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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編
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吸血鬼の小旅行


「ねえ、エリック。たしかこの場所で合ってるはずよね?」


「うん、アンジェリカ。前に来た時はここに迷宮の入り口があったはずだけど……」


 ある秋の日、時刻は日が落ちてから二時間ほど後のこと。

 吸血鬼の少年少女、アンジェリカとエリックの二人は、前に一度訪れた迷宮があったと思われる場所の上空で、眼下の建造物群を前に戸惑いの声をもらしました。


 以前ちょっとした事件の際に魔王やアリスと知り合った二人は、無断で抜け出したことがバレて、村に帰ってから大人たちにそれはもうこっぴどく叱られました。


 ですが、村の大人たちも魔王が人間界に来ていたことを二人から聞くと大層驚き、そして魔王が無用な争いを好まぬ温厚な人柄で、村の吸血鬼たちの害となるようなことをする気がないらしいと知ると大いに安心。


 それから早数ヶ月、アンジェリカとエリックの二人は農作業や狩りの手伝いなどをしながらそれなりに忙しく過ごしていましたが、村の収穫期もそろそろ終わり、冬入りを前にようやく自由に使える時間が増えてきました。そしてある日、アンジェリカがこんなことを言い出したのです。



「魔王さまたちに会いに行きましょう!」



 前回行った時は色々な誤解(主にアンジェリカの暴走のため)のせいで、滞在時間の大半が店の清掃だけで終わってしまいました。ですが、それでもご馳走になった料理はとても美味しかったですし、色々と珍しい物を見ることもできました。

 それまで遠出といえば山を一つ越えた所にある人間の街に行ったことくらいしかなかった二人にとって、魔王のレストランに何気なく置いてあった調度品の一つ一つですらとても珍しく、大いに好奇心を刺激されたものです。



「それに、またお店に来てもいいって言ってたじゃない」


「そうだね、ボクもまた行きたいな」



 そうして農閑期のちょっとした小旅行として、二人で魔王のレストランに行くことにしたのです。今度は大人たちにも事前にちゃんと説明して許可をもらってあります。

 折角だからと村で採れた野菜や果物、山で狩ってきた鹿の肉などのお土産を山のように持たされました。大きくて丈夫な布袋に入っているお土産は、夜であれば吸血鬼の怪力を発揮して軽々持ち運べますが、普通なら持った途端に潰されてしまうかもしれません。


 そんなワケで日が暮れると同時に大荷物を抱えながら夜空を飛んできた二人ですが、困ったことに前と同じはずの場所に迷宮の入り口はなく、かわりに二人が初めて見るような大きな建物がいくつも建っていたのです。




 ◆◆◆




「あれはお店かしら?」


「ちょっと見てみようか」


 アンジェリカとエリックは目に付いた建物の中でも一際大きな塔のような建物に恐る恐る入り、そこでたくさんの商品が並んでいるお店らしき場所を見つけました。



「わあ……綺麗な服! それも、こんなにたくさん!」


「すごいね、こんなお店見たことないよ!」



 二人が知っている店というものは、山を越えた先にある小さな街の日用雑貨などを扱うもっと小さく品数の少ないものであり、目の前のお店とは何から何までまるで違います。



「いらっしゃいませ、お客さま」



 と、そんな風に見たことのない規模の店に興奮していた二人に背後から声がかけられました。



「わっ!? えっと、このお店の人ですか?」


「はい、当店の販売及び接客業務を担当しておりますアサガオと申します。何かお探しの商品はございますか」


「いえ、ただ見てただけですから……アンジェリカ?」



 エリックがアサガオと話している横で、アンジェリカは展示してあったたくさんのフリルが付いた可愛らしい服を見て、そして値札に書かれている金額を確認してがっくりと肩を落としていました。



「どうしたの、アンジェリカ?」


「なんでもないわ……」



 その様子を見ていたアサガオが、ここぞとばかりに商品を勧めました。



「よろしければセール中の品が隣の棚に並んでいますので、ご覧になってはいかがですか? 安売り中ではございますが、当店が自信を持ってお勧めする逸品揃いでございます」


「安売り……そうね、見るだけならタダだもん」


「では……こちらが“極限まで布面積を削ることに挑戦した紐下着”と“透明度の限界に挑戦したスケスケ下着”、そして“究極の風通しの良さに挑戦した穴下着”でございます」



