番外編・ダンジョン屋
いつもとはちょっと毛色の違う話です。
時系列的には本編の少し先くらい
「迷宮感が足りないと思うんだ」
ある日のこと、魔王がそんなことを言いました。
「迷宮……感、ですか?」
話を聞いていたアリスは言葉の意味が分からないようです。
「うん、迷宮感。ここって元々迷宮だったけど、最近は改築したり増築したりで、元の洞窟の面影がなくなっちゃた気がして」
「それは、まあ確かに」
解説すると、この迷宮は最初の洞窟から始まり、次は地上部分に塔を増築。現在は周辺にいくつもの大型建造物を建て増しして、今もその規模は四方八方に向けて拡大中。勤勉なホムンクルスたちによる管理も申し分なく、常に清潔な状態が保たれている上に案内板と転移の魔法陣が各所に設置され、迷子の心配は皆無です。
「別に今の状態が悪いか気に入らないとかじゃないんだけど、もうちょっと迷宮感を残した方が面白かったかなって」
ちなみにこの魔王、そもそも最初にアトラクションのつもりで迷宮を用意しやがった過去があります。愉快なアトラクション(迷宮、罠アリ)と可愛い動物(魔物、肉食)とのふれあい、そしてレストランでの食事を楽しめるという、一種のテーマパークを作れば繁盛間違いなしと考えていたのです。
幸い犠牲者が出る前に勘違いが正されて罠や魔物が撤去され現在は安全になっていますが、一歩間違えれば死人が続出していてもおかしくない状況でした。
「でも、そもそも迷宮って面白いですか?」
そこで根本的な疑問をアリスが問いました。迷宮には付き物の危険な罠や魔物の脅威など、ちょっと考えただけでもあまり面白そうではありません。
迷宮の内部に溜まった魔力が実体化して有用なアイテムや貴金属に換わることもある為、一攫千金を狙う冒険者が迷宮に入るのは一応理解できますが、それでも迷宮そのものが楽しそうだとはアリスには思えませんでした。
「迷宮……ダンジョンていうのは、男のロマンなんだよ」
「ロマンですか?」
魔物との死闘、息の合った仲間とのチームワーク、ユーモアと知性にあふれた謎解き、そして宝物を手にした達成感。ダンジョンっていうのはそういう心踊る要素が詰まった一大エンターテイメントなんだ! ……って前に読んだ本に書いてあったんだよ!」
「……魔王さまの実体験ではないんですか。まあ魔王さまが魔物や罠に苦戦したりすることはないでしょうが」
熱く語るわりに、魔王の言うことは本の受け売りでした。きっと、その本の著者はよっぽどダンジョンへの思い入れが強かったのでしょう。
「まあ、それはさておき話を戻すけど、今のこの場所にはホテルや議事堂はあるけど、エンタメ要素が少ないと思うんだよ」
「エンタメ要素って、そもそも必要ですか?」
「ロマンに必要性を求めるのは無粋だよ? まあ、そういうワケで作ってみたんだ」
「作ったって何をですか?」
「新しいダンジョン」
「…………」
いつのまにかとんでもない物を作っていました。
アリスも思わず絶句してしまいます。
「ホムンクルスたちに仕上げを頼んでて、今日完成だから今から見に行こうと思うんだけど一緒に来る?」
「……はい」
そんなワケで魔王とアリスは二人して新しいダンジョンの見学をしに行くことになりました。
辿り着いたのは地上部分にひっそりと建っている、周囲の大きな建物群の中では目立たない比較的小さな建物でした。正面部分に“ダンジョン屋”という看板がかかっています。一箇所入口がある以外には窓も他の出入り口もなく、例えるなら大理石で作られた巨大なサイコロのような形をしています。
魔王とアリスは一箇所しかない入口から中に入っていきました。
「やあ、問題なく稼動できそうかな?」
「はい、魔王さま。安全テストは我々が入念に行いましたので、すぐにでも営業に移れます」
建物の内部にいたコスモスが魔王にそう返答しました。
「……コスモス、貴女はここの事を知ってたんですか?」
「はい、ちなみに他のホムンクルスも皆知っています。完成するまで黙っておいてアリスさまをビックリさせようかと。驚きましたか?」
「はい、それはもう」
どうやら新ダンジョンのことを知らなかったのはアリス一人だったようです。
「それじゃあ、早速ダンジョンに入ってみようか」
アリスの反応に気付いているのかいないのか、空気の読めない魔王がそのように言いました。
