バーベキュー(後編)
「こんにちは! アンジェリカちゃん、エリックくん」
「あ、昨日のお姉さん」
「こんにちは」
少し時間をおいてから会場に戻った勇者は昨日出会った二人を見かけて声をかけました。二人は会場の一角に用意された果物やお菓子などの甘い物をつまんでいるようです。
「ここのお菓子、どれもすごく美味しいの」
「ボクらの村じゃ砂糖を使ったお菓子なんて滅多に食べられないからね」
わたしはふと思いついてお菓子の山からマシュマロを三つ手にとり、そして二人に言いました。
「甘い物が好きならこういう食べ方はどうですか?」
わたしは串のようにした聖剣の先にマシュマロを刺して、近くの焼き台に移動しました。そしてマシュマロの表面に軽く焦げ目がつくくらいに炙り、そして串を二人に差し出します。
「はい、どうぞ。火傷しないように気をつけて」
「えっと、ありがとうございます。わ、熱っ……美味しいっ」
「ありがとうございます。うわぁ、火を通すと甘みが強くなったみたい」
マシュマロに火が通ることで香ばしさが加わる上に甘さが強くなり、適度に中身が溶けて元の弾力のある食感からトロリとした食感に変化します。日本ではキャンプやバーベキューで定番の食べ方ですが、どうやら二人も気に入ってくれたようです。
「よかったら、君たちもやってみますか?」
わたしが勧めると二人は好奇心を刺激されたのか、お菓子の山から取ってきたマシュマロを食べ終わった串に刺して自分たちで焼き始めました。
「わっ、溶けてきちゃった!?」
「アンジェリカ、火が近すぎたんじゃないの?」
「ふっふっふ、遠火でじっくり焼くのがコツですよ」
最初の何個かは溶けてしまったり熱の入りが浅かったりと失敗してしまったようですが、二人ともすぐに上達してマシュマロを上手に焼けるようになりました。
「マシュマロは温かいお茶に溶かしても美味しいんですよ」
「へえ、美味しそうね。試してみましょうよ」
「じゃあ、ボクはお茶をもらってくるね」
二人は早速教えたばかりの食べ方を試してみようと思ったようです。エリックくんは飲み物を配っている場所までお茶をもらいにいきました。
「アンジェリカちゃんはエリックくんと仲が良いんですね」
「そ、そう見える……見えますか?」
「別に敬語じゃなくて楽な話し方でいいですよ。年もそんなに離れてないでしょうし」
「……村には同じくらいの年の子供はワタシたちしかいないから、エリックとは赤ん坊の頃からいつも一緒にいるの」
「幼馴染なんですね」
「うん、エリックったら男の子なのにおとなしくて、今より小さい頃はとっても泣き虫だったのよ。まあ、いま思い出すと大抵はワタシが泣かせてた気もするけど。臆病で、泣き虫で、鈍感で……でもね、すごく優しいの」
最後に付け加えた一言を聞いてピンときました。
これは、つまりそういうことなんでしょう。
「ふふ、頑張ってね」
「うん、頑張る。ありがと、お姉さん」
そこへ三つのお茶のカップを持ったエリックくんが戻ってきました。
「二人で何を話してたの?」
「エリックには内緒よ、えへへ」
「女の子だけの秘密です、ふふ」
わたしはアンジェリカちゃんと顔を見合わせて笑いました。
マシュマロを溶かしたお茶はとろけるように甘くて、でもちょっぴり苦くもあって。恋というのはこういう味なのかもしれません。
◆◆◆
「魔王さま、次はこっちの豚串をどうぞ」
「ありがとう、アリス。うん、美味しい」
アンジェリカちゃんたちと別れて会場を歩いていると、魔王さんとアリスちゃんの姿を見つけました。どうやらアリスちゃんが次々と焼いては魔王さんに食べてもらっているようです。
「こんにちは」
「おや勇者さん、よかったらお一つどうですか」
アリスちゃんに差し出された豚串を受け取り、脂が服に跳ねないように気を付けながら一口食べました。お肉の旨味と脂身の甘さがジュワッと口内に広がります。
「魔王さま、次は野菜にしますか? お肉ばかりだと健康に悪いですから」
