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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編

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旅の終わり【輝く勇者の帰還】

 

『どうやら、成功したようですね』

 


 勇者(わたし)の身体が光りだしたのを確認してか、女神さまがそのように言いました。どうやら、作戦は成功したようですが……。



『あ、魔王、もう動いても大丈夫ですよ』


「……そうですか?」



 地面にめり込み、埋められる途中の死体にしか見えなかった魔王さんが返事をしてムクリと起き上がりました。異様にリアリティのある死体っぷりでしたが、どうやらちゃんと生きていたみたいです。


  ……よかった、殺してなくて本当によかった。



「魔王さま、お身体が土で汚れてしまっているようですのでこれで拭いて下さい。お洋服は後で洗濯しておきますので帰ったら洗濯カゴに入れておいて下さいね」


「うん、ありがとうアリス」



 アリスちゃんがどこからか取り出した濡れタオルを差し出し、魔王さんはそれで顔を拭います。



「それにしても、すごい演技力でしたね。ホントに死んじゃったかと思いました」


「ふふ、魔王さまはあれくらいでは死にません。というか、あれで死ぬなら私が百年前に殺してしまっていたでしょうし」


「あはは、死んだフリってコツがあるんですよ。ポイントは心臓を止めることですね」



 談笑にしてはやけに物騒な会話でしたが、いつものようにお喋りをします。やけにリアルな死んだフリだと思ったらさっきは心臓を止めていたそうです。心臓って自分の意思で止められるモノではなかった気がしますが。


 他愛のない雑談をしますが、その間にもわたしの身体から放たれる光は少しずつ強くなってきています。恐らくですが、帰る時が近付いてきているのでしょう。



「ところで女神さま、あとどれくらいの時間で元の世界に帰れるんですか?」


『そうですね、送喚の術式は確かに起動しているので……あと五時間くらいですね』



 けっこう時間の余裕がありました。



「では魔王さま、今のうちに着替えてきてはいかがです?」


「じゃあ、そうしようかな」



 何となく事が済んだらすぐにでも帰るものだと思っていたので、微妙に時間を持て余してしまいます。



「それでは、こんな所で何時間も待っているのもなんですし場所を移しましょうか?」


「そうですね、じゃあとりあえずいつものレストランにでも」



 アリスちゃんの提案にわたしも同意し、その場にいた面々はゾロゾロと場所を移動することになりました。残りあと四時間以上、何もしないのは手持ち無沙汰ですが、何かするとなると短いという微妙な時間です。



「では、勇者さんの送別会ということで何か食べる物でも用意してきましょう。時間がないので簡単な物だけですが」


『まあ、それは素晴らしいですね』


「はい、ワタクシも良い考えだと思います」



 神子さん&女神さまが両手を上げてアリスちゃんの考えに賛同しました。“送別会”と“食べ物”のどちらが素晴らしいと思ったのかはあえて聞きませんが。

 アリスちゃんは着替えを終えた魔王さんと共に厨房に向かいました。飲み物だけ先にコスモスさんやホムンクルスの皆さんが用意してくれたので、ジュースを飲みながら待つことにします。


 その間もゆっくりとわたしの身体の光は強くなっていきます。





 ◆◆◆





「勇者よ。余は、いや私は貴方に何と礼を言えばいいか……」


「い、いえ、こうして八方丸く収まりましたし、あまり気にしないで下さい」


 お酒が入っていつもより饒舌になった王様がわたしにお礼を言ってきました。結局勇者らしいことはあんまりしなかった気もしますけど。



「いや、貴方がいなければ、こうして人間と魔族が手を取り合うことなど決してなかったであろう。それは、ただ敵を倒すよりも遥かに難しいことだ」



 わたしとしては、ただ成り行きに流されるうちに勝手に世界が平和になっただけなようにも思いますが、そうまで言われると何だか自分が大した人間なようにも思えてきます。



「そうだ、王都に貴方の像を建てるとしよう。都のどこからでも見えるような巨大な黄金の勇者像を……」


「それは止めてください!」



 どんな罰ゲームですか。しかも黄金像って、税金の無駄遣いにもほどがあります。せっかく平和になったのに暴動がおきかねません。



「良い考えだと思ったんだが……」


「すみません、それだけは勘弁してください」



 余談ですが、この時の意見を受けて後日王都に勇者の銅像が建てられた際、勇者の像が銅であることを理由に、不満を持った国民が王城に殺到するという事件が起こりました。しかも「勇者さまの像に金を惜しむとは何事だ!」という理由で。


