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迷宮レストラン  作者: 悠戯
旅行編
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たのしい旅行


 リサさんの国を訪れて早数日。

 アリス(わたし)と魔王さまは旅行を満喫していました。


 ある日のことです。

 私たちはとある歴史ある観光地にある呉服屋を訪れていました。

 どうやら、現在のこの国では特別な行事を除いて伝統衣装を着ることはほとんどないようですが、それでもその衣装の華やかさは目を引きます。店の前を通りかかった時にたまたま目にした着物が気になってじっくりと見てみたくなったのです。


 お店の人に尋ねたところ、外国人観光客向けに和服の試着をして写真を撮るサービスをしているとのことでしたので、私も和服を着てみることにしました。

 構造が独特なため自分では着方が分かりませんでしたが、ベテランの店員の方に手伝っていただき、どうにか着ることができました。



「魔王さま、どうですか?」



 試着室から出て魔王さまに感想を聞いてみました。

 緊張してちょっとドキドキします。



「うん可愛い。似合ってるよ、アリス」



 という答えが返ってきました。

 とても嬉しいです。今度は緊張とは違う理由でドキドキしました。


 私が試着したのは薄桃色の生地に白い牡丹の模様が描かれている着物。着慣れない格好のせいか少々違和感がありますが、思っていたよりも着心地がよく動きやすかったです。その場で軽く手足を曲げたり、店内を少し歩いたりしてみましたが問題なく動けました。



「こういう服はリサさんに似合いそうですね」



 私の金色の髪よりもリサさんの黒髪の方が着物には映えそうな気がします。彼女はこういう服は着ないのでしょうか?



「ふふ、気に入りました。この着物と、せっかくですから他にも違う柄の物を何着か買っていきましょう」



 私がそう言うと店員の方は随分驚いていました。

 どうやら、この種の衣服は価格が高いせいか試着はしても購入までする人は少ないそうです。幸い所持金には問題ありませんし、コスモスたちへのお土産にも買って行くことにしましょう。


 まとめて買いたいという事を伝えると、店の人は一瞬目を見開いて驚いていましたが流石はプロ。すぐに動揺を隠して、あれやこれやと色々な商品を勧めてきました。恐らくこちらが金払いの良い上客だと判断したのでしょう。

 お茶やお茶菓子まで出してきて、和服の着方や手入れの方法などを事細かに教えてくれました。購入者向けにそれらの情報を分かりやすくまとめた小冊子も頂いたので、帰ってからもちゃんと扱えると思います。

 沢山購入したからか、試着した着物の柄に合わせた牡丹の飾りがついたかんざしをオマケに付けてもらいましたし、じつに良い買物をしました。

 


 呉服屋で着物を購入した後、私たちは呉服屋の店員さんオススメの甘味処でお団子を食べながらお茶を飲んでいました。試着した着物は着たまま購入したので、今もそのまま着て来ています。他に購入した分に関しては、私たちが泊まっている宿まで届けてくれるそうなので安心です。



「美味しいですね、魔王さま!」



 私は注文した数種のお団子の盛り合わせから、みたらし団子の串を口に運びます。お団子の柔らかくも弾力のある官能的な食感、そしてみたらしダレの甘じょっぱさの相性が絶妙です。続いて熱いほうじ茶を飲んで口内の後味をさっぱりと洗い流します。



「ほぅ……」



 思わず溜め息が漏れました。お団子とお茶の相性が抜群で、クセになりそうな感覚です。流石はオススメされるお店なだけはあります。



「アリス、こっちのも美味しいよ!」



 魔王さまがそう言って粒あんの乗ったヨモギ団子の串を一本差し出してきました。私はあんこが着物に落ちないよう注意しながらその串を受け取って、そちらも一口食べてみました。


 ヨモギの苦み、それも嫌な苦みではない爽やかな苦みと香りが小豆あんの濃厚な甘さと上手く調和を取っています。先程のみたらしもそうでしたが、複数の風味や香りが組み合わさって、高いレベルの完成形を生み出しています。


 卓上に置かれたメニューを見ると、今食べた餡子やみたらしなどの定番以外にも栗や芋を使った物や味噌で味付けをした物など色々な種類のお団子があるようです。


 どれも美味しそうで食べてみたくなりますが、お団子は割と腹持ちがいいですし、どこかの誰かと違って一度にあまりたくさんの量は食べられそうにありません。



「でも、せっかくですからお土産に買っていきましょう!」



 作りたてよりも味は多少落ちるかもしれませんが、やっぱり食べてみたいですし持ち帰って宿でゆっくりと楽しむことにしました。





 ◆◆◆





 またある日のこと、私たちは水族館に行きました。



「魔王さま、イルカですよ!」


「イルカだね!」



 ちょうどイルカのショーをやっていたので、ステージの最前列の席で見てみました。飼育員の方の合図の通りにジャンプしたりボール遊びをしたりしています。よくあれほどに教え込んであるものだと感心しました。



「魔王さま、マグロですよ! 美味しそうですね!」


「うん、美味しそうだね!」



 別の場所ではマグロが水槽の中をグルグルと泳いでいました。

 こういう場所で美味しそうという感想は場違いではないかと一瞬だけ疑問に思いましたが、周囲を見れば他の見物客も同じようなことを言っていたので特別に私たちの食い意地が張っているわけではないのだと思います。



