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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
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迷宮都市の人々②


 ある日の昼下がり。

 コスモスは大きめの紙箱を持って迷宮都市の大通りを歩いていました。まるで熟練の職人の手による銀細工のように輝く髪と人間離れして整った容貌が周りの人々の視線を集めますが、コスモスは周囲の視線に頓着せずマイペースに歩みを進めます。



「この辺りも随分と賑やかになりましたね」



 大通りは大勢の人々がひしめき合い、気を抜くと人の波に流されてしまいそうになります。



「ここですね」



 コスモスは大通りに並ぶ真新しい建物の中でも一際立派な石造りの施設、『冒険者ギルド 迷宮都市支部』の前で足を止め、中へと入りました。訓練場なども併設されており、かなり広々とした印象の建物です。


 ギルドの建物内は意外にも整然とした印象で、たくさんの職員がテキパキと動いています。できたばかりの迷宮都市支部には、各地からベテランの職員が派遣されてきているのです。



「中はこんな風になっているのですね」



 見慣れない光景を前にコスモスは感心したような声音で呟きました。窓口では依頼の発注や受注がひっきりなしに行われています。


 好景気に沸く迷宮都市には世界中から様々な職業の人々が集まってきていますが、特に多いのは商人。迷宮都市で仕入れた珍しい品を遠隔地に運べば、安定して大きな利益を出すことができるのです。

 駆け出しの行商人から大勢の従業員を抱える大商会まで、今や利に聡い人間は皆寝る間も惜しんで街道を駆けています。


 とはいえ、もちろん旅には危険が付き物です。

 魔物や盗賊に襲われれば金儲けどころではない。かといって専属の護衛を常時雇いできるような大商人など決して多くありません。


 そこで行商人たちは冒険者ギルドに護衛依頼を出すのです。

 多少の金銭はかかるものの、リスク回避のための必要経費として割り切れば充分に元は取れますし、ちゃんとギルドを通して依頼をすれば法外な報酬を後で請求されたりすることもありません。



「なるほど、うまくできているものですね」


「よお、コスモスの嬢ちゃんじゃねえか」



 建物の入口付近で内部の様子を観察していたコスモスに大柄な男性が声をかけてきました。魔王のレストランの常連で、甘い物をこよなく愛するガルドという名の冒険者です。



「これはガルドさま、こんな所で奇遇ですね」


「おう、嬢ちゃんはギルドになんか用かい?」


「はい、こちらのギルド長さまに用事がありまして」


「じゃあ案内してやるよ。こっちだ、ついてきな」



 そう言うとガルドは勝手知ったるという風にギルドの奥へと入っていき、コスモスもそれに付いて行きました。

 途中で『関係者以外立ち入り禁止』と書いてある扉を抜けましたが、職員たちは皆ガルドのことをよく見知っているためか咎められることもありません。程なくして二人はギルド長の私室の前へと辿り着きました。


 ガルドはそのまま扉の内側に向けて声をかけます。



「おい、マーカス。お前に客だぜ」


「その声はガルドか。今手が離せないんでな、勝手に開けて入ってくれ」



 扉の中から返ってきた声に従いガルドとコスモスは室内へと入りました。部屋の中ではギルド長のマーカスが大きな机に山と積まれた書類と格闘していました。

 元々、近くの街でギルド長をしていたマーカス氏は、迷宮都市支部の開設にあたり新支部長として赴任してきたのです。かなりの激務のせいで目の下に濃いクマを作っています。



「こんにちは、マーカスさま。お忙しいようでしたら出直してきましょうか?」


「いえ、お気遣いなく。この書類にサインすれば一段落しますから……これでよし。コスモスさん、お待たせしました」



 マーカスはギルド長用の大きな机から離れると部屋の片隅にある応接スペースに移動しました。コスモスとガルドも応接スペースに置いてある大きなソファーに腰掛けます。



「それでコスモスさん、ご用件は?」


「その前にこちらをどうぞ。お土産のシュークリームです」



 コスモスは持参していた紙箱をソファーの前のテーブルに置きました。箱の中には大きめのシュークリームがゴロゴロと入っています。



「おお、これはありがとうございます、早速いただきましょう。疲れた時は甘い物に限りますね。ガルド、お前も食ってくだろう?」


「おうよ、ダメだと言っても食うからな」



 二人の男たちは早速シュークリームに手を伸ばしてかぶりつきました。



「うん、美味い」


「ああ、美味ぇ」



 サクッとした食感の軽い生地を歯が突き破ると、中から濃厚な甘さのカスタードクリームが溢れ出てきました。クリームを惜しまずにたっぷりと入れているので、生地の破れたところから溢れたクリームが垂れそうになってしまいます。


 小気味良い軽さのシュー生地は、ともすれば重くなりがちなクリームを食べやすく支えていますし、トロリとしたカスタードクリームは口に含むとバニラの芳醇な香りが豊かに広がります。生クリームに比べるとどっしりとした印象の味わいですがしつこさを感じることもなく、むしろ一つ食べたら次の一つに手を伸ばしたくなるような後を引く美味しさです。



