閑話・毒の味
「皆さま、お疲れさまでした。本日の会議は以上となります」
なんとか終わったか……。
とても疲れた。そして緊張した。こんなに緊張したのは我輩が爵位を継承し、初めて我が王に謁見した時以来、何十年ぶりだろう。
我輩はさる国の貴族、モーブ公爵という者である。普段は国の政務に携わっているのだが、此度の会議に我が王の名代として派遣された。
一年程前に隣国が勇者を召喚し、友好国である我が国も情報提供や資金援助などの支援を行っていたのだが、まさかこんな事になるとは夢にも思わなかった。
『勇者さまと魔王が意気投合して仲良くなってしまい、魔界と敵対する必要がなくなった。そして人間界と魔界がこれからどう付き合っていくかを話し合いたいので、近隣諸国の代表を集めて会議の場を設けたい』
隣国の使者からそんな話を聞いた時には、からかわれているのかと思い一瞬怒りを覚えそうにもなったが、使者の態度は至極真剣。更に合わせて渡された書状には間違いなく隣国の王家の真印が押されていた。
そこまでして我々をからかう理由などあるはずもない。極め付けに、話を信じる対価として画期的な保存食の製造方法の技術まで提供されてしまった。
ようやく、どうやらその話が真実らしいと受け入れた我々だが、次は誰が会議に出席するかで一悶着あった。我が王はすでにご高齢で健康上の理由から遠出をするのは難しい。そこで代理として王太子さまが会議に出席しようとしたのだが、そこで待ったがかかったのだ。
なにしろ相手は魔王。甘言を弄して主要国家の代表者たちを一箇所に集め、一網打尽にしようとしているのではないか?
そんな疑問が出てきたのだ。
実は勇者さまが以前我が国を訪れた際に我輩も一度お会いしたのだが、まだ二十歳にも満たぬ少女であった。近衛騎士団の精鋭に稽古を付けて頂いた際の凄まじさは忘れようもないし、彼女が比類なき戦闘力を持つことに疑いはない。
とはいえ、言葉を弄しての戦いでも同じようにはいくまい。若年ゆえの人生経験の少なさは否定できない。もしかすると魔王に騙されているのかもしれぬ。
真偽はさておき、そういう可能性が否定できない以上、次代の王であらせられる王太子殿下を派遣するのは躊躇われた。
いっそのこと会議のことは他国に任せ、我が国から代表を派遣するのはやめようかという意見もあったのだが、もし本当に魔界との友好関係を結ぶことができたのなら、そこから得られるであろう利益は莫大なものとなるであろう。
会議の参加国は当然自国の利益を真っ先に確保すべく動くであろう。仮に我が国だけがその利益を得られなければ、今後長きに渡って他国の後塵を拝するのは必定。国家間の友情など、現実的な損得勘定の前では非常に脆いものなのだ。
喧々囂々の議論、会議のための会議が昼夜を問わず続き、その結果、我輩が我が国の代表として会議に参加することになったのだ。我が息子にもそろそろ家督を譲ろうかと常から考えていたこともあるし、孫の顔を見ることもできた。
我輩の身に何かあっても家のことは大丈夫であろう。命の危険に身を晒すなら若者よりも年寄りの方がいいだろうし、この爺の最後の大仕事のつもりで会議の場に乗り込んできたというわけだ。
そして、つい先程一日目の会議がようやく終わった。
魔界についての諸々の知識、恐らくはその一端に触れただけで人間界との格差を思い知り、思わず狼狽してしまった。だが幸いにも魔王は、そして魔族の代表者達は非常に紳士的。我らの動揺に付け込んで不利な条件を飲ませようとはせず、余裕からか我々を気遣う素振りすら見せていた。
歴史書やおとぎ話に記される魔族は、残忍で冷酷、争いを好み狡猾であるとされていたものだが、実際に話してみると非常に理知的で礼儀正しい。正直、我が国の陰険な貴族連中などよりもよっぽど好感が持てた。
その態度が演技である可能性も今はまだ否定できないが、恐らくは大丈夫であろう、というのが我輩の印象だ。たしかにツノや羽根や尻尾などが生えている姿は恐ろしげではあるが、少なくとも話は通じる。話が通じるならどうにかなるであろう。
「皆様、本日の会議、誠にお疲れさまでした。粗餐ではありますが隣室に立食パーティー形式でのお食事の用意がございますので、よろしければそちらでしばしご歓談下さい」
会議が終わったことだし他国の顔見知りと挨拶や意見交換などしておこうかと思った折にそんな声が聞こえてきた。たしか魔界側の出席者の一人、魔王軍の高級幹部である四天王『風』のヘンドリックという人物だったはずだ(ちなみに会議に出席していた四天王はヘンドリック氏だけであった)。
