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迷宮レストラン  作者: 悠戯
開店編
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エルフの為の豆料理


 私の名はタイム。

 放浪画家を生業としているエルフだ。


 まだほんの250歳ほどの若輩の身ではあるけれど、故郷の森を飛び出して以来かれこれ百年近く旅をしながら修行を続けた甲斐もあって、今ではそうそう並ぶ者はないと自惚れる事ができる程度に腕を上げる事ができた。


 気の向くままに旅をして、描きたい物を描くことが出来る今の生活は実に素晴らしい。故郷の森に閉じこもったままだったら、とてもこうはいかなかったろう。


 ……とはいえ、そんな私にも里心がつくことがないでもない。


 故郷を出たことに後悔はないけれど、時折あの頃の生活を思い出す事がある。

 例えば、そう……食事の時などに。



 ところで話は少々変わるのだけど、どうも一部の人間の間では私達エルフは菜食主義者(ベジタリアン)だと思われているらしい。たしかに植物性の食事しか摂らない主義の氏族や個人もそこそこいる。が、私の出身氏族は普段からウサギや鹿などの獣を狩って肉を得ていたし、時には川で魚を釣ることもあった。


 件の菜食主義に関しては、特定個人の好みや考えが種族共通のモノと早とちりされたのか、それとも主語の大きい(そして思慮の足りない)同族が余計な話を触れ回ったのか。いずれにしても傍迷惑なことである。


 私もどちらかというと肉は好物なのだけど、人間の友人に食事に招かれた際などに、その迷信のせいで妙に気を使われてしまうことがある。他の者が美味そうに肉を食うのを眺めながら一人だけ野菜サラダだけの食事をムシャムシャ食べる羽目になった事があったが、アレは自分が牛にでもなった気分で実に辛かった。相手は善意でやっているのが分かるだけに文句をつけるわけにもいかないし。


 故郷では森から食物を採る以外にも畑で様々な豆類や野菜などを育てていたのだが、幼い頃の私は豆の風味や食感が余り好きではなく、よく肉が食べたいと駄々をこねては両親を困らせていたのが懐かしい。

 だというのに、放浪画家として食べたい物を好きに食べられる程度の収入を得ている今になって、時折無性に食べたくなるのが、あの嫌いだった豆だというのも皮肉な話である。


 もっとも、子供の頃のように極端に嫌ったり残したりすることこそないものの、未だに豆類のあの味気ない味は大して美味いとは思えない。美味くない物を食べたくなるというのも我ながらおかしな話だと思うのだけど、食べたくなるのだから仕方がない。


 きっと私にとっては、それが故郷を思い出すための儀式みたいなものなのだろう。







 さて、またもや話は変わるが私が先日立ち寄った町でこんな事があった。



「おいおい、もう酔っ払ったのかい?」


「いやいや姐さん本当なんですって」



 “迷宮の最深部に美味い料理を出すレストランがある”


 久しぶりに会った三十年来の友人、現在はこの街で冒険者ギルドの長をしている男からそんな話を聞いたのだ。はじめは何かの冗談かとも思ったのだけど、彼は意味のない嘘をつくような奴ではないし、何人もの他の冒険者からも同じような話を聞いた。

 それでいて話す全員がヨダレを垂らしそうになりながら、その店の料理がいかに美味いのかを熱弁するのだから、これでは興味を持たないほうが難しいというものだろう。


 そんな奇妙な料理屋があるのなら、何かしら絵のインスピレーションを得られるかもしれないし、そうでなくとも私とて人並み程度には食い意地が張っている。それほど美味い物があるなら食べてみたいとも思う。


 そう思いたって迷宮を目指し、早数日。

 何故か迷宮の入り口脇にあった最深部直通の魔法陣を通ってその店まで来たのだった。


 入り口と最深部が直通なら、この迷宮には何の意味があるのやら?

 そうして店の前まで来て扉を開けようとしたところで、扉の横に派手な色彩のノボリがあるのに気がついた。そこには“小豆フェア開催中”と書いてあるのだが、いったい何のことだろう?



 ともあれ、首を傾げながら店内に入る。

 すると、給仕の服を着た金髪の可愛らしい“魔族”の少女が出迎えてくれたのだ。


 多分、魔族、だと思う。

 実を言うと私も会うのは初めてなのだけど、独特の魔力の匂いというか手触りというか、そういうアレコレが両親や故郷の老人から聞いていたソレそのまんま。まず間違いはないはずだ。


 はて、魔族は前の魔王が勇者に討たれて以来、かれこれ五百年ほど魔界に引きこもって姿を見せなかったはずなのだけど、それが何だってこんな所で料理屋をしているのだろう?