「現在は初級、中級、上級に入れます。後々に超級、神級、S級、ヤバイ級など追加する予定です。各級の難易度に加えて、洞窟、森林、砂漠、塔などのステージ選択も可能です。特にステージの指定がなければランダムで」
「じゃあ、上級コースのランダムで。アリスもそれでいい?」
「はあ……よく分かりませんが、じゃあそれで」
「では、必要ないかもしれませんが、念の為お二人ともこの指輪をお付けください。万が一、死にそうになっても死ぬ直前に身体保護の結界が発動、同時に自動で転移が発動してここに戻ってこれます。メタ的に言うとコレを着けている限りHPが1以下にならず、自動でセーフティゾーンまで戻ってこれる優れモノです」
「ひっとぽいんと?」
魔王とアリスはコスモスの差し出した指輪を素直にはめました。アリスも言葉の意味が分からないなりに、それが悪い物でないことは確信しているようです。
「ではそこの右側の赤い扉に入って中の魔法陣に乗ってください、ダンジョンまで転移しますので。では、グッドラック」
ビシッと親指を立てたサムズアップで見送ったコスモスをスルーして、魔王とアリスは赤い扉に入り、そして魔法陣でどこかへと転移しました。
◆◆◆
《上級ダンジョン『竜王の巣』》
「ここは森……いえ山? 魔王さま?」
転移した次の瞬間、アリスは木の生い茂った見知らぬ山の中に一人でいました。周囲には魔王の姿はありません。どうやら別々の場所に飛ばされてしまったようです。
「まあ、魔王さまなら何も心配はないでしょうが。それよりも……」
アリスは目の前の光景を見て嘆息しました。
「たしか上級コースと言ってましたから……うん、こんなものでしょう」
ちなみにアリスの眼前の光景を端的に説明すると『ドラゴン、森、ドラゴン、ドラゴン、森、ドラゴン、森』という感じでした。赤いのや黒いの、ずんぐりとしたのや細長いのまでよりどりみどり。
どうやらドラゴン達も突然目の前に現れたアリスに興味津々のようです。
「そういえば、どうすればクリアなのか聞いていませんが……まあしばらく適当に進んでみますか」
アリスは目の前のドラゴンたちを見ても何ら臆することなく平然と歩き始めました。ドラゴンたちは怯えの欠片も見せない少女に少々違和感を抱きながらも咆哮を上げて襲い掛かりますが……。
「邪魔ですね」
次の瞬間にはアリスが指先から放った魔弾により、残らず遠くまで吹き飛ばされてしまいました。かろうじて一匹も死んでいない点だけは、流石最強の魔物として名高いドラゴンというべきでしょうか。
「食べもしないのに殺すのは可哀想ですからね」
実際はアリスが手加減していただけでした。食べる気があれば迷わず殺す気だったあたり、さっきのドラゴンたちはアリスが空腹でなかったことに感謝すべきかもしれません。
「さて、それでは進んでみますか」
アリスは深い森をテクテクと歩き出しました。
「宝箱?」
深い森の中を十五分ほど、時折遭遇するドラゴンを吹き飛ばしながら歩くと、森の中の開けた場所に大きな宝箱が。アリスは罠の可能性を考えて開けるかどうかしばし迷いましたが、他にこれといった手がかりもないので考えた末開けることにしました。
「これは……剣ですか。あと箱の底に紙?」
宝箱の中には一振りの剣と何やら文字が書かれた紙が一枚入っていました。アリスはその紙を拾い上げて読んでみたのですけれど……。
「ふむふむ……《魔剣ドラゴンスレイヤー》、古の刀匠が己の生涯の果てに生み出した魔剣。その威力は凄まじく、強靭な竜の鱗すら軽々と切り裂く。攻撃力一二〇ポイント。闇属性。ドラゴン系にダメージ増……この紙はこの剣の説明書ということですかね?」
親切にも宝箱には剣の説明書が同封されていました。ご丁寧に攻撃力や属性まで書いてあります。これならば間違えて手持ちの武器より攻撃力が低い武器を装備してしまったり、不利な属性の武器を装備してかえってダメージ効率が悪くなったりする心配もありません。ですが……、
「デザインがイマイチですね」
アリスは一旦は《魔剣ドラゴンスレイヤー》を手に取ったものの、デザインが気に入らなかったのでそのあたりの茂みにポイと捨ててしまい、そしてもはや振り返ることもなくスタスタと進んでいきました。その雑な扱いには古の刀匠もきっと草葉の陰で泣いていることでしょう。
