表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷宮レストラン  作者: 悠戯
二つの世界編
55/382

よく分からない一日


 『この度は……誠に申し訳ございませんでした……っ!』


 これは、一体どういうことなんでしょう?

 勇者(わたし)が部屋を出たら、目の前に先日お会いした女神さまが土下座していました。



『ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……』



 何がどうしてこうなったのかサッパリ分かりませんが、女神さまは身体をガタガタと震わせながら、まるで壊れたラジオのように謝罪の言葉を繰り返しています。



「……あの、勇者さん。こちらの方はお知り合いですか?」



 わたしの隣にいたアリスちゃんが聞いてきました。

 あまりに異常なモノを見たせいか、少し、いえかなり引いているのが声音から伝わってきます。わたしとしても正直あまり関わりあいになりたくないのですが、いつまでもこうして放っておくわけにもいきません。意を決して声をかけることにしました。



「ええと、女神さま、顔を上げて下さい。一体何があったんですか?」 


「え……女神? コレがですか?」 



 アリスちゃんが疑問に思うのも無理はありませんし、うっかり『コレ』呼ばわりするのも仕方ないかもしれません。



「あの、ここ廊下ですし、誰かに見られちゃうかもしれませんし」



 もしそうなったら、この世界の歴史書に『神に土下座させた女』としてわたしの名が刻まれ、末永く語り継がれてしまうかもしれません。どんな勇者ですか。



『……あのぅ、神子(ごしゅじん)さま、顔を上げてもよろしいですか?』


「いいでしょう、許可します」



 はて、どういうことなんでしょう?

 まるで、女神さまが自分自身に問いかけて会話したように見えましたが。 それにご主人さまってどちら様?



「ああ、これは失礼しました。お初にお目にかかります、勇者さま。先日女神さまから説明があったかもしれませんが、今お話ししているワタクシは女神さまに身体をお貸ししている神子でございます」


『そして、わたくしが先日お会いした女神です』



 なるほど……とても、分かりにくいです。

 混乱するわたしへの説明と自身の確認を兼ねてか、アリスちゃんが目の前の人物について問いかけました。



「つまり、その身体には元々の肉体の持ち主である神子と、それに憑依している女神の二つの人格が宿っていて、それぞれの人格が別々のことを話している……という理解であっていますか?」


「はい、おおむねその通りです」



 なるほど、分かったような分からないような。斬新な二重人格みたいなものでしょうか。今返事をしたのも、どちらの人格なのか分かりませんし。



「言われてみれば、たしかにこれは分かり難いですね。ワタクシが女神さまと一対一でお話しする時には気になりませんでしたが……では、こうしましょう。神子(ワタクシ)が話す時は左手を上げて、女神さまが話す時は右手を上げるようにして下さい。女神さま、分かりましたね?」


『はい! 分かりました、神子(ごしゅじん)さま!』



 今のは返事をする時に右手が上がっていたので、挙手の提案をした方が神子さん、返事をした方が女神さまなんでしょう。続いて左手を上げて神子さんが発言しました。



「さて、それでは話しやすくなったところで、立ち話もなんですから場所を移しましょうか。勇者さまには色々とお聞きしたいこともおありでしょうし、どこか落ち着いて話せる場所はありませんか?」



 衝撃的な光景を見たせいですっかり頭から抜けていましたが、そういえば女神さまには色々と聞きたいことがあったのでした。



「それじゃあ元々これから向かうつもりでしたし、一旦いつものレストランまで行きましょうか」


「そうですね、魔王さまもいらっしゃるでしょうし」



 こうしてわたしとアリスちゃん、そして神子さん&女神さまの三人?