 謎は深まるばかりである。


 どうやら相手の少女のほうも、私が「気付いた」ことに気付いた様子だが、向こうに敵意や害意が無い事は魔力の流れでなんとなく分かる。こちらから妙な真似をしない限りは、あちらも事を荒立てることはしないだろう。


 そもそも今日は食事に来たのだ。評判通りの料理さえ出してくれさえするのなら、魔族だろうがなんだろうが一向に構わない。

 たとえ魔族達がこの場所を橋頭保にこの世界への侵略でも目論んでいたとしても、まあ、その時はその時だ。きっと私以外のどこかの誰かが、例えば五百年前みたいな勇者あたりが多分何とかしてくれるはず。何とかしてくれたらいいなぁ。

 もし何とかならなくても、そうなったらそうなったでその時になってから身の振り方を考えよう。そんなのは一介の画家の考えることじゃない。


 そんな些事より今は料理のことだ。

 席に案内されてメニュー表を手渡されたのだけど、まずそこで驚いた。料理をそのまま紙に封じたかのような、緻密な絵が全ページに描かれているではないか。


 なんという立体感。

 なんという色彩の妙。

 画家の端くれとしては正直悔しいが、今の私の腕ではこれほど精緻な絵を描くことは不可能。まさに写実の極み。魔族にこれほどの腕の画家がいたとは思わなかった。



 そうだ、店の前にあったノボリのことを聞いてみよう。



「店の前に“小豆フェア”がどうとかってノボリがあったけどアレはなんだい?」


「……っ! 本日、小豆を使った料理のお値段が銅貨一枚となっていまして、更に一品ご注文すると二品目以降は全額無料となっております。ですので、よろしければ是非ご注文下さい!」



 なんで、この子こんなに食い気味に来るんだろう?

 値段も安すぎて正直ちょっと、いや、かなり怪しい。


 でも、小豆か。

 そういえば故郷の畑でも作っていたっけ。

 塩味で煮て食べるんだけど、食感はパサパサのボソボソ。

 それが実に不味くて、子供の時はイヤでイヤで仕方がなかったなぁ。


 不味さを思い出してっていうのも変な話だけど、せっかくだから一品くらい頼んでみようか。店で出す以上、おそらく食べられないほど不味い物は出てこないだろうし。それに安いし。


 しかし、いったい何を頼んだものだろう。

 メニューに載っている料理の名はほとんどが聞き覚えのないものばかり。

 とりあえず、小豆を使った「おしるこ」とかいう煮込み料理を注文してみた。

 どうやら小豆の入ったスープかシチューのようだ。メニューの絵だと何か白っぽい具が一緒に入っているみたいだけど、これは何かの肉か野菜かな?



 期待半分、不安半分といった心持ちで待つこと数分。

 先程の少女が料理の載った盆を持って戻ってきた。



「ご注文の『お汁粉』です。ごゆっくりどうぞ」



 目の前に置かれた小さな木の椀に入っている「おしるこ」を観察してみる。

 とりあえず匂いは悪くないようだ。


 しかし、肝心なのは味である。

 まずは一口食べてみようと、小豆がふんだんに入った汁を木匙で掬って口へと運ぶ。私はそこで驚きのあまり大声を上げてしまった。



「甘いっ!?」



 そう、豆が甘いのだ。

 普通は豆料理といえば塩で煮るだけか、せいぜい香辛料やハーブで味付けをするくらい。だが、この「おしるこ」という料理は甘い味付けがされている。


 この強い甘味から推測するに、高価な砂糖を惜しげもなく使っているのだろう。最初の一口は驚きでちゃんと味わうことができなかったが、続いてもう一口食べてみる。


 豆類にありがちなボソボソした食感もなく、嫌な臭みもない。

 かといって小豆の風味は適度に残っており、むしろ食欲をそそるような良い香りがする。


 汁の部分の味を確認した次に注目したのは、椀の中央に浮いている謎の白い物体。

 見たところ肉ではないし、野菜や果物のようでもない。

 未知の食材を恐る恐る口に入れて、噛み切ろうとした所で異変に気付く。


 なんと、その白い物体が伸びたのだ!


 伸び縮みするような奇妙な食材など長い(エルフ)生の中でもチーズくらいしか食べたことがないけれど、コレは明らかにチーズではなさそうだ。もしかすると魔界独自の産物かもしれない。


 最初はその食感に驚いたが、よくよく味わってみると汁の部分とは違ったほのかな甘さがある。この白い物と小豆の汁を一緒に食べるとなお美味い。椀がそれほど大きくなかったということもあり、私はあっという間に「おしるこ」を食べ終えてしまった。


 しかし、腹具合にはまだまだ余裕がある。

 理由は不明だが二品目以降は無料だと言っていたし、それならば遠慮なく頂くとしよう。


 給仕の少女に小豆料理の追加を頼むと、まもなくテーブルを埋め尽くすほどの皿が運ばれてきた(ちなみに料理名を見ても内容が分からないので、注文は全部おまかせだ)。


 「あんみつ」「どらやき」「だいふく」

 「ぜんざい」「小豆アイス」「ようかん」

 「きんつば」「小豆のロールケーキ」「おはぎ」等々。


 甘い豆という常識外の料理に最初は驚いたが、どれもこれも実に美味かった。

 魔族など戦いくらいしか取柄のない乱暴者だとばかり思っていたが、これほどの食文化を持っていたとは驚きだ。これは認識を改めねばなるまい。


 そうして腹がはちきれそうになるまで飲み食いしてから店を後にする。

 あれだけ食べて銅貨一枚というのも気が引けたので、銀貨を何枚か渡そうとしたのだが断られてしまった。


 異常に安い理由や、あんな所で料理屋をやっている理由も分からないままであるが、すでに私の関心はそんな些細なところにはない。謎の解明はまたの機会に取っておこう。

 現在の私の興味は、帰り際にお土産に包んでもらった「たいやき」という、何故だか魚の形をした奇妙な焼き菓子にこそある。その味の想像をしながら街への帰路を歩むのだった。



・今回のエルフさんは女性です

・異常に安かった理由は次回で

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