 そこには無闇やたらとチャレンジャー精神に溢れた品々が並んでいました。



「いま都会では、こういうのがナウなヤングにバカウケなのでございます」


「……都会って進んでるのね」



 基本的に田舎育ちの純粋なお子様であるアンジェリカは、何一つ疑うこともなく、この場で捏造された架空の流行を信じて強烈なカルチャーショックを受けていました。



「よかったらご試着なさいますか?」


「……するの、アンジェリカ?」


「しないわよっ! エリックのエッチ!」


「えぇっ!?」



 そういうワケで結局何一つ買わず、二人は店を出ることに。



「ところで、アサガオさん。魔王さまがどこにいるか分かりますか?」


「おや、魔王さまのお知り合いの方でしたか。そこの通路の右から二つ目にある小部屋の魔法陣で魔王さまのレストランまで転移ができます」


「じゃあ、行きましょ。何だかここにいると疲れるわ……」


「またのご来店をお待ちしております」





 ◆◆◆





 「あ、あったわ」


 「うん、ここは前とあんまり変わらないね」


 言われた通りに魔法陣で転移して、二人はようやく以前に来たレストランに辿り着きました。多少内装の変化はありますが、地上部分の変わりように比べるとほとんど変わっていないようなものです。二人は迷うことなくレストランの中に入っていきました。



「いらっしゃいませ……おや、あなたたちは」


「こんばんは、アリスさま」


「こんばんは、ご無沙汰してます。あ、これお土産です」



 二人は店内にいたアリスに元気よく挨拶をします。アリスも二人のことを覚えていたようです。快く二人のことを迎え入れてくれました。



「お土産? 野菜と果物と……それにお肉ですか。ありがとうございます。魔王さまもきっと喜ぶと思いますよ」


「魔王さまは厨房ですか?」


「いえ、魔王さまは今日は別の大事なお仕事をされているので、地上にある大きな建物の方にいらっしゃいます。あとでこちらにも顔を出すと仰っていましたから、このまま待っていれば会えると思いますよ」



 あいにく魔王は別の用事、人間界との会議のために店を空けていましたが、ここで待っていれば会えそうなので二人は店内で待つことにしました。



「ところで、あなたたちお腹は空いていませんか? ただ待っているのもなんですし、よかったら何か食べていきますか」


「はい、お腹ぺこぺこです!」


「ボクも! ……あ、でもアンジェリカ、ボクあんまりお金持ってないよ」 


「あ……ワタシも」



 二人は村を出てくる時に、念の為ということで親から渡されたお金を持ってきましたが、無駄遣いをする余裕などはありません。ですが、店内に漂う美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐり、また他のお客さんが食事をしている様子を見ていると無闇に食欲が刺激されてしまい、どんどんと空腹感が強まってきます。



「お金は別に……ええ、では今回はこのお土産が食事代がわりということにしておきましょう」


「え、いいんですか!」


「やったわね、エリック!」



 子供がお腹を空かせている姿を見かねたのか、アリスがそう提案しました。もともと儲けは度外視して趣味でやっているお店ですし、魔王ならばきっと同じようにするだろうと思ってのことです。



「では、そこの席で待っていて下さい。このメニューに載っている料理でしたらなんでも出せますから、好きなものを選んでいいですよ」


「わぁ……! すごいわ、見たことない料理ばっかり。どれも美味しそう!」


「うん、どれにしようか迷っちゃうね」



 アンジェリカとエリックはメニューのページをめくるたびに目をキラキラと輝かせ、どれを食べようかと仲良くあれこれと相談しています。



「うん、決めた! ワタシはコレとコレにするわ」


「え、もう決めたの。えーと……じゃあ、ボクはこっちのやつにするよ」



 二人がそれぞれ決めた料理名を伝えると、アリスは厨房へと入っていきました。



「そういえば、魔王さまがいないなら料理は誰が作るのかしら?」 


「さあ? あとで聞いてみようか」



 二人はワクワクとした気持ちで料理が出来上がるのを待ちます。二人とも今まで一度も食べたことのない料理を注文したにも関わらず、前回の経験もあってそれがとても美味しいだろうということをすでに確信していました。





