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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編
63/382

バーベキュー(前編)

思ったより長くなりそうなので分割しました。

   

 BBQ。

 バーベキュー。

 屋外で火を起こして用意した食材を調理して食す。

 あえて説明するまでもないでしょうが。大まかに言うとそういう内容のイベントです。食材の種類や調理方法に決まったやり方はありませんが、鉄板や金網でお肉や野菜を焼いて食べる焼肉スタイルが一般的なイメージでしょうか。


 本日、勇者(わたし)は魔王さんやアリスちゃん、旅の仲間である騎士さん達や魔王軍の皆さん、それ以外の方々も一緒に迷宮近くの空き地でバーベキューパーティーをしています。


 天気は雲一つない青々とした晴天、暑くも寒くもなく風もなし。絶好のバーベキュー日和です。すでに辺りにはタレに漬けたお肉が焼ける芳しい香りが漂い、いくつも設置された焼き台ではお酒のグラスを片手に持った参加者の皆さんが周りを取り囲んで焼き上がりを待っています。


 ちなみに、わたしは未成年なのでお酒ではなくジュースです。この世界では飲酒可能年齢ではあるのですが、まあ一応。


 焼き台によって食材の種類を分けてあり、ある場所では金網の上でウシやブタ、トリやヒツジなどのお肉が焼かれ、別の場所ではイカやホタテ、サカナなどのシーフードが。また違う場所では鉄板の上でチャーハンやヤキソバが次々と作られています。


 今回調理に当たっているのは魔王さんではなくホムンクルスの皆さんです。各所で調理をしたり飲み物を配ったりと忙しなく動いています。

 わたし達が遊んでいるのにこき使っているようで申し訳ない気もしましたが、どうやら彼らも交代で休憩しながらちゃんと食べているらしい、とお皿に山盛りにしたヤキソバを頬張りながらコスモスさん(上司特権でシフトを変更して今日は一日休みにしたそうです)が教えてくれました。



【我が主よ、どうやらそこの隣の焼き網が焦げ付いているようだ。替えに行くぞ】


「はい、すぐ行きますね」



 実は今回使用されている焼き網や鉄板(鉄ではありませんが便宜上)、串焼きの串などは聖剣さんが姿を変えた物だったりします。



「はい、皆さんちょっと通りますね。焦げ付いた網を消して……はい、新しいのを出したのでこっちを使って下さいね」


【む、我が主よ。向こうの鉄板の牛ヒレが食べ頃のようだぞ。まだ他に狙っている者もいないようだ】


「向こうですね。じゃあ、味見をしに行きましょう」



 今まで何度も何度も言いましたが、それでもあえて繰り返しましょう。この聖剣便利すぎます。今までも日常の様々な場面で役立ってくれていましたが、最近意思疎通ができるようになってからは、食材の火の通り具合なども教えてくれるようになったのです。


 わたしは一口サイズにカットされた牛ヒレと共に、聖剣のありがたみを深く噛み締めました。ミディアムレア程度に熱が入ったお肉から肉汁が口の中に広がります。思わず同じお肉をいくつも食べたくなる誘惑にかられますが、折角の機会ですしどうせなら少しずつ色々な物を食べたいので一切れだけでガマンです。




 ◆◆◆




「ごきげんよう、勇者さま。このような催しに参加するのは初めてですが、バーベキューとはじつに素晴らしいものですわね」


『おや、あまり食べていないようですね。たくさん食べないと大きくなれませんよ』


 神子さん&女神さまが焼きギョウザをモリモリ食べながら言いました。あまりに食べるペースが早いせいか彼女たちだけで一つの焼き台を独占している状態です。


 他の参加者の方たちは、まるで大道芸でも見るように目を見開いて遠巻きにその姿を見守っています。ええ、初めてこの食べっぷりを見ると驚きますよね。分かります、わたしもそうでしたから。



「ところで、顔を隠さなくてもいいんですか? 神子さんって存在自体が国家機密だって聞いてますけど」



 現在進行形でものすごく注目を集めています。

 国家機密、大好評漏洩中です。



「……忘れていました。最近は珍しく自由に行動していたものですから、つい。ですが、食事をしているのを見られるくらいなら多分大丈夫でしょう」


『問題になったら、その時はその時です』



 それでいいんでしょうか、この世界の神様。



「まあ、それは後で考えるとして今は食事を続けましょう」


『ですね……おや、どこからか良い香りが? あちらで焼いている物は何でしょう?』



 一人と一柱は興味が再び料理へと移ったのか、ソースの香りにつられてフラフラとお好み焼きを焼いている鉄板の方へと歩いていってしまいました。


 それでいいんでしょうか、この世界の神様。


 大事なことなので二回言いました。




 ◆◆◆





「おや、これは勇者さま」


「よう、勇者のお嬢ちゃんか。ホレ、ヤキトリ食うか?」


「ちわっす」


「あら、この子が勇者なの? (わたくし)は四天王のアクアディーネ、よろしくね」



 魔王軍の四天王がヤキトリを肴に真昼間から飲んだくれていました。ちなみにセリフ順にヘンドリックさん、ガルガリオンさん、サブローくん、それと初対面のアクアディーネさんです。全員がすでに相当の量を飲んでいるのかあたりには空の酒瓶が散乱し、四人ともすっかりできあがっています。