 あるいは四人は地下のレストランへと場所を移すことにしました。





 ◆◆◆

 




「おや、アリスさま。勇者さまもおはようございます。お二人で朝帰りですか? 女性同士とはなかなか倒錯的ですな」


「朝から何をバカなことを言っているんですか、コスモス。魔王さまは中にいらっしゃいますか?」


「おはようございます、コスモスさん」


 アリス(わたし)は店の前でホウキを持って掃除していたコスモスに魔王さまの所在を尋ねました。もう一晩もお側を離れていたので早くお会いしたいです。



「魔王さまでしたら、つい先程お出かけになられました。四天王のヘンドリックさまから、本日の会議のことで事前に打ち合わせをしたいとのご連絡があったそうです。今日はそのまま会議に出席されるとのことですから、戻るのは夕方以降になるかと」


「……そうですか」



 それは残念です。


 ……とても残念です。


 …………もの凄く残念です。


 それを聞いて私のテンションは大きく下落しましたが、お仕事では仕方ありません。『夫の帰りを待つ貞淑な妻』という状況(シチュエーション)の予行練習だと思えば、この辛さにも耐えられます。それに、このまま店の前で立ち呆けていても仕方がないので、勇者さんともう一人を連れて店の中に入ることにしました。



「色々お話ししたかったんですけど、重要な話をするなら魔王さんがいる時の方がいいですよね?」



 勇者さんは流石によく分かっています。

 魔王さま抜きで重要な物事を進めようなど、神が許してもこの私が許しません。



『魔王? ここは魔王のお店なんですか?』



 右手を上げて女神が質問してきました。



「ええ。魔王さまは副業として、このレストランの料理人をしておられます」


「あら、魔王さまは随分と頭が柔らかい方なのですね」



 今喋ったのは神子の方のようですね。

 頭が柔らかい、という点に関しては私もまったく同意見です。



「魔王さまが戻られるまで随分時間がかかりそうですが、折角来たのですから腹ごしらえでもしておきますか?」


「そうですね、そういえばまだ朝ご飯食べてませんでしたし。神子さんと女神さまも一緒にどうですか?」



 勇者さんはすでに気を許してしまっているのか、神子&女神(ふたり)も朝食に誘いました。相手は現状では敵か味方か分からない相手ですから、私としてはもう少し警戒心を持った方がいいように思うのですが。

 しかし先程の妙なやり取りを思い出すと、警戒する必要がないというより警戒するにも値しない、という風にも思えてしまいます。



「それでは作ってきますので、皆さんは適当な席にかけて待っていて下さい」 



 色々と考えるべきことは多いですが、腹が減っては戦が出来ぬとも申しますし、手早く三人分の朝食を作ろうかと思います。厨房に入ってまずは手を清潔に洗い、それから貯蔵庫を開けて食材を取り出しました。


 薄力粉、ベーキングパウダー、砂糖、塩を少々、タマゴと牛乳。それからたまたま目に付いた干しブドウと干しアンズも使うことにしましょうか。


①まずは薄力粉とベーキングパウターと砂糖をボウルに入れてよく混ぜます。


②別のボウルでタマゴと牛乳と塩を混ぜ、それから粉と合わせます。これでパンケーキのタネが出来上がりました。干したブドウとアンズも包丁で細かく刻んでからタネに混ぜます。


③フライパンに油を引いて予熱しておき、充分に温まったらタネを流して焼き始めます。この時予熱が充分でないと、タネがフライパンにくっついてしまい焦げ付きの原因になるので注意しましょう。


④タネに火が通ってくると生地の表面にプツプツと穴があいてきますので、片面が焼けたタイミングを見計らってひっくり返し、もう片面も焼けば完成です。



 一人当たり二枚ずつ、計六枚のパンケーキ(ドライフルーツ入り)を作り終えた私は、トッピング用のハチミツやバターと共にテーブルへと運びました。一人では一度に運びきれそうになかったので、勇者さんにも手伝ってもらって移動します。パンケーキを焼くついでに淹れたココアをカップへと注ぎ、朝食の準備が整いました。



