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迷宮レストラン  作者: 悠戯
開店編
7/382

四天王


 魔界。

 人間の住む世界とは異なる位相に存在する魔族の故郷。


 そんな魔界の中心に巨大な建造物がありました。

 その威容は例えるなら山、それもゴツゴツとした岩山といったところでしょうか。


 それこそが全ての魔族の頂点に立つ魔王の居城たる魔王城。


 この日、そんな魔王城の巨大な広間に魔王軍の四人の大幹部が、通称”四天王”が魔族の行く末を決定すべく集結しようとしていたのです。



「ふむ……どうやら、私が一番乗りだったようですね」



 真っ暗な広間の中に男の声が響き渡ります。

 その風貌はメガネをかけた理知的な雰囲気の青年。一見優男のようにも見えますが、その身が内包する膨大な魔力は、人間の魔術師が千人束になっても遠く及ばないでしょう。


 四天王の中でも突出した速度を誇り、また見た目の印象通り知略にも秀でている。

 彼こそが四天王の一角、「風」のヘンドリックでありました。



「よお、相変わらず早いな。俺が一番かと思ったんだが」



 先に来ていたヘンドリックに声をかけるのは、はちきれんばかりの鋼の筋肉に包まれた偉丈夫。

 いかにも歴戦の豪傑といった雰囲気を纏う巨漢こそは、「地」のガルガリオン。

 四天王の中でも随一の膂力と体力を誇る古強者です。山をも動かすとされる彼の剛力の前では、分厚い城壁も薄紙とまるで変わりません。




「ふふ、ごきげんよう。まだ集合時間まで三十分以上あるというのに随分早いのね」



 先の二人から少し遅れて来たのは妖艶な空気をまとった絶世の美女。

 彼女は「水」のアクアディーネ。

 近接戦闘においては前述の二名にやや劣るものの、魔力の量と扱いにおいては他の追随を許さぬ魔女。指先ひとつで大海を干上がらせ、煮え滾るマグマを凍てつかせる。恐るべき魔道の使い手です。



 四天王のうち三名が揃ってから約三十分後……。



「ヤベーヤベー、時間まだ大丈夫だよな? 魔王さま、まだ来てない? っしゃ、セーフッ! いやー、ごめんごめん。昨日つい飲みすぎちゃってさぁ」



 などと聞かれてもいない言い訳をしながら広間に駆け込んできたのは、四天王最後の一人「地」のサブロー。戦闘力においては四天王でも最弱。更に言うと四人の中で唯一人だけ魔族ならぬ人間の身であるものの、魔王軍にとって極めて重要な“特殊能力”をもって四天王の一席に名を連ねていました。





 「風」のヘンドリック。

 「地」のガルガリオン。

 「水」のアクアディーネ。

 「地」のサブロー。


 この四名こそが魔王軍の頂点に最も近い最高幹部「四天王」。



 そして……。



「やあ、みんな揃っているようだね」



 広間の奥に据えられた玉座にいつの間にか座っていた黒髪の青年と、傍らに立つ金髪の少女。彼こそが全ての魔族の頂点に立つ魔王、そして従者のアリスでありました。


 魔王の手には杯が握られ、血のように赤い液体が手の動きに合わせてユラユラと揺れています。


 一見優しげな青年にしか見えませんが、その姿を見て侮るような愚か者はこの場にいません。

 魔王がその身に秘める力は文字通り天を裂き、地を砕く。

 四天王とて魔界全土から選りすぐられたツワモノ共には違いありませんが、魔王がその気になればまるで野の花を摘むような気楽さで、この場の全員の首を取ることすらできるでしょう。


 偉大なる主の姿を前に緊張を顕わにする四天王。


 そして、魔王が次なる言葉を発しました。



「えー、それでは今期の定例会議を始めます」



 アリスがてきぱきと魔王が手にしているのと同じ自家製トマトジュースのグラスを皆に配り、四天王たちも各自が持参した食品をどこからともなく取り出して、テーブルに並べていきます。

 そんな感じで和やかな雰囲気の中、魔界の食料生産、開拓、環境問題等々に関する報告と各種作物や加工食品の試食がメインの会議が始まったのでありました。




 会議開始から間もなく。



「今期の魔界の食料自給率は、前期から3%増で去年に続いて100%を大幅に超えています。人口の増加による消費量の増加、備蓄や加工品の研究に回す分を引いても十分な余裕が見込めるでしょう」