ヘンドリック氏の外見は二十代の若造にも見えるが、実年齢はどうも我輩を遥かに超えているらしい。ほとんど人間の姿と変わらないが、頭の両側に山羊のように捩れたツノが生えている。やり手の高級文官のような印象の理知的な人物で、さきほどの会議中にも要所要所で鋭い意見を飛ばしていた。彼こそが魔王殿の懐刀と見てまず間違いはあるまい。
それはさておき、食事か……。
非常に密度の濃い時間を過ごしたせいか空腹を忘れていたが、言われてみればすっかり腹が空いている。我輩は年の割には健啖な方なのだ。
念の為、数日分の食料は余分に用意してあるが、魔族に対しての先入観が消えた今、もはや毒殺などの懸念はないであろう。少なくとも、この局面で我々を謀殺することに意味はないはずだ。
ならば、ここは素直に歓待を受けるが最善。それに食事の席で胸襟を開いた話ができれば、明日以降の会議がより円滑に進むであろう。
◆◆◆
「美味い! む、こっちもイケる!」
「モーブ殿、こっちのトリ肉の揚げ物は絶品ですぞ!」
「酒も美味い! 土産に持って帰りたいな」
通常この手のパーティーというものは、飲み食いはそこそこに歓談という名の懐の探り合いをするか、若い男女の出会いの場になるのが常。なのだが、今の我輩は、そして他国の代表達は会話よりも出される料理に夢中になっていた。
「うーむ、美味い! 料理人の腕がいいのは勿論として、食材の質が段違いだ」
他国の知人に勧められたトリ肉の揚げ物を頬張り、その柔らかさと旨味の濃さに驚愕する。この食事が始まってから何度目の驚愕だったろうか。すっかり驚き疲れたが、それでも料理を口に運ぶ手を止めることができない。
「皆様、今日はお疲れさまでした。料理はどうやらお気に召して頂けたようですね」
「おお、ヘンドリック殿! いやあ、魔界の料理とは実に素晴らしいですな」
本当に素晴らしい。美味い、いや美味すぎる。この為だけに魔界と友好関係を結びたいくらいだ。冗談半分、本気半分でそんなことを思っていたのだが……。
「そんなに気に入って頂けたのでしたら幸いです……ふむ、よろしければ後でレシピをお渡ししましょうか?」
「よろしいのですか!?」
料理の要であるレシピをそんなに簡単に渡すとは驚いた。だが、これで国に帰ってからも同じ料理を楽しめる。それに、こんなに美味いなら可愛い孫にも是非食わせてやりたい。
「ですが、もしかするとレシピ通りに作っても同じ味にはならないかもしれませんよ? いえ、皆様の国の料理人を軽んじるつもりはないのですが……」
「どういうことですかな?」
「本日の料理の食材は魔界で採れた物を使用しているのですが、そちらの世界の食材とは少々違いがあるようですし、醸造に時間がかかる調味料や発酵食品などもありますので。お国で同じ材料を揃えるのは難しいかもしれません」
そうだ、ついさっき自分で食材の味が段違いだと言ったばかりではないか。
これは困った。会議の間ずっとこんな美味い物を食べていたら舌が肥えてしまい、国に帰ってから普通の食事では満足できなくなってしまう。だが、こんな美味い料理を前にガマンすることなどできるはずもない。
だが、ヘンドリック氏の次の言葉で、我輩はいつの間にか彼の手のひらの上にいたのだと思い知ることになった。
「ああ、そういえば明日の会議ですが、食料品や作物の種苗の輸出入を議題にしようと思っているのですよ。まだまだ各品目の価値も明確に定まっておりませんし、歴戦の弁士である皆様に買い叩かれてしまわないかと戦々恐々としております。明日はどうかお手柔らかにお願いしますよ」
この男はどの口でそんなことを言うのだ。
口では戦々恐々などと言ってはいるが、ヘンドリック氏は終始余裕綽々の爽やかな笑顔で不安などまるで感じさせない。
思えばこのパーティーで出された美食の数々、そしてレシピの提供を申し出たことさえも、すべては魔界の食料品の価値を吊り上げるための策の一つだったのだろう。
まだ交易品の相場が明確になっていない現状、この美味を知っていると知らないとでは、我々がそこに見出す価値に大きな違いが出てくるのは当然のこと。
恐らく明日の会議では、もはや魔界側が何もせずとも、人間側の国同士が交易の優先権を巡って争い、その価値は勝手に跳ね上がっていくであろう。
「うーむ、これはとんだ『毒』であった」
恐るべしは魔王軍四天王。
いきなり、これほどの奇想天外な妙手を打ってくるとは思わなんだ。
これからは会議中以外でも常に気を張っておかねば、気付かぬ間にどんな罠にかけられてしまうか分かったものではない。
「だが、それはそれとして今は食事を楽しむとしよう」
裏に秘められた思惑はともかく、美味い料理に罪はない。
ここで活力を養い、せいぜい明日の会議で頑張るとしよう。





