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迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編
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緊迫した話し合い、そして驚愕の新事実


 その場にいた誰もが謎のテンションに突き動かされ、ひたすら料理を作り続けるか、ひたすら料理を食べ続けるかだけで終わってしまった日の翌日。昨日その場にいた面々が、今度はちゃんと話し合いをする為に再び迷宮最下層のレストランに集まりました。


 時刻は夜。

 すでに今日の営業は終了しており、わたし達の他には誰もいません。別に密談というわけではありませんが、色々と込み入った話をするのには好都合です。


 この場にいるのは勇者(わたし)、アリスちゃん、魔王さん、神子さん&女神さまの四人プラス一柱です。昨日のことを思い出すとどうにも緊張感が薄れてしまいますが、今日は真面目な話し合いをするために集まったのです。自分の考えを整理し、現状の問題点や質問すべきことを再度頭の中で確認します。


 フロアの一番大きなテーブル席に座り、魔王さんとアリスちゃんが全員の前にコーヒーの入ったカップとお茶菓子を並べてから着席。そして、いよいよ話し合いが始まりました。


 まず、話を切り出したのは女神さま。

 昨日と同じく発言する時にちゃんと右手を上げています。



『さて、皆さん。色々とわたくしに聞きたいこともあるでしょうし、わたくしに分かることでしたら質問して頂ければ全て包み隠さずお教えしましょう……ええ、変に隠し事をすると後が怖いので正直に答えます』



 女神さまはそう言うと手元のコーヒーカップを優雅に口元に運びました。その余裕に満ちた上品な所作は、昨日数々の奇態を見せたのと同一人物(同一神物?)だとはとても思えません。



『苦っ!? 何ですかコレっ』



 ……コーヒーの味に驚いて涙目になっていました。

 どうやら飲んだことがなかったようです。



「あら、ワタクシは香りが良くてなかなか美味しいと思いましたけれど?」


『わたくしは苦い物はあまり得意ではないので……』



 神子さんはコーヒーの味を気に入ったみたいですが、女神さまは苦手なようです。身体は同じなのに好みが違うとは難儀な話です。ですが、いきなり話が脱線しそうになったので女神さまに助け舟を出すことにします。



「あのぅ、苦いのがダメならそこのお砂糖とかミルクを入れると飲みやすくなりますよ」



 わたしもブラックコーヒーは苦手なので両方とも入れています。ちなみにアリスちゃんはお砂糖だけ、魔王さんはミルクだけを入れているみたいです。



『あ、甘くなりました。これなら美味しいです』


「香りは少し弱まりましたけど、これはこれで美味しいですわ」



 お砂糖とミルクをたっぷりと入れて甘くしたコーヒーを女神さまがニコニコと美味しそうに飲んでいます。神子さんの方は甘い物も好きなようなので、これで問題は解決です。

 早速脱線しかけた話を本筋に戻さなくてはなりません。わたしはいきなり霧散しそうになった緊張感を呼び起こし、そして本題に入りました。



「女神さま、まず一つ確認したいことが……」


『あら、このお茶菓子美味しいですね。小麦の焼き菓子でしょうか?』


「あら、本当ですね。サクサクとした食感が後を引きます」


「ああ、それはさっき焼いたクッキーです。生地に砕いたアーモンドを混ぜてあるんですよ。まだたくさんあるので、よかったらおかわりはいかがですか?」


「『はい、お願いします!』」



 ……質問が終わる前にまた話が脱線してしまいました。

 魔王さんも厨房にクッキーのおかわりを取りに行ってしまい、なんだかわたしの方が空気読めてないような気分になってきます。



「今のは怒ってもいいと思いますよ?」



 アリスちゃんがわたしのことを慮ってくれたのか、そんな風に声をかけてくれました。魔王さんの方はいつもの天然でしょうが、女神さまと神子さんに関してはわざと話を逸らしているんじゃないかと邪推したくなってきます。


 少しして魔王さんが厨房から大皿に山盛りにしたおかわりのクッキーを持ってきて神子さんの前に置き、そしてようやく話し合いが再開しました。



『さて、それでは……モグモグ……質問があれば答えますので……モグモグ……なんでも聞いて下さい』



 なんだか、言葉のところどころに挟まれる咀嚼音を聞くと急激に緊張感がなくなってきます。食べながら話すのは行儀が悪いとか、神としての威厳が損なわれるとか、そういうことにもう少し気を配って欲しいものです。

 ですが、そう注意してしまうと、目の前の大量のクッキーがなくなるまで話が進まなくなってしまいそうな気がするので、ガリガリと削られていくやる気を総動員してわたしは女神さまに質問を投げかけました。


 

「色々と聞きたいことはありますけれど……魔王さんを倒さないと、たとえ別の手段でもわたしが元の世界に帰れないというのは本当ですか?」


『はい、本当です……今は』


「今は?」



 何だか気になる言い方です。

 どういうことなのでしょうか?



