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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編
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閑話・旅の終わり【アイスクリーム・ロマンス】

今回は脇役さんたちのお話です。

   

 勇者と魔王が意気投合してしまい、人間界と魔界との間で正式に和平条約が結ばれることも決まり、その役目を終えた勇者の旅はもうすぐ終わりの時を迎えようとしていました。


 勇者の旅の終わり、それはすなわち旅立った当初から勇者と行動を共にしていた騎士たちの旅が終わることも意味します。予想外の結末に終わったとはいえ、一人の犠牲も出さず任務を完遂した彼らの働きは賞賛に値するでしょう。


 騎士たちは単純な戦闘能力こそ勇者に遠く及ばないものの、各地の魔物の出没情報などの収集、旅の途中での野営の準備や街での買い出し、他にも要人との面会にあたりアポを取ったり、勇者が好みそうな各地の名物や観光スポットの情報を仕入れたりと幅広く働いていました。

 彼らのサポートなしでは、勇者の旅がもっと困難なものになっていたことは想像に難くありません。それが騎士の仕事として相応しいかはさておき。




 世界間の会議も順調に進み、どうにか終わりが見えてきたある日の夕暮れ時の事です。勇者の仲間である生真面目な青年騎士と女性騎士が二人で歩きながら話をしていました。



「これで私たちも晴れてお役御免ですね。一年前はまさかこんな事になるとは夢にも思っていませんでしたが」


「本当ね、でもこれでようやく国に帰れますね。リサさんとお別れするのは寂しいけれど……」


「ええ、私も残念です。たまに稽古を付けて頂いてどうにか三合までは打ち合えるようになりましたが、結局一本も取らせてはもらえませんでしたから」


「今の貴方なら騎士団長にだって勝てるかもしれませんよ?」


「どうでしょう? 旅の間も稽古は欠かしていませんでしたから、多少は腕が上がったとは思いますが」



 二人の若い騎士はよく手入れのされた並木道を歩きながらのんびりと会話を続けます。次いで青年騎士が一つの問いを口にしました。



「しかし本気ですか、騎士団を辞めるというのは?」


「ええ、王都に戻ったら正式に届けを出すつもりですよ」


「新しくやりたい事が出来たんですよね。仲間がいなくなるのは寂しいですが、そういう事なら応援しますよ」


「ありがとうございます。迷いがないワケではないですけれど、もう決めたことですから。私は、この世界で初めてのアイスクリーム屋さんになります!」



 この女性騎士、旅の間に勇者が作る様々な料理の中でも甘い物、特にアイスクリームの魅力にすっかりハマっていました。氷魔法が使えるということで勇者にアイス作りの手伝いを頼まれ、出来上がったソレを口にした瞬間、かつてない程の衝撃と感動が彼女の胸に去来しました。


 蜜のような甘さ。

 冬の雪にも似た冷たさ。

 そして口の中で溶ける夜の夢のような儚さ。


 それら全ての要素が彼女の心を一瞬にして奪ったのです。おかわりを所望するあまり、自らの限界を忘れて卒倒するまで連続で氷魔法を使い続けてしまうほどに。


 それからというもの、女性騎士は勇者にアイスクリームのレシピを教わり、ヒマを見ては自作をするようになりました。本来の任務に支障をきたしかねないので卒倒するまで魔法を使うようなことは流石になくなりましたが、新しい街に着く度に食材を扱う商店でアイスの材料に使えそうな物がないかと探し、ひたすらに試作と試食を繰り返しました。


 勇者が旅の間に大豆を買い込んで、延々と試作を続けていた味噌や醤油は結局完成しないまま終わってしまいましたが、女性騎士のアイスの試作は比較的完成形を想像しやすいのと、勇者から聞いた諸々の知識もあってか上々の成果を出していました。


 ハチミツを混ぜた濃厚な甘さの物、酸味のある果物を使った甘酸っぱい物、勇者に作り方を教わったキャラメルというお菓子を混ぜた物、他にもチーズや香辛料を使った物など成功例はいくつもあります。