 ◆◆◆




「ふふふ」


 まだかまだかと、ソワソワした気持ちで厨房の方をチラチラ見る二人の姿が微笑ましかったのか、隣の席からそんな声が聞こえてきました。



「こんばんは、このお店に子供の二人連れなんて珍しいですね」



 隣の席でお茶を飲んでいた黒髪の女性が二人に声をかけてきました。年の頃はアンジェリカたちよりも3、4歳くらい上でしょうか。



「えっと……こんばんは」


「こんばんは」



 あまり村の外の人間と喋ったことのない二人は、初対面の相手とどういう距離感で接するべきかイマイチ勝手が分からず、言葉少なめに挨拶を返しました。



「キミたちは……デートの最中ですか? もしかして、お邪魔しちゃいました?」


「デ、デートじゃありませんっ! エリックとワタシは別に……」


「そうです、アンジェリカとボクはただの幼馴染で恋人でもなんでも……って痛っ、アンジェリカなんで蹴るのさ」


「足が滑ったのよ!」



 “偶然”アンジェリカの足が滑ってテーブルの向かい側に座っているエリックの足を強打するというアクシデントがありましたが、その間も隣席の女性は二人のやりとりを楽しそうに眺めています。



「エリックくんとアンジェリカちゃんっていうんですね。ふふ、年下の人と話すことって少なかったから何だか新鮮です。あ、お料理が来たみたいですよ」



 二人が振り向くと、ちょうど厨房の方からアリスがお盆に載せた料理を運んでくるところでした。お盆の上の料理はホカホカと温かな湯気を立て、離れた距離からでも食欲をそそる香りが漂ってきます。

 


「お待たせしました。注文の『ミックスピザ』と『海鮮ピラフ』です。デザートの『チョコレートパフェ』と『チーズケーキ』はあとで持ってきますね」



 ちなみに『ミックスピザ』と『チョコレートパフェ』がアンジェリカの、『海鮮ピラフ』と『チーズケーキ』がエリックの注文です。



「わあ……! ありがとうございます! じゃあ、いただきます!」


「ボクも、いただきます!」


「はい、召し上がれ」



 お腹を空かせていた二人は、料理が来るや否や猛烈な勢いで食べ始めました。


 

「これは手づかみで食べればいいのかしら? 熱っ……、美味しい!」



 アンジェリカは八つ切りにされた『ミックスピザ』の一切れを、上の具が落ちないように慎重に口に運び、思わず歓声をあげました。


 トロリと溶けたチーズのコク、薄切りのサラミやベーコンの塩気と濃厚な肉の旨味、味を引き締めるピーマンのさわやかな苦味、そして全体の味をまとめ上げているトマトのジューシーな酸味。それらがサクッとした軽やかな食感の生地と渾然一体となり、得も言われぬ味わいを生み出しています。


 あまりの熱さに何度も指と舌をヤケドしそうになりながらも、まるで自分の身体でなくなったかのように次の一切れを求める手の動きを抑えることができません。アンジェリカは夢中になって『ミックスピザ』を食べ進みました。



「これは魚かな。こっちは貝? この白くて柔らかいのは何だろう? でも全部美味しいや」



 勢いよく食べ進むアンジェリカとは対称的に、エリックは目の前の『海鮮ピラフ』に入っている見慣れぬ具材を一つ一つ確認するかのように、じっくりと味わいながら食べていました。


 二人が住む吸血鬼の村は内陸部の山奥にあるために、エリックたちは海というものを知識として知ってはいても実際に見たことはなく、当然海産物になじみもありません。

 村の食卓に上がる水産物といえば川魚や川エビなどの小さな物がほとんどで、それらは小骨が多かったりして食べるのが面倒なわりに大して美味しいわけでもなく、エリックもそれほど好きではありません。