「見たことのないお料理ですけど、とても美味しそうですね」


「パンケーキにはこのバターやハチミツをかけると美味しいんですよ」


「それは楽しみですわ」



 いつの間に打ち解けたのか勇者さんと神子が親しく話していますが、まあ問題ないでしょう。



「それでは、いただきます」


「いただきます」


「神よ、今日の糧をお与えくださり感謝します。では、いただきます」


『え、えっと、どういたしまして? いただきます』



 後半二名のやり取りに微妙な違和感を覚えながらも食べ始めました。何気なく思いついてドライフルーツを混ぜてみたのですが、これがなかなか。

 食感や酸味が甘くて柔らかいパンケーキの中で程よく主張し、良いアクセントになっています。言うまでもなく魔王さまが作る料理には到底及びませんが、我ながら結構良い出来だと思います。もし次回があれば、今度は事前にドライフルーツをラム酒やブランデーに漬けておいても良いかもしれませんね。



「美味しいです、アリスちゃん」


「まあ! とっても美味しいですわ!」


『美味しい!?』



 勇者さんと他二名もどうやら気に入ったようです。

 神子と女神が同時に喋ったせいで、食事中に両手を上げてバンザイのポーズを取るという珍妙なことになっていますが、まあ気にしなくともいいでしょう。相手が誰であれ、自分の作った料理を美味しそうに食べるのは見ていて気分の良いものです。



「それで足りなさそうなら、おかわりもいかがですか?」



 気分が良くなったせいか、私はついそんな言葉を口にしました。

 いえ、この後のことを思えば口にしてしまったという表現が適切でしょうか。



「『はい、勿論いただきます』」



 両手を上げて答えたということは、神子と女神の言葉が見事にハモったということなんでしょうか。見ればいつの間にか皿の上にあったパンケーキが綺麗サッパリ消えています。

 私は厨房へと戻り、残っていたタネを焼いて五枚のパンケーキを作り、それを大皿に乗せてテーブルへと戻りました。


 そして席へと戻り自分の食事を再開しようとした瞬間……、



「『おかわり!』」



 という声が聞こえてきました。

 見れば今運んできたばかりの五枚のパンケーキは、ちょっと目を離した隙に消えていました。まさかとは思いますが、この一瞬で残らず平らげてしまったんでしょうか?


 隣を見ると勇者さんが信じられないモノを見たとでもいうように、目を見開いて固まっていました。一体どんな光景を目にしたというのでしょう。



「あの、ですね……パンケーキのタネは今ので最後なんです」



 正確には粉を混ぜて作れば出来ないこともないのですが、それを伝えるとまたタネから作り直さないといけなくなりそうなので、やんわりと断ることにしました。



「そ、そんな……」 


『この世には神も仏もいないのでしょうか……』



 おかわりがもう無いと聞いた一人と一柱は、それはもう悲壮感に溢れた表情で絶望に打ちひしがれました。女神の突っ込みどころ満載のセリフはあえて指摘しませんでしたが。



「あの、アリスちゃん……良かったらわたしが何か作りますよ?」



 雨に濡れた子犬にも似た憐れを誘う姿を見かねたのか、勇者さんがそんな提案をしてきました。私はまだ食事の途中でしたが、異様に物欲しそうな視線を向けられたままではどうにも食が進みません。勇者さんにならば厨房を貸しても問題ないでしょうし、お言葉に甘えて追加の料理を作ってきてもらうことにしました。





 ◆◆◆





「はい、ベーコンエッグとスクランブルエッグ。あとオムレツ各三人前ずつです! 」


「トンカツとコロッケ十人前ずつできました! コスモスさん運んでください!」


「かしこまりました、勇者さま」


 あれから何時間経ったでしょうか?

