スウィート・リベリオン(前編)
アリスたちがレストラン内にある魔界に通じる扉から魔王城に入ると、そこには見慣れぬ光景が広がっていました。
「……お菓子?」
「だね?」
あたり一面にチョコレートやクッキーなどのお菓子が落ちています。
食べ物を粗末にするとは感心できません。
誰が何の目的でこんな事をしたというのでしょう?
「それでコスモス、叛乱の首謀者が誰かは分かりますか?」
「はい、というか居場所も分かっておりまして。魔王城の中の一室に立てこもっているので今からご案内します」
聞けば聞くほどワケの分からない話です。叛乱といってもやっていることはお菓子をばら撒くだけ、これに何の意味があるのでしょう。
と、そこで私の目の前を一匹の蝶がヒラヒラと飛びながら通りすぎました。いえ、正確には蝶のような物が。
「ポテトチップスですね?」
二枚のポテトチップスが組み合わさって蝶のような形になった奇妙な生き物が宙を舞っていました。周りをよく見ると他にも何匹か同じ生き物が飛んでいます。
「それはコンソメ味ですね、さっきはノリ塩が飛んでいました。ああ、食べても健康上の問題はありませんので」
コスモスはこの生き物のことをすでに知っているのか、そう答えました。逃げるそぶりもなく宙を舞っている謎生物を指で摘み、試しに小さくかじってみました。普通にコンソメ味のポテトチップスでした。美味しいです。
私たちは足元のお菓子を踏まないように気を付けながら魔王城の廊下を進みました。すると今度は数匹のスライムを発見しました。
「黄色いのがオレンジ、赤はイチゴ、青はソーダ味です」
すでに味を確認済みなのか、私が問いかける前にコスモスが言いました。スライムたちは私たちに気付いてジリジリと這いよってきました。ですが、一定距離まで近付くと、そのまま襲い掛かってくるでもなく動きを止めました。
「……はて、これはもしかして食べられたがっているのでしょうか?」
その呟きを聞いていたのか、スライムたちが首肯……は頭も首もないのでできませんが、全身を縦に振って肯定の意を示しました。
「ですが、床を這った物を食べるのは衛生的にちょっと……」
「それもそうだね」
宙を飛んでいるならばまだしも、床に落ちている物を食べるのには抵抗があります。そのまましばらくすると、私たちに食べる意思がないのを悟ったのか、スライムたちはとぼとぼと肩を落として(肩はありませんがそんな雰囲気で)去っていきました。
「なんだか悪い事をしてしまった気がしますね」
スライムたちと別れて、またお菓子だらけの廊下を更に進み角を曲がると、今度はドラゴンとエンカウントしました。ただし、全長は一メートルほど。その身体は全てチョコレートで出来ているようです。
チョコのドラゴンは先程の蝶やスライムと同じく私たちに食べられたがっているのか、目の前まで来るとその場で伏せの姿勢をとって動きを止めました。折角なので間近で観察してみます。
「ふむふむ、なかなか見事な造形ですね。鱗の一枚一枚までしっかりと作りこまれています」
「じゃあ、試しに鱗を一枚食べてみようか」
私たちはドラゴンの鱗を背中から一枚引き抜いて食べてみました。
「造形は丁寧なのに大味ですね」
「もっと砂糖の量を抑えた方が美味しいと思うよ」
私たちがドラゴンに率直な味の感想を伝えると、ドラゴンはショックを受けた様子でその場から走り去ってしまいました。少々感想が辛口すぎたかもしれません。気を遣ってもうちょこっとだけ甘い感想を伝えた方が良かったかもしれませんね、チョコだけに。
私たちはその後もコスモスに案内されて、謎生物の大量発生ですっかり変わり果てた魔王城の中を進みました。
マシュマロのウサギやキャンディーのカブトムシ、頭部がアンパンで出来ている怪人、わたあめのアルパカ、グミのカモノハシなどに遭遇しましたが、謎生物たちに敵対の意思は一切なく、ただひたすらに食べられに来るだけです。もはや私たちに緊張感など欠片もなく、時折お菓子を食べながら散歩気分で城内を進みました。
「甘い物は好きですけど、これだけ続くと流石に飽きてきますね」
わたあめのアルパカからむしった毛を食べながらそう言うと、コスモスが持参していたカバンから水筒を取り出しました。
「そう言うと思ってコーヒーを用意しておきました。ここで一度休憩しましょう」
私と魔王さまはありがたくそのコーヒーをもらうことにしました。私は普段ブラックコーヒーはあまり飲まないのですが、これだけ甘い物が続くとちょうど良く感じられます。私は休憩がてらコスモスに尋ねてみました。
「ところでコスモス、もう結構進みましたけれど、首謀者のいる部屋はまだですか?」
魔王城はそれなりに広いですし部屋の数もかなりありますが、私たちがその気になれば一瞬で端から端まで移動することもできます。明日からはまたレストランの仕事もありますし、もう夜も遅いので、そろそろ本気を出してこの件を終わらせた方がいいかもしれません。
ですが、その心配は杞憂でした。
「もうすぐそこです。というか、この部屋です」
と、コスモスはすぐ目の前にある扉を指差して言いました。
意外に近かったですね。
「というか、それならば休憩せずにそのまま突入してもよかったのでは?」
「何を仰いますアリスさま、ボス戦の前に回復と装備の確認をするのは基本です」
どうやら、そういうセオリーがあるそうです。
装備といっても私も魔王さまも手ぶらなんですが。
「……おや? 何やらその部屋には見覚えがあるような?」
「うん、僕も何か忘れてるような気が?」
コスモスが示すその部屋には不思議と何か引っかかるものを感じます。どうやら魔王さまも何か思い当たる節があるようです。城内の雰囲気が謎生物の大量発生で一変しているせいか、どうにも思い出せません。
「まあ、とりあえず入ってみますか」
私たちはドアを開けてその部屋の中に入り……そして一発で思い出しました。
「おお、殿! よくぞいらして下さった」
そこには、二足歩行するロールケーキという珍妙極まる生物がいたのです。