「魔王さま、クラゲです!」


「クラゲだね!」



 館内には様々なクラゲだけを集めた水槽もありました。

 水中をフワフワと漂っているだけなのに、見ていて不思議と飽きません。世の中には水槽でクラゲを飼育する愛好家もいるそうですが、その気持ちも少しだけ分かります。



「魔王さま、ナマコですよ!」


「ナマコだね!」


 ……よく考えたら、これは特に面白い所はなかったですね。

 ただ水底に黒っぽい物体があるだけですし。酢の物にしたり、干した物を煮込んだりすると美味しいんですけどね。 





 ◆◆◆





「魔王さま、回ってます! 回ってますよ!」


「うん、回ってるね!」


 また別の日のこと、とある海沿いの町を訪れていた私たちは昼食を取ろうと思い、目に付いたお寿司屋さんに入ったのですが、店内の光景を見て驚きました。

 店内に設置されたレーンにお寿司の皿が乗って、それが店内をグルグルと回っているのです。寿司屋の中でも、いわゆる回転寿司と呼ばれる業態のお店だそうで。


 後でスマホを使って調べたところ、回転寿司は普通の回らないスタイルのお店と比べると比較的安価な大衆店という位置付けだそうですが、このお店は海沿いの町だけあってか回っているお寿司のネタも新鮮で、けっこう美味しそうでした。



「へえ、タッチパネルでも注文できるんですね。魔王さま、お寿司以外にもいろんなメニューがあるみたいですよ!」


「じゃあ、折角だし色々食べてみようか!」



 どうやらお寿司以外にも様々なサイドメニューがあるようです。

 天ぷらや唐揚げ、フライドポテトなどの揚げ物、魚の焼き物、お刺身の盛り合わせ、うどんやそばなどの麺類に茶碗蒸し、ケーキやアイスクリームなどのデザートまで多種多様のラインナップが揃っています。


 私たちは好奇心の赴くままにタッチパネルで気になったメニューを注文しました。私が頼んだのは季節の野菜の天ぷら盛り合わせときつねうどんと茶碗蒸し、それとデザートに抹茶アイス。

 味は流石にそれぞれの料理の専門店には幾分劣りますが、それなりに美味しかったです。私たちは注文した物を全て食べて、すっかり満腹になって店を出て、そこであることに気付きました。



「ハッ!? 魔王さま、私一つもお寿司食べてません!」


「僕も!」



 恐るべし、回転寿司!





 ◆◆◆





 楽しい時間というのは過ぎるのが早いものです。


 日本で過ごした日々は二週間を超え、元の世界に帰る予定日が間近に迫っていました。名残は惜しいですが、魔王さまも私も責任ある立場です。思いつきで帰りを遅らせるわけにもまいりません。



「魔王さま、お土産を買いましょう!」


「そうだね!」 



 私たちは残り限られた時間で満足いくお土産を入手するために奔走していました。特に食品関係のお土産は日持ちしない物も少なくないので、帰る直前に買う必要があるのです。



「すみません、このお饅頭とお漬物を下さい!」


「このキーホルダーと木刀もお願いします!」



 私たちはお土産店や百貨店を巡っては気になった物をどんどん購入していきました。



「すみません、この佃煮を下さい!」


「このペナントと木刀を!」



 正直、自分でもテンションが上がりすぎて冷静さを欠いている自覚があります。普段なら絶対に買わないであろう物でも、ちょっとでも気になった物は片っ端から買いました。



「すみません、この少女漫画全巻セットを!」


「木刀!」



 最終的に買った物の総量は一トンを超えていましたが、トランクの中の空間を歪めたらどうにか収まりました。




 ◆◆◆




 帰る時は魔王さまが空間に穴を空けるだけなので移動時間はほとんどありません。予定していた日程ギリギリの時間に私たちは元の世界へと帰ってきました。迷宮最下層のレストラン、店舗兼自宅のすぐ前の空間に出たので、扉を開けて中へと入ります。



「魔王さま、楽しかったですね」


「そうだね、アリス」



 考えてみれば、数日に渡る旅行など初めてでしたし、我ながら少々ハシャぎ過ぎてしまったかもしれません。魔王さまとの二人旅という事で最初は緊張していましたが、結果的に上手くハメを外せたというか、純粋に旅を楽しむことができたと思います。



「魔王さま、アリスさま、おかえりなさいませ」 



 店内にはコスモスがいました。

 すでに日付が変わる直前の深夜なのでレストランの営業は終わっていますが、私たちを出迎えるためにわざわざ起きて待ってくれていたのでしょうか。その言動に少しだけ、いえ、かなりおかしい所はありますが、基本的には良い子ですから。



「ただいま、コスモス。お土産買ってきたよ」


「ただいま戻りました。留守中、何か問題はありませんでしたか?」



 まあ、この手の質問はいわば職務上の定型句みたいなもの。本当に問題が起きたとは私も思っていませんでした。

 ですがコスモスは、彼女にしては珍しく困ったような顔で言ったのです。



「じつは少々問題が発生しまして……結論から言いますと、魔王軍の一部が叛乱を起こしました」



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