『前にも言いましたが勇者(あなた)の魂は召喚の術式によってこの世界に縛り付けられています。その状態で他の世界に行くと魂が壊れて死んでしまうのですが……』


「あの、少しいいですか」



 女神さまの言葉を遮る形でアリスちゃんが疑問を口にしました。



「違う世界に行くと死ぬということですが、勇者さんはすでに何度か魔界と人間界を行き来しています。なのにこうして生きているということは、その言葉は偽りではないのですか?」



 そうでした。わたしはすでに(ヒマつぶしのために)魔界に行ったことがありました。あまりに簡単に行き来できたので異世界に渡ったという意識が薄かったせいでしょうか。すっかりそのことを忘れていました。ということは違う世界に行ったら死ぬというのはアリスちゃんが言うようにウソなのでは?



『いいえ、偽りではありません。魔界に関してだけは異界渡りの例外といいますか、厳密には人間界と魔界は同じ世界なのです。詳細は長くなるので省きますが、大昔に色々あって元々一つだった世界が二つに割れてしまいまして、それで今の人間界と魔界になったのです。現在は別々の位相にありますが、一応は同じ世界なので行き来しても影響がなかったのでしょう』



 なんだか、思ってもみないところから歴史上の衝撃的な真実が明らかになってしまいました。魔王さんはそれほど関心がないようですが、アリスちゃんは自分の故郷に関係することだからか、それなりに驚いているようです。



『それで話の続きですが、召喚の術式によって勇者の魂はこの世界に結び付けられているのですけれど、術式の解除自体は時間をかければできなくもないのです……たぶん』


「そう……なんですか?」


「おや、国王陛下には解除はできないとお伝えしたのでは?」


『それは、そのぅ……一旦勿体つけてから“実は”と後出しした方がありがたみが増して感謝とか信仰とか得やすいので……会話上のテクニックみたいなものでして、ええと……ごめんなさい』


「うふふ、女神さま。お話し中なので今回は大目に見ますが、次はありませんよ?」


『ひぃっ!』



 最後に付け加えた『たぶん』が気になりますが、術式の解除ができるというのは良い報せです。女神さまと神子さんのやりとりについては、ツッコミを入れるとまた脱線しそうなのでスルーする方向で。しかし、時間をかければということですが、具体的にはどのくらいかかるのでしょうか?



『なにぶん勇者召喚の術式解除なんてやったことがないですし、あまり具体的な期間まではわかりませんが、それでもほんの十年もあればほぼ確実に解除できると思います』



 “ほんの”十年?



「よかったですね、“たったの”十年で帰れるそうですよ」


「十年ですか、まあ“その程度”なら許容範囲ですね」



 これは魔王さんとアリスちゃんのセリフです。年齢三桁オーバーの方々は時間の感覚がどうにも大雑把すぎていけません。



「あの……十年というのはちょっと。もう少し短くなりませんか」


「ですね。同じ人間としてはその時間は許容範囲を大きく超えているように思いますわ」



 わたしの言葉に神子さんが同意してくれました。

 やはり同じ人間の感覚だと十年は長すぎるように感じたみたいです。



「というわけです、女神さま。十年ではなく十日でなんとかして下さい」


『十日!? 無理、絶対無理です! じゃあ……週休二日として……八年でどうです』


「まだ長いですね、一年では?」


『それも無理です……五年で!』


「もう一声! 二年ならどうですか?」


『二年、二年……うーん、一日も休まず取り掛かればどうにか三年で』


「もう少し、もうちょっとだけなんとかなりませんか?」


『……じゃあ、二年半。一日も休まず神託の仕事に回す時間も減らして二年半でどうですか! これ以上はどうやっても早くなりませんよ!』


「二年半……まあ、いいでしょう。というわけで勇者さま、二年半でなんとかなるそうですよ」



 神子さんと女神さまのまるで値切り合戦のようなやり取りで、十年が二年半になりました。なんなんでしょうか、このコント。



「二年半……うーん、二年半ですか……」



 それだけ待てばほぼ確実に帰れるというのは心強いですが、年単位の時間というのはやはり短いとは思えません。



「ところで一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」



 と、それまで静かにコーヒーを飲みながら話を聞いていた魔王さんが女神さまに向けて質問をしました。



「その問題になっている召喚の術式ですけど、魔王(ぼく)を倒したら帰れるんですよね? 魔王が人間界に出現した時だけ発動するっていうのもそうですけど、倒したとか出現したとか、それは誰がどういう風に判断してるんですか?」



 質問の意図はよく分かりませんが、女神さまが判断しているんじゃないんでしょうか?