 かつての仇敵であった魔族との和平を実現させた立役者である救世の勇者。その像を作るのに税金を使わず何に使うのだ。国庫に金がないなら臨時の増税をするくらいの機転を利かせろ。勇者像は純金に宝石を散りばめたような豪華絢爛な物こそがふさわしい、などなど。勇者の人気は本人の知らないところでこれほどまでに高まっていたのです。


 最終的に国王自らが民衆の前で、像が銅像であるのは勇者本人の意向であり、民から集めた税を自身のためでなく民のために使うようにという配慮からくるものである、という説明をしてこの事件は解決しました。ですが、そのように民を慮る勇者のエピソードはさらに彼女の人気を高めるための燃料ともなるのでした。





 ◆◆◆





 まぶしい……。


 帰還予定時間までおよそ三時間。わたしの身体から放たれる光はますます強さを増していました。



『術式を作った時にはこういうのがカッコイイと思ったんですけど、この演出は失敗でしたね』


「え、もしかしてただの演出なんですか、この光? 何か光る必然性があるわけではなく」


『ええ、昔の自分のセンスって時間が経ってから見返すと結構微妙ですよね……あ、でも夜道を歩く時とか便利そうですね』



 今のやり取りでお分かりかとも思いますが、わたしの身体はそれはもうピカピカと光り輝いています。蛍光塗料を頭から被ってもここまでは光らないでしょう。まるで自分が電球にでもなったかのようです。


 でも、この状態で道を歩きたくはないですよ。


 わたしは自分の身体から放たれる光に目を眩ませながら、テーブルの上に置いてあるサンドイッチを取ろうと手を伸ばしました。



『あ、勇者、急に動かないで下さい! 眩しいじゃないですか』



 女神さまが眼を背けながらプンスカと抗議してきました。理不尽……。



「勇者さま、コレをどうぞ」


「ありがとうございます、コスモスさん。ああ、やっと普通に見れます」



 あまりの眩しさに皆がわたしに背を向けながら話すという、ある種イジメじみた光景は全員にサングラスが配られたことでようやく解決しました。今度はファンタジー世界の方々が一人残らずサングラスを着用しているという、それはそれで異様な光景に変わりましたが背を向けられたまま話すよりはいくらかマシです。



「それにしてもよくサングラスなんてありましたね?」


「売店の新商品として試作中の物の失敗作ですが」


「失敗なんですか? サングラスとしては問題なさそうですけど」


「いえいえ、これはサングラスではなく“服が透けて見えるメガネ”の試作品です。レンズに込める魔力の調整に失敗するとこのように黒く曇ってしまうのです」


「……何を作ろうとしてるんですか、あなたは」


「ですから“服が透けて見えるメガネ”です。わざわざ聞き返すということはご興味がおありで? 流石はエロい身体つきをしてるだけはありますな」


「違います!」



 史上稀に見るレベルの酷い濡れ衣を着せられそうになりました。口を開かなければクールな銀髪美女なのに中身はセクハラ魔とか、ちょっとキャラ濃すぎませんか、この人。


 

「さらに一人で姉属性と妹属性を兼任、おまけに人外属性で実年齢は生後数か月の0歳児。いやはや、我ながらなかなかのモノですな」


「心を読まないで下さい!」



 この人は一体どこを目指しているんでしょうか。





 ◆◆◆




 

 お喋りをしたり飲み食いしたりしているうちに、なんやかんやと三時間近くも経っていました。予定通りならば、あと二時間くらいで帰れるはずです。わたしの身体もそれはもう太陽面の如くに光り輝いています。別に熱くはないし、女神さま曰く直視しても目に害は無いそうですけど。