「じゃあ次は野菜の串をもらおうかな」
アリスちゃんはかいがいしく魔王さんのお世話をしています。
普段のレストランでの給仕の仕事とあまり変わらないようにも見えますが、魔王さんのお世話をすることが楽しいのかとてもイキイキとしています。
わたしも今日はすでに結構食べていますが、美味しそうに食べる魔王さんの姿を見ていたらお腹が減ってきてしまいました。わたしは焼き台の上で焼かれていたキノコのバター焼きを取り皿に取りました。一口サイズにカットされたシイタケやエリンギ、エノキにシメジ、それらのキノコにバターの味がよく馴染んでいます。
焼き台の脇に用意されていた調味料入れからお醤油を取って一垂らし、さらにレモンを絞って酸味を加えます。もともとのキノコの味にバター醤油とレモンの風味が加わって、これだけで主菜を張れそうな満足感を与えてくれる一品に。
わたしはキノコを食べながら魔王さんたちに話しかけました。
「今日のバーベキューは大成功ですね」
「そうですね、皆も喜んでくれたみたいですし」
「ええ、これなら定期的にこういう催しを開いてもいいかもしれませんね」
周囲を見回すと人間も魔族も、老若男女すべてが楽しそうにしています。人間側の参加者は各国の偉い人たちも多いのですが、今日は無礼講ということで護衛も連れずに好きに飲み食いしている人がほとんどのようです。
別の場所を見れば、剣士風の人間の若者がツノの生えた魔族の男性とお酒を片手に剣術談義をしています。魔界と人間界の剣術理論の違いについて激論を交わしているようです。
人間側の参加者は大人ばかりですが、魔族の方の中には子供連れで来ている人もいるようです。子供たちはお菓子やおもちゃを手に楽しそうに走り回っています。転んだりしないかと見ていてハラハラしますが、子供たちは心配無用とばかりに器用に人の隙間を走り抜けています。
人間にも魔族にも、まだまだお互いへの隔意があるのか身内同士で固まっている人々もいますが、そういう人々も別に相手への敵意を持っているというほどではなさそうです。お酒や料理の力もあってかポツリポツリと会話を始める人も出てきているみたいです。
「これから、この世界はどうなるんでしょう?」
わたしは魔王さんとアリスちゃんに、そして自分自身に対して問いかけました。
「みんなで仲良くして、もっと楽しい世界になると思いますよ」
これは魔王さんの言葉。単純というか純粋というか、魔王さんらしい答えだと思います。対してアリスちゃんの答えはもう少し現実味のあるものでした。
「……姿形、価値観、寿命、他にも色々と違いがある者同士ですし、相容れない部分も多々出てくるでしょう。今日この場では仲良くできていますが、だからといって世界全体で同じようにできるというのは楽観的すぎる、と私は思います。ですが……」
アリスちゃんは一度言葉を切り、それから笑みを浮かべながら続きを言いました。
「争いというのは何も異世界同士でなくとも同じ種、同じ国の中ですら起こります。それでも魔界も人間界も今までどうにかやってきたのですから、これからも同じようにきっと何とかなりますよ」
それがアリスちゃんの答えでした。
「そうですね、きっとなんとかなります」
わたしはこの世界に召喚されてからの日々を思い起こし、それから心の底からの確信と共にそう答えました。
◆◆◆
問題は山積していて、未来には不可避であろう困難が待っている。もしかしたら、二つの世界を繋げたことを後悔することもあるかもしれない。
それでも、人間たちも魔族たちも、どうにかこうにかやっていける。わたしが見てきた二つの世界は全体から見たらほんの一部だけど、でもわたしが出会った人々は信じるに値する。何があっても、勇者なんていなくても、彼ら自身の力でたくましく生きていけると信じられる。
「あは」
自然と笑みがこぼれました。肩の荷が下りる、とはきっとこういう気持ちを言うのでしょう。
もう、この世界に勇者はいらない。
もう、この世界にわたしはいらない。