「……あれ? サブローくん未成年ですよね?」



 彼の見た目はわたしよりも年下であろう中学生くらいの少年です。いくら童顔でも二十歳(ハタチ)を超えているということはないでしょう。



「ここは日本じゃないっすから、ノーカンっす。まあ、日本にいた時からたまに飲んでたっすけど」



 どうやらサブローくんはあまり品行方正なタイプではないようです。未成年の飲酒が泣く子も黙る魔王軍四天王の悪行として相応しいかどうかはさておき。

 日本にいる時から家業の手伝いをしたり、魔界に来てからもちゃんと働いているみたいですから根は良い子なのでしょうけれど。



「ふふ、綺麗な黒髪ね、可愛いわ。ねえ、お姉さんと二人で飲まない?」


「わっ!? あの、わたしはお酒は……」



 と、突然アクアディーネさんがわたしに顔を寄せてきました。この人よく見ると、ものすごい美人です。まつ毛とかすごい長いです。同性なのに思わずドキドキしてしまいました。



「私がお酒の飲み方を教えてあげるわ。ねえ、どこか二人で静かな所で……」


「え、あの、えっと……」


「そこまでです」



 迫られてしどろもどろになっているわたしを見かねたのか、ヘンドリックさんがアクアディーネさんを引き離しました。



「やれやれ、気を付けて下さいね。彼女は、その……」


「男だろうが女だろうが、誰でもかまわないって変態だからな。勇者の嬢ちゃんも気を付けろよ、食われるぞ」



 食われるってお食事的な意味じゃないですよね? 



「あら、失礼ね。誰でもじゃなくて、私好みの可愛い子にしか興味はないわ」



 それはつまり、わたしは気に入られてしまったということでしょうか?



「……あの、急用ができたのでこれで失礼しますっ!」



 わたしは脱兎の如く逃げ出しました。





 ◆◆◆




「ふう、ここまで逃げれば大丈夫でしょうか?」


【うむ、どうやら追ってきてはいないようだ】


 全速力で逃げ出したわたしは、バーベキューの会場である空き地から少し離れた木陰で安堵の息を吐きました。

 会場にはしばらく戻らない方がよさそうだと判断して、食休みをかねて散歩をすることに。迷宮の周辺に最近できた遊歩道をのんびり歩いていると、前方に見知った顔を発見しました。


 わたしの旅の仲間である騎士さん達、よく剣術の稽古をしていたお兄さんと、甘党でアイスクリームが大好きなお姉さんが指を絡めるように手を繋いで人気のない道を仲良く歩いています。話に夢中になっているのか、どうやらわたしの姿には気付いていないようです。



「もしかして、デート?」



 今まで気付きませんでしたが、もしやあの二人お付き合いをしていたのでしょうか? わたしは気付かれぬように距離をとって、二人の様子を見守ることにしました。そう、人間観察です。



【我が主よ、勇者が覗きとは関心せぬぞ】



 人間観察です。

 断じて覗きではありません。


 青年と女性は仲良くお喋りをしながら歩いています。

 離れたところからだと会話の内容は断片的にしか聞き取れませんでしたが、二人はどうやらまだお付き合いを始めたばかりのご様子。まだお互いの距離感をつかみかねているのか、所々ぎこちない様子が初々しいです。


 しばらく歩いた所で何かを見つけたのか青年が立ち止まりました。彼は少し離れた道端に咲いていた花を摘むとそれを女性へと差し出しました。


 恋人への贈り物がその辺に咲いていた花というのは、現代日本でやったらフられても文句は言えないかもしれませんが、良くも悪くもスレていないこの世界の女性には抜群の効力を発揮したようです。彼女は顔を赤くしてはにかみ、青年の頬に軽い口付けをしました。


 なんだか見てはいけないものを見てしまったような気がします。

 このまま人間観察を続けるともっと衝撃的な場面を目撃してしまうかもしれません。まだ気付かれていないうちにこの場を離れるべきでしょうか。


 ですが、その時。

 人間観察に集中しすぎて周囲への注意が疎かになっていたのか、わたしは足元に落ちていた枯れ枝を踏んでしまいました。パキッという乾いた音が鳴り、音に気付いた二人が振り返ります。


 わたしは逃げ出そうかとも思いましたが、すでに二人に姿を見られてしまいましたし、このまま逃げたらよりマズイ事態になりそうです。



【だから止めておけと言ったであろう】



 はい、おっしゃる通りでございます。


 わたしは照れて顔を赤くする彼らに対し、あたかもたった今この場を通りかかったばかりであるかのように装い、二人が何をしていたのかは見ていないと伝えました。

 幸い、勇者であるわたしがこっそり人間観察(ストーキング)をしていた上に嘘をついて保身を図るなどとは夢にも思わなかったのか、その言い訳をすんなりと信じてくれました。二人とも本当にごめんなさい。



「じつは、私たち結婚を前提にお付き合いをしているんです」



 はい、知ってます。

 さっきから見てましたから。

 わたしは少々オーバーアクション気味に驚いた演技をしました。演技力には自信がありませんでしたが、どうやら騙されてくれたようです。


 しかし、どうやらこの二人別に交際を隠す気はないようです。それなら、覗き見をしていたわたしの罪悪感もいくらか薄れるというもの。


 ですが、彼らの次の言葉は内心で安堵していたわたしを本当に驚かせてくれました。



「二人で相談して、あとでリサさんの所に伺おうかと思ってたんですけれど……」


「もし、将来娘を授かったらリサさんのお名前を付けてもいいですか?」



 あなたたち、いくら何でも気が早くないですか? 


 それに重いです。

 想いが重いです。

 少なくとも一介の高校生にする質問ではないと思います。


 ですが二人の声はとても真剣で、自分たちが尊敬する人の名を頂こうと真摯に頼みこんでいるのが伝わってきます。この気持ちを茶化したり誤魔化したりするのは良くないでしょう。


 わたしは二人に自分の名前を使う許可を出すと、二人は大層喜んでいました。わたしが尊敬に値する人間かというと大いに疑問ですが、せめて彼らの前くらいではボロを出さないようにしたいものです。少なくとも人間観察はもうしないようにします。


 二人とも、末永くお幸せに。



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