 ですが、流石にそろそろ話題も尽きてきました。

 そもそも魔王さんと戦った直後に帰れると思い込んでいたため、事前に別れの挨拶などは済ませているのです。送別会での話のネタなんてそうそうバリエーションはありませんし、一人と一柱を除いて際限なく食事を続けることもできません。



「何というか、もっとこう……感動の別れみたいなものを想像してたんですけどね」


「ええ。まあ、あまり悲しい雰囲気にならないのは考えようによっては悪くないですが」



 サングラスを着用したアリスちゃんとダラダラと会話をしますが、どうにも話題が続きません。かといって中座したり一眠りしたりするには短いというある意味絶妙の時間です。



「話題、話題……そうですね、恋愛話(コイバナ)とか? 最近、魔王さんとはどうなんです?」



 なんだか修学旅行の夜みたいな話題ですが、何気なく思いついて話を振ってみました。一応他の人に聞こえないようにヒソヒソ声で言ってみたんですが、そのリアクションは想像以上でした。



「な、な……!? べ、別に私と魔王さまは何も……というか、何で魔王さまの名前が!?」



 こうかはばつぐんだ!


 というか、そんなに大声を出したら魔王さんに聞こえちゃいますよ?


 わたしたちは店の隅に移動して小声で会話を続けました。



「何でって、それは見てたら普通に気付きますよ?」


「そんな……!」



 具体的には出会って三日以内くらいには気付いてました。

 これは別にわたしの観察眼が優れているのではなく彼女の態度があまりにもあからさまだったからです。これで気付かなかったら十代女子としてちょっとどうかと思うレベルです。


 むしろ、一緒に住んでるのに結婚はおろか付き合ってもいないことに驚いた覚えがあります。どうやらアリスちゃんが気持ちを隠したがっている風だったのでこれまでは触れずにいましたが、最後くらいはいいでしょう。



「いや、見てればバレバレですって」


「バレバレって……そんなにですか?」


「そんなにです」



 迷いなく断言しました。

 それを受けてアリスちゃんは少なからずショックを受けたようです。



「わたしが見たところ、魔王軍の人たちとかホムンクルスさんたちは皆気付いてますね……不思議と魔王さん本人は気付いてないみたいですけど」


「そ、そうですか……」



 アリスちゃんは嬉しいやら悲しいやらといった複雑な表情をしています。その様子を見て、この世界での残りわずかな時間はこの不器用な友人の為に使うことに決めました。



「わたしが見たところ、魔王さんがアリスちゃんに好意を持ってるのは十中八九間違いないと思います」


「本当ですかっ!」



 だから声が大きいですって。



「でもその好意は恋愛的な意味じゃなくて、友達とか部下に向けるタイプですね。ラブじゃなくてライクの方です」


「そ、そうですか……」



 アリスちゃんはわたしが言葉を発する度にコロコロと表情を変えます。実にからかい甲斐があって面白い……ではなく心配しがいのある友人です。



「たぶん、魔王さんは女性に興味がない……」


「そんな!?」


「……のではなく恋愛自体に興味がないんじゃないですか?」


「そ、そうですよね! そうでないと困りますっ。いや恋愛に興味がないのも困りますけど」



 ちなみに言葉を区切ったのはわざとです。いけないと分かっていても、ついからかいたくなってしまいます。これはいけません、この遊びには中毒性があります。



「魔王さんの鈍さは正直ちょっとどうかと思うレベルです。このままでは何百年たっても自分からアリスちゃんの気持ちに気付くことはないと思います」


「それは……私も薄々気付いてましたけど……」



 まあ、二人とも人間と比べて遥かに長い寿命があるようなので、千年くらいあれば流石に気付くかもしれませんが。



「なので、ポイントはとにかく自分からはっきりと意思表示をすることです。そうしなければ始まりません」


「私から……はっきり……」


「それと、なるべく急いだ方がいいですよ。こういうのは早い者勝ちみたいなところがありますから。いつまでも先延ばしにしていると他の人に取られちゃうかもしれません」


「うぅ……そういえばこの間もどこぞの人間から縁談があったとか」


「もうそういう話があったんですか? とにかく早くしないと取られちゃいますよ、たとえば……」




 “たとえば……わたしとかに。”


