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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編

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閑話・旅の終わり【老人と剣】


「ははっ、わはははは! やった、ついにやったぞ!」


 静かな部屋に老人の笑い声が、聞く者に狂気すら感じさせるような声が響きました。場所は魔王から実験室として借り受けている迷宮内の一室。

 声の主は勇者の同行者の一人である老賢者。

 老爺の手には一本の短剣が握られていました。一見何の変哲もないその一本の短剣こそが狂笑の原因であり、そして老人の、いや彼の一族に受け継がれてきた執念の結晶なのです。


 老人は己の喉から漏れ続ける笑いと、いつしか目に浮かんでいた涙がおさまると、手にした短剣に魔力を込めながら強く念じました。


 すると短剣はゆっくりと、けれど見間違いなどではなく確かにその姿を変え始めます。カメの歩みの如き遅々たる速度。けれど決して止まることのない確かな動き。数分後、老人の手の中には飾り気のない杖が握られていました。


 人造聖剣。


 勇者が持つというかの聖剣・変幻剣。

 持ち主の意のままにその姿を変え、超人的な技量や身体能力までも付与するという伝説の神造剣。老人の家系は代々その再現を目標に研究を重ね、そして本日この時、その数百年に渡る一族の努力は報われたのです。



「おめでとうございます、お爺ちゃん」


【うむ、人の身でありながら神の業の一端に至った事は偉業と言えよう。じつに見事である】


「おお勇者ちゃん、聖剣殿も。ありがとう、本当にありがとうよ!」



 聖剣の持ち主である勇者、そして聖剣自身。彼女らの協力なくしては、とてもこの成果を得ることはできなかったでしょう。


 なにしろ勇者は旅の初期から顕現させた聖剣を研究用として惜しげもなく預けたり、時には実験として言われるがままに変形させたりといった実演など惜しげもなく協力していたのです。そんな風に完成形を実験材料に出来るのだから研究が捗らないはずもなし。


 そして最近になって自我を持っていることが判明した聖剣自身も、比較的短期間ではありますが老人に協力していました。

 老人が聖剣の悪用を考えるような人物でないことは分かっていましたし、何より高い目標に向けて飽くなき研鑽を積むような人物を聖剣は好んでいました。



「とりあえずは一段落といったところかの。じゃが、まだ課題は多い」



 老人の研究成果である人造聖剣。

 それは本家の聖剣と比べたらまだまだ遥かに劣る物でしかありません。


 持ち主の意のままに変形する。

 それには違いないのですが、勇者の聖剣が一瞬で形も大きさも自在に変えるのに対して、人造聖剣の変形速度はまるでナメクジが這うかのようなゆっくりとしたもので、しかもその間持ち主は変形後の形を強くイメージしながら魔力を注ぎ続けなければ変形が中途半端な状態で止まってしまうのです。

 それならば初めから複数の武器を持ち歩いて、必要に応じて持ち替えた方がマシでしょう。なにせ、この人造聖剣一本を作るのに必要な金額で、普通の剣が百本以上も買えてしまうのです。


 さらに本家の聖剣の機能である超人的な技量や身体能力の付与に関しては、今のところまったく実現の目処が立っていません。

 変形させた人造聖剣を十全に使うには、結局持ち主が長い時間をかけて習熟するしかないのです。どんな形にしても瞬時に使いこなせる勇者の聖剣との差がどれだけあるかは、あえて語るまでもないでしょう。



「そのあたりの課題は、恐らくワシの子孫に引き継ぐことになるじゃろうな」



 老賢者の成した事は偉業には違いない。違いないが、それはまだまだ道の途上に過ぎません。実現できた変形機構にしても改良点は無数にあり、それらの問題の全てが解決するのは遥か未来のことになるでしょう。老人に残された時間は有限で、研究の到達地点を彼が見届けることはできないのです。


 だが、老人はそれでもいいと思っていました。

 先祖代々歩んできた道は間違いではなかった。それを証明できたことが何よりも嬉しい。そして、その道はまだまだ先へと続いている。

 彼の子孫がその道を進み続ければ、いつの日か必ず目的地へと辿り着けると確信できた。これならば道半ばであっても満足して逝くことができるであろう、と。



「まあ後のことは後で考えるとして、早速改良点の洗い出しと実験に取り掛かるとするかの」


【うむ、良い心がけだ。差し当たり、材料の合金に使っているミスリルを精錬する際の炉の温度を上げてみるがいい。現状では不純物のせいで魔力の伝導効率が落ちているようだ】


「なるほど、じゃがそうなると人間の鍛冶屋では手に負えんな。ドワーフの知人に依頼の手紙を書くとするか」



 満足したからといって隠居する気などサラサラなく、生涯現役を貫くつもりの老人です。きっと最期まで同じ調子で研究を続けることでしょう。




 ◆◆◆




「ところで、聖剣殿のことで気になったんじゃが」


【何であるか?】


「何で女神さまは聖剣殿が自由に動けないようにしておいたんじゃろうかの? 最初から意思疎通が取れれば何かと助かった場面もあったじゃろうし」


「そう言われると不思議ですね。わたしも気になります」


 女神が最近教えるまで聖剣に人格があることは誰一人として知りませんでした。そこには一体どういう理由があるのでしょうか。



【うむ、それであるが……】


『あ、ここにいたんですね、勇者』



 その時部屋のドアを開けて女神が入ってきました。

 どうやら勇者のことを探していたようです。



『魔王が見当たらないので、かわりにゴハンを作って下さい。お腹が空きました』



 どうやら、かなり下らない理由で探していたようです。



【女神よ。もう夜も遅い、人の部屋に入る時はノックぐらいすべきであろう、人の世では無断で入るのは失礼に当たるのだ】


『わたくし神さまだから、そんなの知らないですもん。それよりも早くゴハンを……』


【……おい、女神。正座】


『え?』


【そこに正座するがいい。久しぶりだが、どうやら説教の必要があるようだ】


「……あの、聖剣さん? わたしなら別にゴハンくらい作りますけど」



 いつもは紳士的な聖剣の剣幕に驚いた勇者が女神に助け舟を出しました。ですが……、



【我が主よ、そういう問題ではないのだ。我はこの駄女神の性根を叩き直さねばならぬ。そもそも神子はどうしたのだ? 同じ大飯喰らいとはいえ、彼女がこのような礼節の欠片もない振る舞いを許容するとは思えぬ】


『あの、神子(ごしゅじん)さまなら今は寝ていますけど』


【なるほど、それで身体を勝手に拝借して夜食をタカりにきたというわけか。夜遅い時間の飲食は美容や健康にも悪い影響を与える。神とはいえ他者の肉体にそのような影響を勝手に与えるなど許されぬ!】


『怒るところ、そこですか!?』



 怒るポイントはさておき、どうやら女神は聖剣の逆鱗に触れてしまったようです。



【我が主よ、すまぬが我は今からこの駄女神に人の道を説かねばならぬ。長くなると思うので先に休んでいてくれ】


「はい……あの程々にしておいてあげて下さいね」


「これが、女神……伝承とはずいぶん違うのぅ」


『うぅ、こうなるから人格を封印しておいたのに……』



 剣が神に人の道を説くとは、これ如何に。

 人間要素が欠片も含まれていなさそうですが、少なくともこの場においてどちらに理があるのかは明らかです。勇者と老人は何だか居た堪れない気分で部屋を後にするのでした。



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