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迷宮レストラン  作者: 悠戯
旅行編

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再会


 あれから二週間が経ちました。


 わたしが日本へ戻ってからの日々は、かつて勇者として過ごした異世界での日々に比べると表面上は遥かに平穏でありますが、しかし精神的には平穏どころか波乱万丈な日々でした。


 なにしろ一年以上も電気も車もない社会にいたのです。

 そっちの暮らしにすっかり順応していた為か、現代日本での生活は便利だけれども、かえって気苦労の多いものに思えてしまいます。


 例を挙げると、朝は目覚ましが無くとも日が昇ると同時に自然と目が覚めてしまいますし、夜は九時には眠くなってしまいます。道を歩く時にうっかり信号を意識せずに横断歩道を渡ろうとしてしまったこともありますし、コンビニの前を通って自動ドアが開くのに反応してビクッとなったりもしてしまいました。


 ですが、流石にそろそろ慣れてきました。

 人間とは環境に順応する生き物なのですよ。


 考えてみればあっちの世界に行った時も、当初は大変でしたが案外すんなりと順応できた記憶があります。旅暮らしで野宿が続くことに慣れ、何日もお風呂に入れない日が続くことにも慣れ、その辺の木陰で平然と用を足せるようになったり……思い出したらだんだん悲しくなってきました、この話はやめましょう。


 まあ、とにかく時間と共にわたしは少しずつ日本での生活に慣れてきたわけなのです。





 ◆◆◆




 『洋食の一ツ橋』


 これがわたしのお祖父ちゃんとお父さんが料理人として働くお店の名前です。三階建ての店舗兼自宅の一階部分がお店で、二階と三階にわたしたち家族が住んでいます。


 営業時間は午前十一時から夜八時までで、土日はお休み。

 料理はどれも美味しいですが、なかでもカツやフライなどの揚げ物がオススメです。ケーキなどの甘い物も置いてますので、近所の奥様たちがお茶をしに来る姿もよく見かけます。


 お昼と夜の忙しい時間帯はアルバイトの方が入りますが、お母さんとわたしも家事や学業の合間にお店を手伝っています。注文を取ったり、厨房で野菜の皮むきや比較的簡単な調理をしたりと、大変ではありますが将来このお店を継ぎたい身としては勉強になることが多く、日々充実しています。



 そんなある日のことです。



「おーい、リサ。注文取って来てくれ」


「はーい」



 学校が終わって帰宅したわたしは、お父さんから注文を取ってくるよう頼まれました。時刻は午後四時過ぎ。お昼には遅いけれど夕食には早いという中途半端な時間です。この時間はお店も空いているので夜シフトのアルバイトの方もまだ来ていません。


 わたしはお冷とおしぼりを載せたお盆を手にフロアへと入りました。店内のお客さまは一組、若い男女のようです。


 旅行客なのかテーブルの脇に大きな旅行カバンが置かれています。見れば女性客の方は金髪ですし、もしかしたら外国の方かもしれません。

 ……いやぁ、この辺りには観光地なんてないのに旅行客だなんて変わったこともあるものですねぇ、うふふふふ。


 それにしてもこのお二人、不思議と既視感がありますねぇ……世の中三人は似た人がいるとも言いますし、どこかでよく似た方でも見たのかもしれませんねぇ、あはははは。



「やあ、どうもお久しぶりです」


「どうやら無事に帰れたみたいですね、よかったです」



 ええ、まあ魔王さんとアリスちゃんなんですけどね?




 ◆◆◆





「あの……おかげさまでちゃんと帰れました。あ、その前にお冷とおしぼりをどうぞ」


 少々混乱はありますが、厨房にはお父さんたちもいることですし、この場であまり込み入った話をするわけにもいきません。それにお客様として来ている以上は気心の知れた相手でもちゃんと対応しなければ。