「ふむ、我ながらなかなかの出来ですね」



 コスモスもシュークリームを一つ手に取って味を確認し、納得したように頷きました。今回持ってきたシュークリームはコスモスのお手製なのです。

 魔王が不在の時にレストランを任されるだけあり、コスモスの調理の腕はかなりのもの。お金を取ってお店で出せるレベルに達しています。


 それから三人でしばしシュークリームを堪能し、紙箱の中身が空になったところでようやくコスモスが本題を切り出しました。



「じつは今度迷宮都市で大きな催し物をしようと考えているのです。詳細はまだ決まっていませんが、お祭りのようなものだと考えて頂ければよろしいかと」


「祭り、ですか。興味深いですな」


「へえ、いいじゃねえか」



 コスモスの提案にマーカスとガルドは興味を引かれたようです。



「随分と人が増えてきたとはいえ、この街はまだできたばかりで住民の皆さまの帰属意識は然程高いとは言えません。そこで街ぐるみで大きな催しをすることで、皆さまの一体感や街への思い入れを増すことが狙いです。ギルドの皆さまにはその際の警備や案内をお願いしたいのです」


「ふむ、なるほどなるほど。この街に根を張る人間が増えればこちらにもメリットがあります。是非とも協力させていただきたい」


「ありがとうございます、具体的な計画や報酬に関しては後日追ってご連絡しますので」



 この件はさほど緊急性が高いわけではありませんでしたが、この手の話はなるべく早い段階から話を通しておいた方が後々で何かとスムーズに進むものです。


 ですが、用件はそれだけではなかったのか、コスモスは続けて次の話題に移りました。



「それと別件になりますが、じつはこの街に学校を作ろうという話があるのです」


「ほう、学校ですか?」


「はい、主に基礎的な読み書きや算術を教える初等学校と、より高度な内容を扱う高等学校を都市内に複数作る予定です。冒険者の中には各分野の専門知識や技能に通じる方々もいらっしゃいますし、そういう方に講師として勤務していただければと思いまして」


「……なるほど、たしかにこの街の今後を考えるならば教育機関は必要ですね。可能な限りご協力しましょう」


「ありがとうございます。後ほど詳しい資料をお送りします」



 すぐに劇的な成果が出るわけではありませんが、識字率の向上や計算技能を持つ者の増加は長い目で見れば都市の発展に大きな効果があります。


 これによって冒険者、そして冒険者ギルドの負担が多少増えるかもしれませんが、その負担は将来のために必要な投資と考えるべきでしょう。



 ですが、コスモスの話はそれだけでは終わりませんでした。



「じつは都市内に公営のカジノを作る計画がありまして、是非ともギルドの方々にもご協力をお願いしたく」


「ちょ、ちょっと待ってください!? まだあるんですか!?」



 淡々と話すコスモスの言葉を慌てたようにマーカスが遮りました。


 ただでさえギルドの仕事は大忙しで、現状ですら目の回るような毎日。いくら心情的には協力したくとも絶対的な限界というものはあり、無闇に仕事を増やすわけにはいかないのです。


 コスモスはそんな事情を知ってか知らずか涼しい顔で言いました。



「ふむ、一つずつ順に話そうかと思っていたのですが、この際まとめてお伝えしましょう。前述の計画に加えて、闘技場、公園、美術館、動物園、植物園、遊園地、水族館、ショッピングモール、私の別荘、図書館、競馬場、地下都市、空中都市等々を作る予定もありまして、皆さまには必要に応じてご協力をお願いできればと存じます。ちなみに費用はすべて公金でまかないますので予算の心配は一切いりませんとも。予算を不自然に水増ししたり帳簿を二重につけたりして共に甘い汁を吸いましょう。世の為人の為になり、なおかつ懐も暖まる、まさに一石二鳥というものですな」



 コスモスの言葉には一切の遠慮というものがありませんでした。そして、さりげなく公金を個人的欲望のために流用する気でもありました。



「なに、魔王さまの許可はちゃんと得ています。世間話を装って“こんなことをしたら面白そうですね”とそれとなく聞いたら“そうだね”と言っていましたから。“そうだね”とは肯定の意、すなわち最高権力者によるゴーサイン。つまり、これらの計画は魔王さまのお墨付きということです。誰に憚ることなく、予算を湯水の如く使い倒そうではありませんか」



 すさまじいまでの拡大解釈と実行力でした。

 まさか魔王も、さりげない世間話を言質に数々の公共事業が勝手に展開されようなどとは夢にも思わなかったことでしょう。そりゃあ普通は思いません。



「まあ、この場で即答していただかなくとも結構ですので、じっくりとご検討ください。おや、もうこんな時間ですね。では今日はこれで失礼します」



 用件をすべて言い終えたコスモスは、マーカスたちにお辞儀をしてから悠々と去って行きました。


 話のインパクトに圧倒され、しばしの間絶句していたマーカスとガルドは、コスモスが去ってから五分ほどしてからようやく口を開きました。



「なんていうか、すごいな、あの嬢ちゃん……」


「ああ、自由すぎる……」



 冒険者というのは自由さが売りの稼業ですが、そんな彼らが足元にも及ばないほどの圧倒的なフリーダムっぷりでありました。



「……なんか疲れたな。もういい時間だしメシ行こうぜ」


「……そうだな、ついでに魔王さんに報告しておくか。大丈夫だとは思うが念の為」



 こうしてコスモスの壮大な野望は、常識的な感性を持つ男たちの夕食のついでに阻止されることとなりました。敗因は自分にも他人にも正直すぎたことでしょうか。


 ですが、コスモスが思いつきで考えた計画のうちのいくつかは有用性が認められ、後日実際に実行される運びとなったのです。



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