閑話・聖剣
「聖剣さん、聖剣さん。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが」
【何であるか、我が主よ】
小鳥の姿になって意思疎通が出来るようになった聖剣に、どことなく申し訳なさそうな顔をした勇者が質問をしました。
「あのぅ……今まで色々とおかしな使い方をしてた事を怒ってたりしませんか?」
【おかしな使い方? ああ、食器や日用品として使っていた事であるか】
勇者がこの世界にやってきて一年以上。
自由自在に形を変えられる聖剣は包丁や鍋、まな板などの調理器具をはじめ、ある時はクシや手鏡、またある時には洗濯ばさみやハンガーに、などと例を挙げていけばキリがないほど様々な用途に使われてきました。
例えるならば百円ショップやホームセンターに置いてある様々な商品の役割を聖剣一本で賄えるようなものであり、その便利さは他に例えようもありません。使用頻度を比べると、本来の武器としての機能が完全におまけになっています。
「焼肉をする時の焼き網にしたりとか、何かと便利なんですよ。お肉が焦げ付いても自由に出したり消したりできるから洗う手間もありませんし」
「……あなたは一体何をしてるんですか」
ここでアリスのツッコミが勇者に入りました。
アリスがかつての魔王時代に勇者に対して抱いていた恐ろしげなイメージは、ここ最近勇者本人と仲良く話すようになってからすっかり払拭され、今では親しみを覚えるようにまでなりました。
ですが、そういう生活感にあふれたエピソードの数々を知ると、今度は別な意味で勇者という存在に抱いていた、ある種格好いいイメージが崩れてしまいそうになります。
「いやいや、ちゃんと武器としても使ってましたよ……たまには」
【うむ、おおよそ1対9くらいの割合で武器として振るわれた覚えがあるな。いや1は多すぎるな。0.5……0.3くらいだったかもしれぬ】
別にリサが勇者の仕事をサボって遊んでばかりいたわけではありません。
単純に聖剣を武器として使った時の勇者が強すぎて、魔物の群れ程度ならば大抵は戦闘開始からほんの数秒もあれば余裕で片付いてしまうため、一回あたりの使用時間はかなり短め。勇者本人の感覚としては武器としてあまり使っていないように思えてしまっているのです。繰り返しになりますが、別に勇者がサボったり怠けていたわけではありません……きっと。
「まあ、それはさておきまして聖剣さん。そういう使い方が嫌だったとか、そういうのは……?」
やや強引に話題を元に戻して勇者が聖剣に尋ねました。とても便利ではありますけれど、もしも聖剣自身が不快に思っていたのなら、いかに便利でも今後はそういう使い方は改めなければなりません。
【いや、特に気にしてはいない。人生……いや剣生か? まあいい、人生何事も経験だ。貴重な経験ができたことに感謝こそすれ、非難するつもりなど毛頭無いとも】
しかし勇者の心配は杞憂に終わりました。聖剣は特に便利扱いを気にしてはおらず、むしろ感謝すらしているようでした。
「おお……! 聖剣さん、反応がいちいち渋カッコイイです。イケメンさんです」
「この聖剣、あの女神が作ったとは思えないくらい器が大きいですね」
【やれやれ、そう褒められると少々面映いな。それにあの女神も性格が小物っぽいのは否定しないが、具体的には卑屈で小心なくせに見栄っ張りなのは否定しないが、あれはあれで根は善良なのだ。あまり悪く言わないでやってくれ】
姿は可愛らしい小鳥なのに、言葉の端々からイケメンオーラを放つ聖剣です。正確には性別は無いので、イケメンという表現には語弊がありますが。
【では、我が主よ。今後とも我を好きなように使うがよい。主が望む通りに使われるのが道具としての本懐である】
「あ、はい。今後ともよろしくお願いします、聖剣さん。それじゃあ、今度ホムンクルスや魔王軍の皆さんも誘ってバーベキューでもしましょうか。網とか串に聖剣さんを使えば後始末も簡単ですし」
「……元魔王が言うのもなんですが、あなたはもう少し勇者としての威厳や外聞というものを気にした方がいいと思います」
「バーベキューはダメですか? じゃあ、何か別の料理を……」
「いえ、そういう事ではなくてですね」
こうして、意思疎通ができるようになってもその用途は特に変わらず、これからも伝説の聖剣は便利に使われ続けるのでした。