 まだ慣れない頃に肉や魚を使った失敗作ができたこともありましたが、彼女は幾度の失敗にも挫けることなく、本業の傍らで熱心に研究を続けていました。


 近頃は材料の試行錯誤のみならず、混ぜ方を変えたり、風魔法を氷魔法と併用することで中に含ませる空気の量を調整し最高の食感を模索するまでに至っていました。アイスクリーム限定ですが、その腕はもはや師である勇者をも超えています。


 ただし勇者曰くアイスには本来欠かせないらしいバニラという香料や、チョコレートという品は残念ながら未発見。

 勇者が熱意を込めて語ったそれらの品を味わうべく女性騎士も手を尽くして探しましたが(無論、魔王探索が最優先であり、あくまでもそのついでです)、旅の途中で巡った地域ではついぞ見つかりませんでした(後にそれらは魔王の迷宮に辿り着き、魔王からご馳走になるというまさかの形で口にすることができ、同時に勇者が熱意を込めて語った理由も理解しました)。


 そして女性騎士が勇者との日々の雑談の中で聞いた話、勇者の世界にはアイスクリームだけを扱う専門店がいくつも存在し人気を博していることや、専門店以外でも“こんびに”なる商店で簡単に手に入ること、基本的に安価で子供でも買えることなどを知るうちにますますアイスクリームの魅力にのめり込み、いつしか彼女は自分でアイスクリームを扱う店を開いてみたいと思うようになったのです。


 なにしろこの世界では初めての職業ですし、成功の可能性はまったくの未知数。安定した騎士の仕事を捨てるのも無謀かもしれません。ですが彼女は己の、そしてアイスクリームの可能性を信じてみようと決意したのです。



「今まで貯めた蓄えに旅の間の特別手当を加えれば開店資金はなんとかなりそうですし、王都に戻ったらまずはお店探しですね。良い場所が見つかればいいのですけど」


「お店ができたら私も騎士団の連中を誘って毎日通いますよ。君の作るアイスクリームは美味しいですから」


「毎日はさすがに食べすぎです。お腹を壊しちゃいますよ?」


「それくらい美味しいってことですよ、それに……」


「それに?」



 青年騎士はそこで一度言葉を止めて深呼吸し、それから意を決したように女性騎士の手を取って言いました。



「それに、君に毎日会いたいから……です」


「え、えっと……?」



 彼は言葉を続けます。



「君のことを愛しています。どうか私と……結婚してください!」



 告白の言葉を最後まで言い切った青年騎士は、よほど照れているのか夕日に照らされていてもなお分かるほどに顔を真っ赤にしています。そして、言い切った達成感と緊張感、断られるかもしれないという不安が入り混じった複雑な表情で返事を待ちました。


 そのままどれだけの時間が過ぎたでしょう。

 実際にはほんの一、二分程度でしたが、一世一代の告白をした青年にとっては永遠とも思える時間でした。そしてしばしの沈黙の後、女性騎士がゆっくりと口を開きました。



「……嬉しい、です。でも、こんなアイス狂いの女でいいんですか?」



 青年騎士は迷うことなく、彼女の目を正面から見つめて言いました。



「そんな君だから好きになったんです。好きなことに夢中になっている君が美しいと思ったから。だから、もう一度言います。私と結婚してください」


「……はいっ!」



 こうして勇者と共に旅立った騎士たちの旅は終わり、そしてまた新たな旅路へと歩み出しました。その旅路には様々な試練や困難が待ち受けていることでしょう。時には歩みを止めてしまうこともあるかもしれません。ですが、もしも立ち止まってしまうことがあっても、彼らはきっと立ち上がり再び歩き出すことができるでしょう。


 最愛の人とアイスクリームがある限り!



末永く爆発しろ(酷)

この二人、何気に書籍版の一巻で絵が付いてたりします。お手元に本があったら探してみてください。

女性騎士さん美人です。

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