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迷宮レストラン  作者: 悠戯
迷宮都市編
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スウィート・リベリオン(後編)


「ささっ、殿。姫も、むさくるしい所ですがどうぞごゆるりと!」


 直立するロールケーキという珍妙極まる生物は意外にもアリス(わたし)たちを歓迎しているようでした。

 殿というのは魔王さま。

 姫というのは私のことでしょうか?

 話の流れが見えないので、とりあえず勧められるままにイスに座りました。



「というか、あなた話せたんですか?」



 この謎生物、魔王さまとリサさんが作ったロールケーキのゴーレム、は以前作り上げたばかりの時にはたしか喋ってはいなかったと思うのですが……突然割腹して、その内容物を食べさせられた覚えはありますが。



「うむ、拙者修行して話せるよになったのでござるよ。声帯などなくとも、気合があれば案外どうにかなるものでござるな」


「そういうものですか」



 私が見たところ、どうやら魔力で空気の振動を起こして擬似的に発声をしているようです。このケーキ、何気に高度なことをしています。



「では、粗茶でござるが」



 ちょっと目を離した隙に、この謎生物、今度はお茶を入れていました。指などないのに器用に急須を傾け湯飲みにお茶を注いでいます。



「そして、お茶請けには拙者を」



 そう言うと、この怪生物はどこからか取り出したケーキナイフを右手に持ち(どうやっているのか分かりませんが、ナイフの持ち手がケーキの表面にピタリとくっついています)そのナイフを自らの左腕に向けて振り下ろし、輪切りになった左腕を皿にのせて差し出してきました。



「さ、どうぞ遠慮なくお召し上がりくだされ」


「…………」



 以前の割腹よりは多少マシですが、目の前のよく分からない生き物の腕だと思うとどうにも食欲を削がれます。



「ええと……そんな風に腕を切ったりしたら不便じゃないですか?」


「おお、姫、お気遣いかたじけない! ですが、問題はありませぬぞ」



 謎生物が魔力を集中させると、たちまち切り落とした断面から新しいケーキがにょきにょきと生えてきました。



「拙者、素早く再生できるようにがんばって修行したのでござる!」


「……そうですか」



 どうやら、この生き物はムダに高スペックなようです。



「他の物が食べたければ遠慮なく言って下され。拙者、魔力を使って眷属を生み出すことができるのである」



 そう言うと、ケーキゴーレムの腕の先からポンと音を立ててチョコレートのカエルが生まれました。城内にいたお菓子たちも、きっとこうして生み出されたのでしょう。



「ところで、一つ聞いていいかな?」



 そこで、今まで静かに話を聞いていた魔王さまが口を開きました。



「拙者にお答えできることならなんなりと」


「君が叛乱を起こしたって本当かな?」



 そうでした、そういえばそんな話でしたね。



「叛乱? ……! おお、そうでござった! 拙者、殿に会えてすっかり忘れてござった、はっはっは」



 普通忘れますかね?



「殿、拙者怒っているのでござるよ!」


「え、僕なにかしたかな?」


「拙者、激おこなのでござるよ!」



 なんで言い直したのでしょう?



「だって、ひどいではござらぬか。生み出して早々にこの部屋に閉じ込め、それから一度も会いにきて頂けず、殿に食べてもらうことも叶わず……この気持ちが殿にお分かりか!」


「あー……えーと、ごめんなさい」



 意外とちゃんとした理由で叛乱していました。

 食べられたいという気持ちは私には分かりませんが、生まれてからずっと幽閉されるのはたしかにキツイでしょう。魔王さまも思わず謝ってしまいました。



「うむ、分かってくれればいいのでござる」



 魔王さまが一言謝ったらゴーレムは満足したようです、よかったですね。さて、それでは……。



「じゃあ、そろそろ処刑しますか」



 私がそう言ったら、部屋の中の全員が硬直しました。はて、私なにかおかしなことを言ったでしょうか?


 だって、叛乱ですよ?