それから十分ほど、時折現れるドラゴンを適当に追い払いながら歩いたアリスは、山奥にある廃城のような場所に出ました。今までの森の中とは明らかに空気が違います。いかにもボスキャラとかが出てきそうな雰囲気です。
『ふははは! よく来たな、我らの宝を狙う愚かな侵入者よ。余は黒竜王。戯れに余が直々に相手をしてくれようぞ!』
案の定、ここのボスらしき全長50メートルほどの黒いドラゴンがそんな口上と共に空から舞い降りてきました。しかしアリスは特に慌てた様子もなく言いました。
「いえ、別に宝に興味はありませんので」
『え……』
「では、他にご用がないのであればこれで失礼します。早くダンジョンからの帰り方を探さないといけませんので」
『え、あの…………そうだ、ボク、じゃなかった余こそがこのダンジョンの支配者。余を倒さねば永久にこのダンジョンから脱出することは出来ぬ!』
特に宝に興味を見せず立ち去ろうとするアリスを引き止めるためか、黒竜王はそんな言葉を口にしました。してしまいました。
「おや、そうだったのですか。では失礼して」
『え、ちょっと待……』
次の瞬間、アリスが放った直径十メートルはありそうな特大の火球が三十発ほど黒竜王の全身にヒットしました。着弾した火球は連鎖的に大爆発を起こし、黒竜王の山のような巨体が吹き飛ばされました。ですが、ボスキャラだけあって中々の耐久力を誇るようです。即KOとはいきませんでした。
『痛っ、ああビックリした、……あ。ふははは! 余は火属性に対する耐性を持っているのであんな魔法は効かないのだ! だからさっきの攻撃はもう二度とやらぬように』
なんと黒竜王には火耐性があるので火属性攻撃は効かないようです。
『余を倒せるのは《魔剣ドラゴンスレイヤー》のみ。まさか都合よくキサマが持っているなどという筈もあるまいが』
どうやら黒竜王を倒せるのは《魔剣ドラゴンスレイヤー》だけなようです。先ほどの剣は、それが無いとストーリーの進行に支障をきたす、いわゆるイベントアイテムだったみたいです。
「なんと、そうだったのですか。ですが、そうなると困りましたね。あの剣はデザインがイマイチだったので捨ててきてしまいまして」
『え!? ……ふははは! では、一方的すぎる戦いはつまらんのでキサマが剣を拾いに行く間ここで待っていてやろう!』
親切な黒竜王氏は予想外の展開にもアドリブを利かせてそう提案しました。ですが、アリスは拾いにいくのが面倒だったのか……、
「いえ、わざわざ行かなくても頑張ればなんとかならないこともないでしょう。為せば成る、です」
そう言うと同時に今度は空中に長さ十メートルほどの鋭利な氷柱を次々と作り出し、連続で六十発ほど黒竜王に向けて猛スピードで打ち出しました。
黒竜王は大きな身体を器用に動かして最初の十発まではなんとか回避しましたが、十一発目が脚に着弾すると脚が地面ごと凍りついてしまい、残りの四十九発の直撃を受けることになってしまいました。
『ちょっ、いた、止めて……口が、動かな……』
無数の氷柱に全身を貫かれ、思わず負けを認めようとする黒竜王ですが、途中で口のまわりが凍り付いて喋れなくなってしまい、降参することすらできません。
「ふう、こんなところでしょうか?」
数秒後、そこにはまるで生きているかのような(というか氷に生き埋めにされた)竜の氷像が完成していました。
◆◆◆
「エキストラ?」
『はい、ボクたち魔王さんにエキストラを頼まれたんです』
見た目どおりにタフだった黒竜王はなんとか自力で氷から脱出し、追撃をかけようとしたアリスに白旗を上げてタネ明かしをしました。
黒竜王いわく、当初の予定では途中の森で見つけた武器を持った挑戦者が黒竜王の待つ廃城まで辿り着くのを待ち、それから適当に戦った後で挑戦者の力を認めたという体で景品の宝を渡すつもりだったのだそうです。
「それは……なんだか悪い事をしてしまいましたね」
『いえ気にしないで下さい、ケガはもう治りましたし。それに、おかげ様でシナリオの改善点も見えましたから』
見た目に似合わずエンターテイナー精神豊かな黒竜王です。
「それにしても魔王さま、ドラゴンの方にお知り合いなんていたんですね」
『ええ、昔魔王さんがまだ勇者だった頃に、まだ小さかったボクが悪い人間にさらわれそうな所を助けてもらったんです』
「そんなことがあったんですか……昔の知り合いということは、つまりここは」