「あはは、前とは立場が逆ですね」


「てっきりもっと驚くかと思いましたけど、意外と冷静ですね」



 いえいえ、かなり驚いていますとも。



「とりあえず、何か注文しようか。何がオススメですか?」


「そうですね、ウチは揚げ物が人気ですよ。ちょうど今日の日替わり定食がミックスフライなので色々食べられていいと思います。定食はライスかパンのどちらかを選べます」


「じゃあ僕は日替わり定食をライスで、アリスは何にする?」


「では魔王さまと同じ日替わりを、私はパンでお願いします」



 注文を取って、お父さんに伝えるために一旦厨房へと入ります。



「お父さん日替わり二つ、それぞれライスとパンで」


「わかった、先に定食のサラダとスープを運んでくれ……何か話していたみたいだが、知り合いか?」


「うん、友達だよ」


「そうか」



 あまり根掘り葉掘り関係を聞かれたら困ってしまいますが、お父さんは深く追求してくる気はないようで助かりました。



「じゃあ、サラダとスープ持っていくね」


「ああ」



 お父さんもお祖父ちゃんも昔ながらの職人気質で口数が少ないのです。たまに入ったばかりのアルバイトの方が上手く意思疎通を取れずに困っていたりするんですよね。



「お待たせしました、日替わりのミックスフライ定食です」



 わたしは二人の前に定食のお皿を並べます。

 お皿の上のフライ(一口カツ、エビフライ、イカフライ、クリームコロッケ)はまだ揚げたてでプツプツと油の弾ける音を立てています。



「これは美味しそうだね。じゃあ、いただきます」


「いただきます」



 魔王さんとアリスちゃんはミックスフライ定食を食べ始めました。

 舌が肥えている二人ですが、どうやらウチの店の味はお眼鏡にかなったようで、かなり早いペースで食べ進んでいます。



「うん、この衣の食感が良いね」


「あ、分かります? そのパン粉、近所のパン屋さんからパン粉用のパンを仕入れて、ウチの店で毎日使う分だけ削ってるんですよ」


「なるほど。魔王さま、今度私たちもパン粉用のパンとやらを研究してみましょうか?」



 二人は卓上の容器に入っているタルタルソースやウスターソース、レモンなどを少しずつフライにかけて、様々な味の変化を楽しんでいるようです。ちなみにタルタルソースもウスターソースも自家製ですよ。


 魔王さんたちは旺盛な食欲を発揮して、十分もしないうちにお皿は空になっていました。



「ふう、ごちそうさま」


「ごちそうさまでした。お値段は……日替わりが千円なので二人で二千円ですね。あ、小銭が多いので五百円を二枚と百円玉を十枚で」


「はい、二千円ちょうどですね」



 アリスちゃんはやけに手慣れた様子でお財布からお金を取り出して、ちゃんと日本円で会計をしました。金貨とか出されても困るのでいいんですが、どうやって日本円を入手したのかがちょっと気になります。



「では、勇者さん。色々と気になることがあると思いますが……」



 食事と会計を終えて、ようやくアリスちゃんが本題を切り出してきました。わたしも気持ちを切り替えて耳を傾けます。



「その前に一旦ホテルに荷物を置いてきたいので、話は後でいいですか?」


 

 ……今回は緊急性もなさそうなので別にいいんですけどね。

 わたしも今はお仕事中だからどのみちあまり長話はできませんし。



「それでは、念の為連絡先を交換しておきましょうか」



 そう言うとアリスちゃんと魔王さんは、ポケットからスマートフォンを取り出しました。そしてタッチパネル上で軽快に指を走らせ、迷うことなく操作しています。


 ……今、何かおかしなものを見た気がします。



「これがこちらの電話番号とメールアドレスです」


「あの……そのスマホ、どうしたんです?」


「ああ、これですか。ちゃんとお金を出して買った物ですから大丈夫です。親切な方が売ってくれました」



 その情報だけでは判断し辛いところですが、正規の手順で手に入れたモノなのかどうかが非常に気になります。



「いや、それが実に親切な方でして、コレを売ってくれた以外にも、持ってきた金貨や貴金属をこの国の通貨に換金してくれたり、身分証がないと不便だろうとわざわざパスポートとかいう物まで売ってくれたのです」


「何かと親身に相談に乗ってくれて本当に助かったよね。帰る前にお礼を言いに行かないとね」


 

 それ完全にアウトですよね? 

 その“親切な人”からはアウトローな香りがプンプンします。


 ですが、魔王さんもアリスちゃんもこの国の常識に疎いせいか、そのアウトっぷりに気付いてはいないようです。二人ともスマホの操作に習熟する前に覚えるべきことがあると思いますよ?



「では、私たちは二駅隣のホテルに泊まる予定なので、今夜か明日あたりに連絡を頂ければいつでも来ますので」


「ネット予約って便利だよね、魔界(ウチ)でも似たようなことできないかな?」



 お互いの連絡先を交換して魔王さんとアリスちゃんは去っていきました。スマホ関連のくだりで若干不安になりましたが、この国にあの二人を害することのできる存在はいないでしょうし、たぶん大丈夫だと思います。


 ……むしろ、異世界人に日本社会への順応性で負けてるっぽいわたし自身の方が心配です。



旅行編はそんなに長くならないと思います。


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