一つの結末(真)
連日の会議の結果、人間界と魔界双方の世界間で和平条約や通商条約が締結され、およそ一月にも及んだ会議は平穏無事に終結しました。
見事に役目を果たした人間側の会議の参加者たちは、少数の人員を連絡員として残してほとんどが帰国の途に就きました。参加者たちは各々の国で重職に就いている者が多いため、あまり長く留守にするわけにはいかないのです。きっと、帰ったら山のように溜まった仕事が彼らを待ち受けていることでしょう。
連日連夜の美食続きで、来る前よりも色々な意味で丸くなった彼らは名残を惜しみつつも帰っていきました。
そして勇者は両世界の和平が成ったことを見届けると、勇者という存在がこの世界にもはや不要であることを悟り、自らも故郷へと帰ることを決めました。
その手段は魔王との八百長試合。
本来であれば勇者が魔王を倒せば元の世界に帰還できるのですが、もはや魔王の打倒など誰も望んでいません。
そこで条件の裏を突き、魔王打倒の判断を行う聖剣に意図的に勝敗を誤認させることで、魔王を殺害することなく勇者の帰還を成そうというのです。
『もしもコレが成功したら……コレで成功するかはわたくしも分かりませんが、成功した場合は自動的に元の世界への送喚が始まります。そうなればもう中断はできませんが心残りはありませんか?』
「……はい、わたしはいつでも。魔王さんはどうですか?」
「僕はいつでも大丈夫です」
正直、この方法で帰還できるかどうかは召喚の術式を製作した女神にとっても未知数であり、成功するかどうかはわかりません。失敗した場合は次善の策として年単位の時間をかけて女神が術式の解除に取り掛かることになっています。
ですが、もしも成功したならば直後に自動的に帰還の為の術式が起動してしまうため、勇者はこの世界の知人にその旨を伝えた上で別れを告げ、そしてこの魔王との戦いの場に臨んでいました。
場所は迷宮地下にある広い空間です。事前に障害になりそうな物は片付けられ、動きやすいよう整地してあります。更に勇者や魔王が暴れても壁や天井が崩落したりしないようにと魔王やアリスの手で何重にも防護の結界が張られています。
『フリとはいえ、明らかな手抜きでは恐らくダメでしょう。二人ともそれなり以上には力を出して接戦を演じて下さい。特に勇者は本当に殺すくらいの気持ちで』
【うむ、我もなるべく虚心になって八百長のことは思考から外すよう努めよう。我が主も此度は諸事情を忘れ、無心になって我を振るうがいい】
女神と聖剣もそれぞれ留意すべき点を伝えます。
「じゃあ、あんまり細かく打ち合わせない方がかえっていいかもしれませんね」
「そうですね。じゃあ、はじめに強く当たって後は流れで」
そして打ち合わせもそこそこに、勇者と魔王の最初で最後の戦いが始まりました。
◆◆◆
※以下は本章の冒頭『序章:一つの結末』と合わせてお楽しみください。
どうしてこうなってしまったんだろう?
その場にいた全ての者がそんなことを思っていました。
※
(なにしろ事は八百長です。皆、止むを得ない事情があるのは知っていますが、本来あまり褒められた行いではありません。ましてや勇者や魔王がすることではありません。
加えて言えばこれでちゃんと勇者が帰れるという保障もありません。上手くいけば儲けものですが、最悪加減を誤ってケガをするだけで終わってしまう可能性も充分にあるのです。
なお、この戦いはアリスやホムンクルスたち、神子&女神、勇者を召喚した国王、勇者の旅の仲間たちが周りで見守っています)
静寂で満たされた広い空間に、時折金属を打ち鳴らすような音が鳴り響いています。その音はまるで聖堂の鐘のように清澄で、なのに音を鳴らす者の心境が伝わってくるような空虚な音でありました。
※(勇者は最初のうちは魔王にケガをさせないようにとおっかなびっくり聖剣を振っていましたが、徐々に加減のコツをつかんできたのか剣速を速めていきました。これで上手くいくのかという疑念が幾度も湧いてきましたが、雑念を心から追い出して虚心で剣を振るうことに集中しました。
魔王の方は何を考えているのかイマイチ分かりませんが、まだまだ余裕があるのか笑顔のままで危なげなく勇者の攻撃を捌いています)