 報告書を片手にそう述べるのは「風」のヘンドリック。

 彼はインテリ風の見た目どおりに、計算や統計が絡む書類仕事を得意としています。四天王の他三名がどちらかというと現場で働くタイプで机仕事を苦手としているため、自然とその手の仕事を振られがちなのです。


 とはいえ、彼自身が苦にしていないので、今のところ特に問題になっていませんが。



「そして収穫時期に開催する予定の秋祭りですが、子供連れでも楽しめるビンゴ大会やミスコンなどを企画しておりまして、現在は計画の細部を詰めている段階です」



 その上、このようにイベントの企画から仕切りまで精力的にこなす彼は、まさに四天王として魔王軍に欠かせない存在であると言えましょう。







 会議開始から三十分後。



「ほら見てくれよ、この立派に育ったでっかい大根を! 煮物によし、生でよし。どう料理しても最高だぜ!」



 持参した大根を持ちながら、まるでそこらの八百屋か農家のオッサンのような事を熱弁しているのは剛力無双で知られる「地」のガルガリオン。彼が普段メインにしている仕事は、耕作に適さない荒地や砂漠のような土地の開拓や土壌の改良であり、農作物の栽培も手広く行っているのです。


 なので農家のオッサンというのも、まあ完全に間違いとは言えません。

 クワで地面を耕したり手作業で雑草を抜く彼を見れば、泣く子も黙る魔王軍の四天王だと思う者は誰一人としていないでしょう。


 とはいえ、有り余る体力と魔力にモノを言わせて、かつて魔界の半分以上を占めていた荒地を耕作可能な農地に変えてしまったあたりは、やはり並の実力ではありませんが。







 会議開始から一時間後。



「このアジの干物は自信作ですのよ。ほら、ちょっと炙るとお酒との相性が……ふぅ、この通り抜群で。あとこっちのカマボコもちょっとワサビをつけるとそれがまた美味しくって」



 持参した干物で一杯やりながら、もはや報告なのかなんなのか分からない世間話をしているのが「水」のアクアディーネ。普段は水産物の養殖から加工品の製造までの管理、汚染されていた魔界の海や河川の水質改善などの重要な仕事をしているのですが、ここにいるのはすでに単なる酔っ払いでした。


 しかし、その姿を咎めるものはすでにこの場にいません。

 というのも、ここにいる全員に程度の差こそあれ既にお酒が入っており、この集まりの名目が会議から飲み会へとシフトしつつあるからです。







 会議開始から三時間後。



「そんじゃ、一番サブロー歌いまっす!」



 四天王最後の一人「地」のサブローが、すっかりできあがった他の面々を前に歌っていました。

 彼は隠し芸や小粋なトークなどのネタを豊富に持っており、この手の集まりで場を盛り上げるのが大の得意。こういう席では何かと重宝されて、あちこちの宴会に日々招かれているのです。


 ちなみに一応言っておくと、先述の特殊能力というのはコレのことではありません。







 会議開始から十時間後。



「さて、そろそろお開きかな?」



 最初からずっとニコニコ笑いながら静かに場の様子を見守っていた魔王が呟きました。目の前には完全に酔いつぶれた四人の魔王軍最高幹部たちと、それから……。



「アリス、そろそろ帰るよ」



 己のヒザを枕にして酔って寝ている少女に声をかけました。

 けれども、お酒のせいか起きる様子もないし、無理に起こすのもかわいそうだと思ったのか、背中におぶって帰ることにしたようです。アリス本人に意識があれば歓喜と羞恥で悶絶モノの状況ですが、幸か不幸か完全に眠っていたので何の問題もありません。


 四天王たちは全員床にダウンしていますが、毎度のことなのでそのまま放置。

 そのうち目を覚まして勝手に帰ることでしょう。



「いやぁ、今日も楽しかったなぁ」



 魔王が片手に提げているのは、四天王の面々からお土産としてもらった野菜や魚介が入った布袋。それらをどう料理するか考えながら、なおかつ背中の同居人を起こさないよう気を付けつつ、魔王は本宅である魔王城から現在生活しているレストランへの帰路を歩むのでありました。



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― 新着の感想 ―
[一言] 四天王に地が2人いるしミスかな?と思ったけどそうじゃないのか。農業に必要な属性って事で風水地の3属性だったのかな
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