 その言葉は口にせず飲み込みました。


 なにしろホームシックで精神的に弱っていたところを助けられて、色々と優しくしてもらったり、知らないことを教えてもらったり、普通の友達みたいに一緒に遊んだり……いや、それは惚れますって。


 勇者(わたし)魔王(かれ)に恋をしています。


 でも、わたしは元の世界に帰ることを優先しました。わたしは日本に置いてきたモノとその感情を天秤にかけて帰ることを選びました。だから、わたしにその言葉を口にする資格はありません。


 それに、わたしはアリスちゃんも好きなのです。

 魔王さんを想うアリスちゃんが好きなのです。だから実利とか友情とか色々考えた上で彼女を応援することに決めました。完全に割り切れたとはまだ言い難いですが、自分の気持ちの落とし所としてはこれがベストだと思いました。



「これから頑張って下さいね」


「はい!」



 そうじゃなきゃ、わたしが報われませんから。


 それから一時間以上もかけて、アリスちゃんにはわたしが思いつく限りのアドバイスをしておきました。


 そのアドバイスを活かす場面を見れないのは残念なのか?

 それとも見れなくて良かったのか?

 それは自分でもよく分かりません。





 ◆◆◆





『もうあと三分ほどですが、準備はいいですか?』


「……はい」



 最初は長く感じた待ち時間も残すところあと僅かです。

 途中で緩みきっていた気持ちも流石に引き締まり、緊張で手が汗ばむのを感じます。なお光が強すぎてサングラスはもはや用を成さなくなっているので、全員すでに外しています。まぶしすぎて視界が悪いのであまり身動きできませんが、最後まで全員サングラス着用で見送りとかシュールすぎるのでそこはガマンしてもらいましょう。



『戻るのは勇者(あなた)がこの世界に来る直前の時間と場所です。急激な環境の変化で心身にショックを受けるかもしれませんが、落ち着いて、戻った先でパニックを起こしたりはしないように』



 久々にシリアスな雰囲気で女神さまがわたしに注意事項を伝えました。この世界に来たのはもう一年以上前なので少々記憶が曖昧になっていますが、わたしはこの世界に召喚される直前まで学校の教室にいました。たしか授業が終わって帰宅しようと思ったところだったはずです。


 わたしは深呼吸をして気持ちを落ち着けます。

 不安はありますが、大丈夫だと自分に言い聞かせます。



『では、もう時間もありません。これが最後になるでしょう、何か伝えたいことはありますか?』



 わたしが伝えたいこと。

 わたしが言うべきこと。

 少しだけ考えて、それから口を開きました。



「……ありがとう……」



 この世界に来て、大変でした。


 辛いことや悲しいこともありました。


 わたしを助けてくれた人たちがいました。


 わたしが助けた人たちがいました。


 助けた人にお礼を言われたことがありました。


 一緒に遊んだり、美味しい物を食べたりしました。


 大切な友達ができました。


 ……好きな人ができました。


 今となっては全てが良い思い出……とまでは言いませんが、この世界でのことを思い出したら自然と感謝の言葉が出てきました。



「ありがとうございました……元の世界に帰っても、あなたたちの事は絶対忘れません……!」



 いつの間にか、わたしの目からはポロポロと涙がこぼれていました。


 目の前の皆も泣きながら、あるいは笑顔で、口々に別れの言葉を口にしています。


 光は更に強さを増しています。もう残された時間は何秒もないでしょう。



「わたしは……みんなと会えて……良かった!」



 その言葉を言い終えた刹那、光の強さは最高潮を迎え、そして一瞬の後にその光が収まった時には、勇者と呼ばれた少女はこの世界から完全に消失していました。



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