音の発生源である二人の人物、勇者と魔王がそれぞれの武器を打ち合わせる動作は美しくすらあり、まるで熟練の剣闘士による剣舞のようにも思えます。しかし、それは決して剣舞などではないのです。
※(いくらそれっぽく見えるからといっても、八百長試合と剣舞を一緒にしたら真面目に剣士やダンサーをやっている人に怒られても文句は言えません。
ついでに言うと、勇者も魔王もまだ余力を残して剣を振るっていましたが、すでに常人では視認することすらできない領域の速度で動いています。目で追えない速さの剣舞など存在する意味がないでしょう。
ちなみに、この時点でちゃんと二人の動きを目で追えているのは先代の魔王であるアリスだけで、他の人々は二人の残像すら見えず、ただカキンカキンという金属音が何もない空間から聞こえるだけの状態です。様子が全く分からないのでは手に汗握ることもできません)
剣戟の回数はたちまち十を越え、五十を越え、そして百に届こうかという時、戦いの均衡が崩れました。
※(より本気の戦いらしくするために、勇者は途中から視線や踏み込み、殺気まで使いフェイントをかけたりもしましたが、今のところ魔王は異常なまでの動体視力と勘の良さで全ての攻撃を笑顔のままあっさり完封しています。
ですが、あまりにもあっさり捌かれ続けたせいか勇者も少しだけムキになってしまったようです。思わず加減を忘れて本気の攻撃を放ってしまいました)
剣を打ち合わせた拍子に勇者と魔王の視線が交錯し、どのような想いによるものかほんの一瞬だけ魔王が動きを止めたのです。それは髪の一筋ほどの刹那の間ではありましたが、勇者はその虚を見逃さず、動きを止めた魔王の頚部に向けて逆袈裟に聖剣を振るいます。
※(音速を大幅に超えていた勇者の全力攻撃もあっさりと防がれてしまいましたが、魔王はこのあたりが勝負をつける頃合だと判断したようです。
目が合った瞬間にパチパチとウインクをしてアイコンタクトで勇者に合図を送りました。それを受けた勇者も、それまでの攻防から魔王に手加減することの無意味さを思い知った為か、手加減無しで急所に一撃を叩き込もうとしました)
魔王は勇者の聖剣がまるでスローモーションのように迫ってくるのを、避けるでもなく防ぐでもなく、ただ軽く微笑みながら見つめていました。その表情には恐怖や苦痛を押し殺した様子などなく、むしろ剣を振るう相手を安心させようと気遣うかのようでありました。
※(事実、魔王の馬鹿げた動体視力は超スピードで迫る聖剣をしっかりと捉えていました。その気になれば避けるなり受けるなりすることも簡単でしたが、それでは今回の目的が果たせないので無防備に攻撃を受けることにしたのです)
聖剣がゆっくりと魔王の頚部へと吸い込まれていき、そして…………。
「これでいいんだ。これで君は家に帰れるんだから」
そんな声が聞こえた気がしました。
※(というか、首に聖剣の一撃を受けながら普通に喋っていました)
◆◆◆
「ウワーッ、ヤーラーレーター!」
勇者の攻撃を喰らった魔王は、そんな棒読みセリフを叫びながら錐揉み状に吹っ飛びました。勇者の攻撃の勢いに魔王自身の脚力が加わり、凄まじい勢いで後方へと勢いよく飛び、そのまま小さなクレーターができるほどの勢いで地面にめり込みました。あらかじめ室内を結界で補強していなければあまりの勢いで壁や天井が崩落していたかもしれません。
そして魔王は、そのままピクリとも身体を動かしません、どうやら死んだフリをしているようです。
勇者が恐る恐る地面にめり込んだ魔王に近付きました。
「ついつい強めにやっちゃいましたけど……もしもーし、魔王さん?」
呼びかけましたが、魔王からの返事はありません。
「……ホントに死んでないですよね?」
魔王の死んだフリはそれは見事なものでした。出血はありませんが、白目をむいて呼吸も止め、手足は力が完全に抜けてダラリと垂れ下がっています。プロの俳優顔負けという風に自らの役割を演じきっています。
「え……ウソですよね!?」
あまりに見事な死体っぷりに勇者はだんだんと不安になってきました。八百長のつもりが本当に殺してしまったんじゃないかと、だんだん怖くなってきたのです。
その時、異変が起こりました。
「え?」
勇者の身体が、最初は気付かないほどに弱く、次第にはっきりわかるほどに強い光を放ち始めたのです。
これがマオウ=サンのシニフリ・ジツである。イヤーッ!