 勇者さんが作る料理も軽く平らげ、私も協力して二人がかりで調理しても追いつかず、掃除中だったコスモスを連れてきて調理と配膳の補助を頼み、ようやく作る速度と食べる速度が拮抗しました。


 ひたすらに料理を作り続ける私たちと、ひたすら食べ続ける神子と女神。

 それはもはや何かの勝負でもあるかのようでした。ちょっとでも気を抜いたら追いつかれる緊張感と焦燥感。正直、自分でも何をやっているのか分からなくなりつつありましたが、私も勇者さんも根が負けず嫌いなためか、相手が満腹する前に音を上げる気はありません。



「大変です! このままだとあと一時間もしないうちに食材がなくなります!」


「なっ、コスモス! 大至急、他のホムンクルスに連絡して地上のホテルから食材を運ばせなさい!」


「了解しました、アリスさま」



 店の規模の割にはかなり大きめのレストランの貯蔵庫は、想定を遥かに超える事態を前にもはや風前の灯といった有様でした。

 私の知る限りでは「一人前」とは「一人にとって丁度いい量」という意味を表す言葉だったはずなのですが、どうやらその認識は間違っていたようです。もうすぐ単身で百人前に到達しようかという化物を前にしては、そう思うのも無理からぬことでしょう。



「くっ、こんな時に魔王さまさえいてくれれば……!」



 ついそんな弱音が漏れてしまいます。

 ですが、魔王さまは今頃お仕事の最中。

 こんなことで呼び出すわけには……。



「呼んだ、アリス? それにフロアの方で物凄い勢いで食事をしてる人は……」


「魔王さまっ! ……話は後です。今は残っている食材で出来る料理を全速力で作って下さい」


「え? うん?」



 魔王さまさえ戻ってくれば百人力です。

 詳しく事情を説明するヒマは無い、というか当事者である私達自身にも事情なんて分かりませんが、魔王さまが事情が分からないなりに料理を始めたのを見て、私は勝利を確信しました。


 それから更に三時間後。



「ふぅ……ご馳走さまでした。ワタクシ、お腹いっぱいになるまで食事をしたのは生まれて初めてですわ」



 ドラゴンや巨人でも胃もたれを起こしそうな量の料理を胃に収めた怪物は、ようやく満足したようです。それにしても、わずかにお腹が膨れただけでほとんど体型に変化がないのはどういうことなんでしょうか?



「それで、アリス。これは一体どういうことだったの?」


「実は……私にもよく分かりません。ただ、一つだけ分かったことがあります。辛くも勝利は拾いましたが、どうやら私は人間の可能性というものを甘く見ていたようです……」



 人間とは数こそ多いものの、個の力では魔族の方が優れている。

 勇者さんのような極一部の例外は除きますが、私は今までそう思い込んでいました。ですが、少なくともその食欲と消化器官の強靭さは魔族を、そして物理法則の常識すらも遥かに上回るようです。



「一応言っておきますけど、この人がおかしいだけですからね?」



 『同じ人間』扱いされるのがイヤだったのか、勇者さんが疲れた顔でそう注釈を入れました。誰かを「おかしい」呼ばわりするなど普段の彼女らしくありませんが、その彼女をしてそう言わせるほどの異常な食欲だということなのでしょう。



「ワタクシ、普段は他の方々と同じ量しか食べないのですけど、あまりに美味しかったのでついガマンを忘れて満足するまで食べてしまいました。お恥ずかしいですわ」


『わたくしも普段は神子(ごしゅじん)さまが食事をする時に憑依したりはしないので、何かを味わうという行為自体が随分と久しぶりでして。ついつい歯止めがきかなくなってしまいました……それと昨晩大量に出血したせいで肉体が栄養を欲していたのかも……うぅ、思い出したら涙が出てきました』



 何か恐ろしいものでも思い出したのか、女神がポロポロと涙をこぼしています。昨晩に何があったのかは聞かないほうがよさそうです。



「今日、何があったのか……それは私達自身にもハッキリとは分かりません。何から何まで分からないことだらけです。けれど、それでも一つだけ確かなことがあると思うんです」



 私は絶対的な確信と共に次の言葉を口にしました。



「もう今から真面目に話し合いをするという空気ではありませんし、皆さんお疲れでしょうから。今日は一旦このまま解散して、また明日改めて集まることにした方がいいのではないかと」



 その提案は満場一致で可決されました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