『いま魔王さんが住んでいる世界から見ると異世界ってことになりますね』
「なんと」
アリスは知らない間に異世界に来ていたことに驚きました。
『最近魔王さんが会いに来て、新しい遊びに付き合ってくれないかって頼まれちゃいまして。それにボクも眷属のドラゴンたちもずっとヒマでしたから皆ノリにノッちゃって』
魔王の交友関係はアリスが思っていたよりも随分と広いようです。今回は入らなかった別のダンジョンにも他の知り合いが待ち構えている可能性は大きそうです。
『でも驚きました』
「何がですか?」
『こんなに強いなんて。あなたがアリスさんですね? 魔王さんから聞いてます。金髪の可愛い子で、色々気が利いて自分には勿体無いくらいだって言ってましたよ』
「そ、そうですか。……そうですか、えへへ」
思わぬ所で魔王の自分への評価を知ったアリスは途端に上機嫌になりました。
『ええ、魔王さんの奥さんなだけはありますね』
「……おくさん? ……え?」
『え、魔王さんはアリスさんと一緒に住んでるって言ってたから、てっきりご結婚されてるのかと。違うんですか?』
「あの、その……そうなる予定といいますか……そうなったらいいなというか……」
『はい? あ、そろそろ元の世界への転移が始まりますので、景品もお渡ししますね。じゃあ、旦那さんへよろしくお伝え下さい』
「旦那さん……はい!」
その返事と同時にアリスは転移魔法の光に包まれ、次の瞬間にはこの世界から消えていました。
◆◆◆
元の世界、最初に転移をした魔法陣のある部屋にダンジョンから帰還したアリスが出現しました。
「ここは……どうやら戻ってきたみたいですね」
「おかえりなさいませ、アリスさま」
無事に戻ってきたアリスを、待機していたコスモスが出迎えました。
「魔王さまはまだ戻っていませんか?」
「はい、アリスさまとは別のダンジョンに飛ばされたようですね。もうご存知かもしれませんが、ダンジョンのボスは魔王さまのご友人の方々が務めていらっしゃいますので、早々にクリアして話し込んでいるのかもしれませんね。ちょっと様子を見てみましょうか」
「見れるんですか?」
「はい、安全のためにダンジョン内の様子は全てこの水晶球から確認できます。おや、これは……」
そこには石造りの小部屋で、何やら立体的なパズルらしき物を前に悪戦苦闘している魔王の姿が映し出されていました。
どうやらダンジョンのボスが用意したパズルを解かないと扉が開かず先に進めない仕組みのようです。魔王ならば壁や床に穴を開けて無理矢理進むこともできるでしょうが、きっとそれでは気が済まないのでしょう。ルービックキューブに似たパズルをあれこれといじくり回しながら頭をひねっている様子が見て取れます。
どうやらアリスの入ったダンジョンとは違い、どちらかというと頭脳を試されるタイプのダンジョンのようです。
「……」
「……」
予想外の光景を前にアリスとコスモスは思わず無言になってしまいました。
「魔王さま、ああいうの苦手だったんでしょうか?」
「みたいですね……あっ」
あまりに攻略が遅いせいで痺れを切らしたのか、ダンジョンのボス氏が閉じられた扉を開けて魔王の前に現れました。小人に羽が生えたような姿の、妖精のような種族の男性のようです。そして横からあれこれと口を出して魔王にヒントを与え、それから五分ほどしてようやくパズルの解除に成功しました。閉じられた扉はすでにボス氏自ら開けているので今更なんの意味もありませんが。
「……」
「……」
次の部屋にもまた別の謎解きがありました。今度は特定の順番でスイッチを押さないと進めなくなっているようです。
魔王はまた謎解きに大苦戦し、しばらく立ち往生した後でボス氏がヒントを出して、ようやく次の部屋へと進みました。そして次の部屋にもまた別の謎解きが……。
「……これ以上見るのは止めておきましょう」
「……そうですね」
アリスとコスモスの二人は魔王の名誉のためにも水晶球の映像を止め、何も見なかったことにすることを決めました。
それから五時間後、ようやくクリアして戻ってきた魔王は、苦戦したなりにダンジョンを満喫したのか「楽しかった、また行きたい」と言いましたが、半泣きのボス氏に「もう二度と来るな」と出入り禁止を言い渡され、再挑戦はできなくなってしまいましたとさ。
めでたし、めでたし?





