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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
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迷宮都市の人々③


 迷宮都市の朝は早い。


 都市の中心部近くにある(ゲート)付近に大勢の商人が集まるためです。まだ朝靄の立ち込める早朝だというのに、真昼の大通りにも劣らぬ賑わいを見せていました。


 無用の衝突を避けるために、現在はまだ世界間の行き来がそれなりに厳しく制限されており、特別な許可証を持つ一部の者だけしか自由に魔界に立ち入れないようになっています。それは魔界側でも同じことで魔族の人間界への立ち入りも一部の例外を除き、まだまだ禁止。


 その一部の例外のうちの一つが、この門前市場です。

 毎朝の日の出から正午まで、その時間内ならば許可証を持たない者でも異世界に立ち入り、両世界の門前市場内で商品の売買ができるのです。イメージとしては数字の『8』の字が近いでしょうか。『8』の真ん中の交差している部分が門、上下の丸がそれぞれの世界の門前市です。市場は柵で仕切られていて、その内側であれば誰でも自由に行動できます。


 扱っている商品は食品、衣料品、書籍、生花、魔法道具、美術品等々。危険性があったり公序良俗に反する物以外ならば基本的になんでも揃います。

 徐々に通行制限は緩和される予定ですが、現状ではこの市場が一般人にとっての異世界交流の最前線なのです。





 そんな具合に大勢の人で賑わう早朝の門前市場を、魔王とアリスが歩いていました。



「朝から随分と賑やかですねぇ」


「そうだね」



 無論、この二人ならいつでも無制限に世界の行き来ができますし、レストランの仕入れにしても自分で仕入れずとも目利きの部下が毎朝店まで運んでくれます。今朝は二人揃ってたまたま早く目が覚めたので、早朝の散歩がてら市場の見学に来たのです。



「この時間はまだ少し冷えますね」


「朝ご飯もまだだし、何か暖まる物でもお腹に入れていこうか」



 市場内には、お腹を空かせた商人目当ての食べ物の屋台がいくつも出ています。魔王はそのうちの一つに近付き店主に声をかけました。



「へえ、ホットワインか。二杯もらうよ」


「へい、毎度あり!」



 素朴な木製のコップに入ったホットワインは温かな湯気を立てていて、いかにも身体が温まりそう。ワインに生姜や砂糖やシナモンを入れて鍋で煮たそれはややクセがあり、おそらく万人受けはしない味でしょうが、それでも中々の人気があるのか周囲には同じようにコップを傾けている人が何人もいました。



「なるほど、温かいワインも悪くないですね」


「うん。でも飲み物だけじゃ物足りないし、何かお腹の膨れる物も食べたいかな」



 魔王とアリスは飲み終えたコップを店主に渡すと、門の方に向かって歩き出しました。



「うん、こういうのでいいんだよ、こういうので」


「この濃い味はご飯が進みますね」



 門をくぐって魔界側の市場にまで足を伸ばした魔王とアリスは、魚を扱う店で購入したイワシの煮付けをおかずに、これまた別の店で買った大盛りの白米をモリモリと食べていました。


 醤油と砂糖でまっ黒く煮付けられたイワシは生姜の風味がピリッと強烈に効いていて、単品で食べるには味が濃すぎるほど。ですが、白いご飯と一緒に食べるとその濃い味がちょうど良い塩梅になり、いくらでも食べられそうな具合になるのです。煮汁の染みたご飯も甘みが引き立ち、ぐいぐいと喉の奥に押し込むように食べるのがたまりません。


 魚料理というのは煮るにせよ焼くにせよ、食べる段に骨を取るのが面倒なものですが、この生姜煮は骨まで柔らかくなっていて丸ごと食べられるのもポイントです。



「美味しかったから、さっきの店でイワシを買っていこうか」


「新鮮なのがあればお刺身もいいですね。ハンバーグとかツミレ汁も」



 もはや散歩というよりも食べ歩きになっていますが、特に気にした様子もない二人です。食べ終えた食器を店に返すと、再び歩き出しました。




 再び門をくぐって人間界側の市場に戻った二人は、手にした紙袋の中身をポリポリとつまみながら市場の見物を続行していました。紙袋の中身は、殻を外して炒った落花生にハチミツで甘みを付け塩をふった豆菓子です。