『いえ、確かにわたくしはこの世界の中であれば人を超えた視点から物事を見通すことができますが、完璧ではありません。魔王の所在がはっきり分かるのなら、勇者があちこち探し回っている時に神子(ごしゅじん)さまを通して神託として教えていましたし……あ!』



 その辺りの判断をしているのは女神さまではないそうです。となると誰がどうやってその判断をしているのでしょうか。



『勇者の召喚時に与えられる聖剣、その聖剣には擬似的な人格があるのです。その聖剣の擬似人格が魔王の気配、正確には魔界から来た一定以上の魔力の持ち主だとか魔界の瘴気だとかを感知して、魔王の出現や倒滅を判断しているのです』



 またもや驚きの新事実が出てきました。

 この一年以上、武器や食器として散々便利に使い倒してきた聖剣には人格があったそうです。わたしが言うのもなんですが、色々と変な使い方をしたことを怒ってたりはしないでしょうか?



「人格っていうことは、聖剣と話したりできるんですか?」


『発声のための機能は付けていないので話すのは無理ですが……ちょっと聖剣を出してもらっていいですか』



 言われたままに聖剣を手の中に出現させました。

 今は基本的な長剣の形です。これを一体どうするのでしょうか。



『では、その状態でごにょごにょごにょ……はい、封印解除っと。あとはそのまま「自動状態(オートモード)起動」と唱えて下さいな』


「はぁ……自動状態(オートモード)起動? わわっ!?」



 なんということでしょう。わたしが言われた通りの言葉を口にすると、何もしていないのに聖剣が勝手に手を離れてグニャグニャと形を変え始めたのです。


 長剣の形だった聖剣は床の上に転がり落ちて、それから一旦球形のようになってから所々が隆起したりへこんだりして、ものの十秒かそこらでカナリヤに似た小鳥のような姿になってしまいました。


 色合いは普段の聖剣と同じ白銀色ですが、よく見ると羽毛の一本一本まで見て取れて、とても金属だとは思えないほどに繊細な造形です。聖剣()は自らの翼を羽ばたかせて宙に浮かび、わたしたちの目の前のテーブルに舞い降りました。


 その小鳥がわたし達の前で悠然と左右の羽を広げると、その羽の先端が針金のように細く伸びて宙空に文字を描き始めたのです。



【この姿ではお初にお目にかかる、我が主よ。己の意思では自由に動けぬ故、挨拶が遅れたことをどうか許されたい】



 と、そんな文章を左右の翼を変形させて、親切にもこの世界の文字と日本語の双方で描き出していました。なるほど、発声はできなくても筆談なら可能と。



【そして久しいな女神、我が創造主よ。こうして会うのは先代の勇者に我を与えて以来か】


『ええ、事態は把握していますか?』


【うむ、どうやら妙な事になっているようであるな】



 この聖剣、ダンディです。なんだかとても渋カッコイイ性格をしているようです。しかし、そうなると気になってくることもあります。



「あの、聖剣……さん? 聖剣さんって男性の方だったんですか?」



 今まで一年以上もの間、戦闘以外の日常の場面、具体的には入浴中や着替え中や寝起きの状態で聖剣をクシや手鏡がわりに使っていた記憶が蘇ります。もし男性にその様子を余さず見られていたとしたら、もうお嫁に行けません。



【む? ああ、そういう事か。どうか心配召されるな我が主よ。我の本質は剣。金属の塊ゆえに性別など無いものである】


「ええと、それならまぁ……」



 大丈夫でしょう、たぶんセーフ。

 心の平穏の為にも、そう思っておきましょう。



【して、我に何用か? ただお喋りをするためだけに我を自由にしたのではあるまい】



 そうでした。驚きの新事実にまたまた話が本筋から外れていましたが、聖剣……さんが動けるようになったことと何か関係があるのでしょうか?



『聖剣が魔王の倒滅を判断している……という事はつまり』



 女神さまの呟きに魔王さんが言葉を重ねます。



「実際に殺さなくても、聖剣に“勇者が魔王を倒した”と何らかの手段で判断させることができればすぐにでも勇者さんが帰れるようになる、かもしれません」



 つまり、どういうことですか?



『わたくしもこの方法で上手くいくかは保障できませんが……勇者と魔王が戦って、魔王がわざと負ける。そして聖剣に勇者が勝利したと判定してもらいます』


「つまり、八百長です!」


【ふむ、我としてもそれが主の為になるのなら異存は無い。成功は確約できぬが協力させてもらおう】



 そういうワケで、駄目で元々。

 失敗してもリスクは無し。

 もしも成功したらラッキーというユルい判断のもと、恐らく史上初となる勇者と魔王、そして審判(聖剣)もグルになった八百長試合が行われることになったのです。


 ……まあ、これがダメなら二年半待ちますので。



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