 古今東西、どこの国でも文句のつけようのない大罪です。首謀者には相応の罰を与えなければ、為政者としての威信に関わります。



「アリス、この流れでそれはちょっとどうかと思うよ?」


「ええ、私もかなり引きました」


「ひ、姫、どうかお考え直しを!」



 下手人はさておき、魔王さまとコスモスが揃って言うと私の方が間違っている気もします。



「ど、どうかお許しを! そ、そもそも今回の発案は拙者ではなく姉上が……姉上も何か言ってくだされ!」


「姉上?」



 ケーキに親類縁者がいるとは驚きです、誰のことでしょう?

 まあ、なんとなく想像はつきますが。案の定、横を見るとコスモスが露骨に目を逸らして口笛を吹いていました。



「コスモス、あなたが主犯でしたか」


「ははは、何を仰います、アリスさま。そのようなキモ可愛い生き物の戯言を真に受けるなど」


「あ、姉上!? 汚いでござるぞ!?」



 灯台下暗し。

 どうやら、真犯人はすぐ近くにいたようです。




 ◆◆◆





 私と魔王さまが旅行中にこんな事があったそうです。



「おや、するとあなたも魔王さまに作られたのですか?」


「コスモス殿もでござるか。ということはコスモス殿は拙者の姉上ということになるのでござるな」



 魔王城の清掃中のコスモスが、たまたまこの部屋、通称「封印の間」に入り込み、中にいたケーキゴーレムと魔王さまに作られた者同士、すっかり意気投合したのだとか。



「では今度他のホムンクルスの弟妹たちを紹介しましょうか」


「おお、他にも兄上や姉上がいるのでござるか、是非お会いしたいでござる! あ……だが拙者、どういうわけか生まれてすぐ殿にこの部屋に封印されてしまい、外に出れないのでござる」


「それは困りましたね」


「寝ても覚めても目の前には壁と天井だけ……殿のことだから何かお考えあってのことだとは思うが、流石に飽きてきたのでござる。拙者、どうにか外に出て殿に召し上がって頂きたいのであるが……」



 この段階でコスモスを仲介して穏便に話を通していれば、何事もなく解決したような気がします。ですが、そうはなりませんでした。



「……あなたはこのままでいいのですか? このままいつ来るとも知れない魔王さまを部屋で待ち続けるだけの人生で」


「い、イヤでござる! だが姉上、拙者にどうしろと言うのでござるか、部屋から出れぬ身では出来ることなど何も……」


「そんなことはありません、部屋の中からでもできることなどいくらでもあります。それに、もっと積極的に魔王さまにアピールしないとずっとこの部屋から出れませんよ」


「そ、それは困るでござる……」



 話の構図的にはコスモスがゴーレムを唆した形になるようです。ここから先、二人の計画は更に具体的に現実味を伴うようになります。



「あなた自身が部屋から出れないのならば、あなたの眷属を使えばいいのでは? 美味しそうなお菓子で魔王さまをおびき寄せるのです」


「おお、そんな手が! 姉上は頭が良いのでござるな」


「幸い魔王さまは今旅行中で留守にしていますから、その隙に準備をしておきましょう。他の魔王城の方々に迷惑がかかるといけませんから、大掃除ということにでもして計画の実行中は部外者には退去していてもらう方向で」