 ですが、前回来た時に食べたチャーハンがあまりに美味しかったので、それと同じコメ料理をもう一度食べてみようと思ったのです。


 『海鮮ピラフ』に入っている具材は、白身魚のほぐし身や大きな貝の貝柱、プリプリとした食感のエビや歯ごたえのあるイカなど。『海鮮ピラフ』はそれらの具材をみじん切りにしたタマネギと一緒にバターで炒めてからコメと合わせてあります。具材から出た旨味たっぷりのエキスがバターの豊かな風味やタマネギの甘さと混ざり合い、そしてその芳醇なダシをコメがよく吸って極上の味わいを生み出しています。

 エリックはゆっくりと、まるでコメの一粒一粒まで味わい尽くそうとばかりに、己の舌に神経を集中しながら食べ進みました。



 そして、二人がそれぞれの料理を半分ほど食べ進んだあたりで……。



「ねえ、エリックのも美味しそうね。ちょっとちょうだい」


「うん、いいよ。じゃあ、交換しようか」



 と、お互いの料理を交換して、また違う味わいの料理に舌鼓を打ったりもしました。



「ふふ、こんなに美味しそうに食べるのを見てると、なんだかお腹が空いてきちゃいますね。アリスちゃん、わたしにもケーキとお茶のおかわりをもらえますか」


「別にいいですけど、さっきも夕食のあとにケーキ食べてませんでしたか? ……太りますよ?」


「うぅ、あとで食べた分しっかり運動すれば大丈夫ですよ……たぶん」



 この時、隣の席ではこんなやりとりがあったりもしましたが、自分たちの食事に夢中になっているアンジェリカとエリックは特に気に留めませんでした。



 食べ始めてから二十分ほど後、二人はメインの料理を跡形もなく食べ終え、それからデザートも交換しあいながら食べ、全部の料理を見事に完食。二人とも少々食べ過ぎたのか、今は膨らんだお腹をやや苦しそうに、でも満足気にさすっています。



「……あの『チョコレートパフェ』美味しかったわ。雪みたいに冷たいのにフワフワで、ちょっと苦いのにとっても甘くて、まるでおとぎ話の妖精のお姫さまが食べるお菓子みたい……」


「……うん、どれもすごく美味しかったね。今度は何を食べようか……」



 二人はまるで夢心地といった様子で、アレが美味しかった、コレはどうやって作るんだろう、今度来た時は何を食べたいか、など語り合っていました。


 ですがしばらくすると、アンジェリカもエリックもお腹がいっぱいになったせいか、はたまた村から飛んできた疲れが出たのか、眠そうにまぶたをこすり始め、やがてどちらからともなく席に座ったまま柔らかな寝息を立て始めました。



「あれ? アンジェリカちゃんとエリックくん寝ちゃったみたいですよ」


「おや、眠ってしまいましたか。魔王さまもまだ帰ってきそうにないですし、無理に起こすのも可哀想ですね。コスモス、誰かホムンクルスの中から手の空いている者を呼んで、この二人を地上のホテルの空いている部屋に寝かせるよう伝えてください」


「はい、了解しました。ふむ、男の子と女の子が一人ずつ……ということは、ベッドは一つで大丈夫ですね?」


「……必ず別々のベッドに寝かせるように伝えておきなさい」



 こうして、アンジェリカとエリックの小旅行の一日目は終わりました。果たして翌日以降にはどんな出来事が待っているのでしょうか?





 ◆◆◆





「そういえば、あの二人からお土産として食材を色々ともらいまして。沢山ありますし、折角ですから明日のバーベキューで使おうかと」


「わあ、随分ありますね。他にも用意しておいた材料もありますし、こんなに沢山食べ切れますかね?」


「問題ないでしょう。“あの”神子と女神がいる時点で食材が余るなどという事態はあり得ません」


「あはは……たしかに。あ、だったらアンジェリカちゃんたちも誘いましょうよ。こういうのは人数が多い方が楽しいですから」


「そうですね、いい考えだと思います」



ピザはどちらかというとクリスピー派です。

でも宅配ピザの柔らかい生地もそれはそれで捨てがたいですね。

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