枝から枝へと自在に飛び回る姿はまるで鞍馬山の天狗の様で御座います。



「妖刀殿、此度の一件どう思われますか?」


【恐らくは尋常の事件ではあるまい。狐狸妖怪の仕業やもしれぬ】



 腰に差した妖刀・変幻丸と共に、怪しげな妖気を辿って山中を駆ける事およそ一刻。おリサは山奥に打ち捨てられた駕籠を発見しました。



「こんな所に駕籠が」


【これ程の山奥に駕籠で来る阿呆などいる筈もなし。件の姫君の物であろう】



 何か他に手がかりはないだろうか。


 そう思ったおリサが駕籠に近寄ると、たちまち辺りに一寸先も見通せぬような濃い霧が立ち込めたのです。明らかにただの自然現象ではありません。


 しかし、一瞬にして視界を奪われたおリサですが、彼女も尋常の使い手では御座いません。腰の妖刀を抜き払い、目にも留まらぬ一閃。それで霧は払われ再び視界が戻りました。



「これは、お屋敷……?」



 吃驚仰天(びっくりぎょうてん)、再び視界が戻った時、先程まで無数の木が生い茂る森だった場所には、立派なお屋敷があったのです。



【これは迷い家というものだろう】


「迷い家……ですか?」


【奥州に古くから伝わる言い伝えでな、言うなれば屋敷の妖怪とでもいうべきか。例の姫君も此処に囚われているに違いない】



 おリサは油断無く、腰の妖刀をいつでも抜けるように用心しながら迷い家の中を調べます。


 無闇矢鱈と部屋の数が多いので一部屋一部屋調べるのには随分と難儀しましたが、半刻ほども捜索を続けていると、人の気配のある部屋を見つけました。


 部屋の中からは障子越しに人の話し声が聞こえます。会話の内容までは聞き取れませんでしたが、声の感じから判断するに、部屋の中には男と女が一人ずついるようです。



「片方はお姫様として、もう片方は?」


【恐らくは姫君を攫った(あやかし)であろう。油断召されるな】



 障子戸を勢いよく開け放ち、妖刀を構えたおリサは部屋の中にいた者に啖呵を切りました。



「さあ、大人しく観念しなさい!」





 ◆◆◆





「さあ、どうぞもう一献」


「あ、これはどうも、すみません」


「良い飲みっぷりですねぇ。舶来のお菓子などは如何ですか?」


「いただきます!」


 食い意地の張ったおリサは、部屋の中にいた二人、迷い家のあるじだという黒髪の若者と、件の姫君の接待攻撃でたちまち陥落してしまいました。見事なまでの即堕ちです。


 おリサも最初のうちは一応、かろうじて頭の片隅に残っていた使命感の残り(かす)を総動員して、現状の確認くらいはしたのですが、



「お姫様、念の為確認しますけれど、ええと……」


「アリスと申します」


「おや、日本語(ひのもとことば)お上手ですね。アリス殿は別に此処のあるじ殿に無理矢理囚われているのではないのですね?」


「はい、私、あるじ様を好いているのです。ぽっ」



 などと言うものですから、おリサのやる気もなくなるというものです。



「本人が満足しているなら別にいいですかね」


【それでいいのか、我が主よ】



 やがて飲み食いしているうちに夜が明け、



「国の者達には、アリスは此処で幸せになりますとお伝え下さい」


「はい、それではお達者で!」



 翌朝、一晩中散々飲んで食ったおリサは、土産に貰った大量のかすていらが入った風呂敷包みを背負ってホクホク顔で迷い家を後にしました。



 この後、本気怒り(マジギレ)した阿蘭陀と日本が国交断絶したりして歴史の流れが大幅に歪んでしまうのですが、それはそれとして迷い家のあるじとアリス姫は沢山の子宝に恵まれ、末永く幸せに暮らしましたとさ。


 めでたし、めでたし。




 ◆◆◆




 「……はっ!? 夢? 夢ですか今の、残念!」 


 アリスはいつもの見慣れた自分の部屋で目を覚ましました。時刻はまだ深夜、夜明けまでにはまだまだ時間があります。



「我が夢ながら完璧なシナリオでしたね。ちょっと世界観がおかしかった気もしますけど」



 多分、一番最後の一文だけ付け足してあれば、途中がどんなキワモノ展開だろうともアリスは完璧だと言うのでしょう。



「そういえば世の中には予知夢というものがあると聞きます。早くさっきの夢が現実化しないものでしょうか。明日あたりに」



 どんな時空の歪みが発生したらたった一日でそれほどに狂った世界観になるというのでしょうか。いえ、一日でなくともそんな変化が起きるはずもありませんが。



「そうだ、忘れる前に夢の内容を日記に書き残しておかなくては」



 アリスは寝床から抜け出して文机に向かいました。猛烈な勢いでペンを走らせ夢の内容を書き記していきます。



「夜明けまで時間がありません、早くしなくては」



 楽しい時間というのは過ぎるのが早いものです。結局、この晩は寝床に戻ることなく朝までかけて夢の内容を克明に書き綴ったのでした。



ついカッとなって書いた。

反省はしていない。

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