「冴えてるでござるな、姉上!」


「いっそ、魔王さまが帰ってきたタイミングで何か理由をつけて私が連れてきましょう。より確実性が増すはずです。あなたは適当に話を合わせてください」


「何から何までかたじけない、姉上は頼りになるでござるな!」



 以上が今回の事件の真相でした。





 ◆◆◆





「ほぼあなたが主犯じゃないですか」


「いえいえ、それほどでもありません」


 私は床に正座しているコスモスに呆れながら言いましたが、コスモスはまるで堪えていないようです。



「それでコスモス、なんでまたこんなマネをしたんですか?」



 そう、今の話ではコスモスの動機が不明瞭です。

 手助けしたところで彼女に利益が無いように思うのですが、どうしてゴーレムを助けようとしたのでしょう。



「……? 何を当然のことを、姉が弟を助けるのは当たり前ではないですか」



 コスモスは当然のように言いました。

 綺麗事を言って同情を買おうとしているのではなく、その言葉はきっと彼女の本心なのでしょう、不思議とそう確信できました。作られた生命ゆえの純粋さでしょうか。

 ……さっき、自分の身に疑いが及ぶと同時にその弟を裏切っていた気もしますが、あれはきっと私の見間違いだったのでしょう。



「それと、弟に頼られてお姉ちゃんちょっと萌えました。他の弟妹たちはなんでも自分でソツなくこなしてしまうので、珍しく頼られて張り切ってしまいました」



 ……そっちの動機も真実なのでしょう。

 悲しいことに先程より強く確信が持ててしまいました。



「ですが魔王さま、この二人の処遇はどうしましょう?」 


「叛乱が嘘なら別に無罪放免でいいと思うけど」


「たしかに実害はありませんでしたし、叛乱が狂言だというなら極刑まではしなくていいとは思いますが、無罪放免というのも問題では?」


「ひ、姫!? うう、まあ仕方ないでござろうか……」



 コスモスに唆されただけのゴーレムは気の毒な気もしますが、為政者として信賞必罰のルールは厳格に守らねばなりません。そうしなければ社会という枠組みは容易く壊れてしまうのです。こればかりは仕方ありません。


 ですが、落ち込むゴーレムを見かねたのか、コスモスが何かをゴーレムに耳打ちし、それからゴーレムが私に近寄ってきてヒソヒソと話しかけてきました。



「奥方さま、何卒寛大な判断をお願いするのでござる」


「……いま、何と呼びました?」


「おっとこれは失礼いたした。拙者、殿はそろそろ身を固めるべきだと思うのでござるが、殿の伴侶として相応しいと思った御方のことをうっかり奥方さまと呼んでしまい申した」



 ルールとは確かに大切なものですが、何事にも例外はあるものです。それに誰にだって間違いはあります。大事なのはその間違いから学び未来へと活かすことではないでしょうか?



「チョロいでござるな」


「言っておいてなんですが、さすがの私もこのチョロさはちょっと心配になるレベルです」



 コスモスとゴーレムが小声で何か言っていますね。

 いったい何を話しているのでしょうか?



「アリス、さっきは何を話してたの?」


「うふふ、魔王さま、なんでもありませんよ」



 こうして今回の事件は一件落着と相成りました。





 ◆◆◆




 それから数週間後。



「新しい住処の具合はどうですか?」


「おお、姫! 実に快適でござるよ」



 ケーキゴーレムは新しい住処で職務に励んでいました。

 彼の能力を存分に生かせる職場です。



「拙者、こう見えてダンジョンのボスとして子供たちに大人気なのでござるよ」


「そうですか、それは重畳」



 先日新規オープンしたダンジョン屋。

 その中の初心者向けのダンジョンのボスとしてゴーレムは君臨していました。現在急速に発展し、人口が増えつつある迷宮都市(・・・・)、そこに親と一緒に移り住んできた子供たちはお菓子のモンスターが出るこのダンジョンに夢中です。


 他のダンジョンとは違ってモンスターが自ら食べられに来るこのダンジョンは、子供だけでも安全に探索ができるのです。転んでもケガをしないよう床には柔らかい素材のマットが敷き詰めてあったり、宝箱には子供が好みそうなオモチャを入れたりと様々な配慮をしてあります。



「週に一度は殿も来てくださるし、拙者にとってはこれこそが天職でござる!」


「ふふ、よかったですね」



 こうしてケーキゴーレムはこれから先、ダンジョンのマスコットとして末永く人々に愛され、充実した日々を送れるようになるのでした。



ケーキゴーレムの容姿は書籍版一巻の表紙にのってます

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