 ものすごく美味いというわけでもないのに甘じょっぱい味が後を引き、ついつい手が伸びてしまいます。大袋の中身が空になるまで手と口の動きが止まることはありません。


 その少し後には塩気のあるものを続けて食べたせいで喉が渇いたのかお茶を飲み、更にその次には甘い物が欲しくなったのか棒付きの飴を買って舐めていました。その後も、あっちへふらふら、こっちへふらふらと気の向くままに移動しては、目に付いた物を次から次に買い食いしています。



「うふふ、楽しいですねー」


「そうだねー」



 以前の旅行の時もそうでしたが、どうやらこの二人、こういう観光だの食べ歩きだのという状況には滅法弱い性質(たち)のようです。

 テンションが上がって財布の紐も緩々(ゆるゆる)と緩みまくり、ちょっと考えれば明らかに必要なさそうな物でも次から次へと買っていきます。それで別に誰が困るわけでもないですし、店にとっても上客なのであえて止める必要もないのですが。



「あら、魔王さま、アリスさまも。おはようございます」


『おはようございます』



 そんな風に朝っぱらから浮かれる魔王とアリスに声をかけてくる者がいました。近くの屋台で買ったらしき牛の串焼きを、両手の指の間に計八本ほど装備した神子と女神です。


 今日はお忍びのつもりなのか、いつもの真っ白い神官服ではなく普通の街娘風の格好をしています。白い髪だけでもそれなりに人目を引きますが普段の格好ほどではありません。というか髪よりも両手にフル装備した串焼きの方が目立っています。



「おはようございます」


「おはようございます」



 神子と女神がそのような奇態を見せるのは割とよくあることなので(より具体的には顔を合わせるたびに見ているので)、魔王もアリスも今更特に気にせず朝の挨拶をしました。


 挨拶を終えたタイミングで、神子は手にした串焼きを食べ始めました。そして食べ終わりました。


 わずか十秒後には神子の手にした八本の串焼きがただの串へとクラスチェンジを遂げました。一本あたりのタイムおよそ一秒強の早業。それでいてタレや脂で服や手を汚すことも一切ありません。

 その一連の動作は単なる食事や栄養補給という枠を超え大胆にして繊細、一種の技術としての昇華を感じさせるものでした。



「ごちそうさまでした……あら?」


『お金、ですね?』



 ちゃりんちゃりんと甲高い音を響かせ、幾枚かの銅貨が串焼きを食べ終えた神子の足元に飛んできました。



「いいぞー、姉ちゃん!」


「ありゃあ、一体どうなってんだ?」



 どうやら神子の食事風景を見ていた周囲の人々が、奇術や大道芸の類だと勝手に勘違いしておひねりを投げてきたようです。



「あらあら、どうしましょう?」



 しばし迷った末に神子はおひねりを拾い上げ、そのお金で近くの屋台で売っていた揚げパンを買うことにした様子。狐色に揚がった大人の握りこぶしほどの大きさのパンには砂糖がたっぷりとまぶしてあり、シンプルながらも食欲をそそります。


 それを一秒で食べると、また周りからおひねりが飛んできました。さっきよりも額が増えています。ついでにギャラリーの数も増えています。



「あらあら」


『せっかくですからこれも頂いておきましょう』



 そのまま次の屋台へと向かっておひねりで食べ物を買い、そこでもまた食べ終えると喝采と共におひねりが投げられ、別の店でもまた同じように……ということを際限なく繰り返し、そのままギャラリーを引き連れてどこかへと去って行きました。



「あれは、ある種の永久機関みたいなものでしょうか?」


「お店の食材か周りの人の財布が空になれば止まるんじゃないかな?」



 神子が満腹するのが先だとは微塵も思っていないあたり、魔王たちの彼女への評価が伺えます。もう、その点に関してはまったく人間扱いする気がないようです。



「おや、もうこんな時間ですね。そろそろ戻って開店準備をしなくては」


「そうだね。良いイワシがあるから、今日の日替わりに使ってみようか」



 こうして、この日の魔王とアリスの早朝散歩は終了と相成りました。二人とも朝市が余程楽しかったのか、この日以降も時折早起きしては朝の市場を散策するようになったとか。



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